第27話 泉の神様
ベレニス王太后と二人の聖女は、厳しい監視のもと、城の本館に通された。
アニエスを取り返そうとし、それができないとわかると命を狙ってきたエドモンの所業は、王室と辺境伯軍との間に深い溝を生んでいた。
アニエスを自分のそばに置けば、王家の不安を煽るということをベルナールは理解していた。
王都を攻め落とす気も、玉座を奪う気も、ベルナールにはなかったが、裏を返せば、ベルナールの気分一つで王家はいつでも危機に立たされるということだ。
それを回避するために、再びアニエスの命を狙うことも十分あり得る。
逆に、そんな緊迫した状況の中、王家の者がフォールに近づけば殺される危険もある。
その危険を冒してもアニエスに会わねばならないとやってきた王太后を、追い返すべきではないと考えた。
ただし、たとえベレニス王太后の言葉を信じても、アニエスに危険がないと信じるわけにはいかない。
呪いの秘密について話したいのだと、小声で耳打ちされたが、ベルナールは聖女だけを部屋に通すことに対して、首を縦に振らなかった。
聖女一人に二人の兵士を見張りに付け、アニエスの近くには、いつでも守れるように自分が立つ。
ベレニスは諦めのため息を吐いた。
ものものしい雰囲気の中、四人の聖女の会合は始まった。
「アニエス、久しぶり」
「ベレニス様、ご無沙汰しております」
「元気そうですね」
「はい。ベレニス様もお変わりなく」
兵士に囲まれているものものしさなど一ミリも感じさせず、鋼鉄の心を持つ者同士がなごやかに挨拶を交わした。
「時に、アニエス。あなたは泉の神様の言葉を聞いたことがありますね」
「はい」
「ドゥニーズとカサンドルも」
聖女たちが頷き合い、どんな言葉を聞いたかという話を始めた。
千段の石段を毎日登る者だけに、泉の神様はごくたまに、何かいいことを言ってくれる。
聖女は優しくなければいけないよ、とか。
人を助けるには、自分が強くなくてはいけないよ、とか。
肉は身体にいいよ、とか。
野菜も食べなさい、とか。
綺麗な服を着ていても、心が貧しくてはいけないよ、とか。
どの聖女も、だいたい似たような言葉を聞いていた。
「声は、頭の中に聞こえてくるけど、あれは女神様だと思ったね」
ドゥニーズの言葉に、ほかの三人が頷く。カサンドルが言った。
「ずっと、気になっていることがあって、私はそれについて研究してきました」
バシュラール王国の建国とともに呪いはあった。
なのに、聖女の養成が始まったのは、建国から八十年近く経った後のことだ。
その間に何が起きたのかを、研究しているのだとカサンドルは言う。
「呪いの秘密は決して口外してはならないとされていますが、それは呪い自体に影響するからではありません。口外したら呪いが強まるとか、そういうことはないのです。国防上の戦略として、秘密にされてきただけです」
国防の要とも言える辺境伯軍の兵士に、さりげなく口止めをしながら、カサンドルは続ける。
「私は、聖女の養成が始まったのは、偶然だったのではないかと推論を立てました。最初の数十年は、聖女なしで王は生きていたのです。つまり……」
四人の聖女が、何かを掴みかけたような顔を、それぞれの顔に向ける。
ベレニスが頷いた。
「私は、泉の神様の言葉の中に、奇妙なものが混じっているのを、ずっと不思議に思っていました」
ほかの優しい言葉とは異なる、違和感ありまくりの一言。
「おや、あんたもかい?」
ドゥニーズがしわがれた声で聞いた。
アニエスが「あ……」と、何かを思い出したように口を開いた。
あれのことかしら、と。
「アニエス、あれとは何ですか。言ってごらんなさい」
「はい。私も……、なんか、ヘンだなぁと思う言葉を聞くことがあって、あんまりヘンだから、空耳かなぁと思って、なかったことにしてたんですけど……」
「なかったことに……。まあ、わかるわ。私も修行中は、そうだったもの」
カサンドルが笑う。
ベレニスがふうっと、ため息とも笑いともつかない息を漏らした。
「やっぱり、みんな聞いていたのね」
「聞きました」
「聞いたね」
「聞いたと思います」
つまり、とベレニスがカサンドルを見た。
カサンドルは知的な瞳を光らせて頷く。
「つまり、陛下がお考えの通りではないかと。私の研究内容とも、一致しますし」
カサンドルが短い言葉で呪いのキモはそこにあると説明した。
ドゥニーズとアニエスは「じゃあ、やっぱり……」「あれは、そういうことだったんだね」と言って苦笑した。
「そうとわかれば、王都に戻って、アンセルムとエドモン、そしてセリーヌとネリーにも通告しなくてはなりませんね」
べレニスは言い、聖女たちの会合は幕を閉じた。
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