第29話 通告

 王宮の奥深く、王の私室のうち小さいほうの居間に、五人の人物が緊張した面持ちで座っていた。


 国王アンセルムと王后セリーヌ、エドモン王太子とその婚約者ネリー、そして神官長ダニエルである。

 王族たちはそれぞれ二人ずつカウチやソファの隅に身を寄せ、ダニエルだけは離れた場所で肘掛けのない椅子に浅く腰掛け、きちんと姿勢を正している。

 人払いがなされ、従僕や侍女の姿はなかった。


 バーンとドアが開いて王太后ベレニスが入室してきた。

 その後ろから、白髪ながらやけに姿勢のいい老女が続く。南の大聖女ドゥニーズである。


「アンセルム、エドモン、死にたくないなら聞きなさい」


 前置きもなくベレニスは言った。

 青い顔をした王と王太子が、ゴクリと唾をのみ込む。


「最初に言います。アニエスは戻りませんし、トレスプーシュ辺境伯はエドモンを許す気はないようです」

「では……、我々は、どうなるのですか」

「攻めてこられたら終わりでしょうね。玉座を手放しても、あなたがたへの呪いは解けません。早晩、死に至るでしょう」

「そんな……」


 セリーヌの手を離してアンセルムが立ち上がる。

 エドモンもネリーから身体を離した。セリーヌとネリーは、ただ不安そうにおろおろしている。


 ベレニスは続けた。


「ただし、呪いに対抗する手段が何もないわけではありません」


 アンセルムとエドモン、そしてセリーヌとネリーの顔に期待の色が浮かぶ。


「母上、それはどんな手段ですか? 私にできることなら、なんでもします」  

「その言葉、しかと聞きましたよ、アンセルム。エドモンも同じ覚悟がありますか?」

「死ぬのは嫌です。なんでもします」


 よろしい、とベレニスは重々しく頷く。


「辺境伯の城で、私は、ここにいる大聖女ドゥニーズと、呪いの研究をしているカサンドル、そしてアニエスに会って、ある貴重な現象について、話し合いました。きちんと修行を積んだ者だけに現れる、たいへん貴重な現象についてです」


 セリーヌとネリーが気まずそうに目を逸らす。ドゥニーズがにやりと不気味に笑って二人を見た。


「修行の中で大切なものとして、朝の祈りを済ませてすぐにすべきことがあります。セリーヌ、何だかわかりますね」

「……聖なる泉の水を汲むことです」

「その通り。夕方には何をしますか、ネリー」

「……滝に打たれます」

「よくわかっていますね、二人とも。ならば、あなたたちは、その二つを、一日も休まずきちんと行ったのでしょうね」

 

 セリーヌとネリーが何も言えずに顔を伏せた。


「やらなかったのか!」

「ネリー!」


 王と王太子が怒りをあらわに二人を責める。


「なんということだ……。それで、力が足りなかったのか」


 ベレニスは軽蔑するように自分の息子と孫を見て、ため息を吐いた。


「あなたたちはバカですか?」

「バカとは、なんですか、母上」

「そんなことは最初からわかっていて、セリーヌ、あるいはネリーを第一の聖女に就かせたのは、ほかでもなくアンセルムとエドモン、あなたたちではありませんか。自分のしたことを棚に上げて、セリーヌやネリーだけを責めるとは何事です。みっともない」


 ボンキュッボンにふら~っとなったくせに、とベレニスは苦々しく思う。

 アンセルムとエドモンも気まずそうに目を逸らした。


「ですが、ポイントは合っています。おそらく、あの修行こそが、あなたたちの命を繋ぐために必要なものだったのです。先ほど話した貴重な現象についてですが、毎日、石段を登る者に、泉の神様が何かいいことを言ってくれることがあるのです。いつと決まっているわけではなく、ひたすら毎日登り続けることで、時々、聞くことのできる貴重な声です」


 呪いを解くヒントがあるとしたら、そこしか考えられないとベレニスは続ける。

 

「カサンドルの研究で、おそらくその声の主こそ、呪いをかけた魔女ではないかという仮説が立っています」

「泉の神様が、呪いの魔女……?」

「あくまで仮説ですが、今のところ他に有力な説はありません。カサンドルの推測では、泉の水に癒しの力を宿すことで、呪いを浄化しているのではないかということです」


 じゃあ、とエドモンが呟く。


「もしかして……、ネリーがちゃんと泉に行く修行をしたら、癒しの力が強くなるってことですか?」

「そうとも言えますね。長い期間の修行が必要になりますが」


 第一の聖女に上り詰めるには、通常六歳から十八歳までの十二年の修行を必要とする。同年代の聖女たちが次々脱落したりズルをしたりする中で、最後まで真面目にやり通したのがアニエスでありカサンドルであり、ベレニスやドゥニーズだったのだ。

 ネリーとセリーヌが今から頑張っても到底追いつくものではないが、やらないよりマシだろうとベレニスは頷いた。


 ネリーの顔が引きつった。セリーヌの顔も青ざめている。


「そうなんだ! ネリー、頑張ってね!」


 いい笑顔で振り向いたエドモンを、悪魔でも見るような顔でネリーは睨んだ。

 ベレニスは続ける。


「ですが、今回の会合で確認したのは、そのことではありません。私たちは、本来、泉に行くべきなのは、聖女ではなかったことを確かめ合いました」

「え……?」

「私たち四人の聖女は一か所に集まって、泉の神様の、ある言葉について確認し合ったのです」

「ある言葉……?」

「その、ある言葉とは、なんですか?」


 おそるおそる聞いた王と王太子に、ベレニスとドゥニーズは声を揃えてあの言葉を口にした。


「「自分で来いや、ゴルァ」」


 ドスのきいたいい声に、四人の王族と神官長ダニエルはドン引きした。


「つ、つ、つまり……?」

「石段を毎日登るのは、アンセルム、あなた自身なのですよ?」


 あの言葉は泉の神様からの通告と言っていい。


 アンセルムは固まった。ベレニスはにっこり笑った。

 その晴れ晴れした笑顔を、アンセルムが恐怖の表情で見上げる。


 笑顔のまま、ベレニスはエドモンにも視線を移した。


「エドモンも、しっかり頑張りなさい」

「そ、そんな……」


 半泣きになるエドモン。情けない。


 二人の影でホッと胸を撫でおろしているセリーヌとネリーにもベレニスは言った。

 

「王と王太子が自ら石段を登るのです。聖女としての務めも果たせない妃が、よもや、のほほんと待っているつもりはありますまいね」



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