第26話 聖女たち

 アニエスが目を覚ますと、ベルナールがそばにいて、にこりと笑った。

 キリっとしている時のベルナールもワイルドでかっこいいけど、笑顔を向けられると胸がきゅんとなる。


 イケメンはいいなぁとアニエスは思う。

 男の人がボンキュッボンにふら~っとなっても文句は言えないのである。


 もっとも、顔だけよくてもエドモンには一ミリもきゅんとなったことはないから、そう簡単なことでもないのかもしれない。


 そんなことを考えていたら、ベルナールにキスをされてしまった。


「閣下……」

「アニエス……」


 しばし見つめ合う。

 ベルナールがまたキスをした。


 顔を真っ赤にしながら、なんだかわからないうちに、自分とベルナールはそういうことになったらしいと、アニエスは察した。


 ドキドキする。

 ドキドキして、嬉しくて、幸せだった。


 泉の神様が言っていた。


 好きな気持ちには、素直になったほうがいいよ、と。


 アニエスは素直に「閣下、大好きです」と口にした。

 一瞬、驚いたような顔をしたベルナールが、急にめちゃくちゃなキスをしてきた。心臓がドキドキしずぎて、アニエスはちょっと死にそうになった。


 アニエスの肩に手を置いたベルナールが「アニエス、俺の子を産んでくれ」と言った時、ちょうどソフィが様子を見に部屋に入ってきた。

 手に持った洗面器の底で、いきなりパコーンとベルナールの頭を打つ。

 そして、短く言った。


「順序」

「姉上……」

「王都に行って、アニエスのご両親に正式に申し込むのです。あんなことやこんなことは、その後です!」

「はい……」

 

 兵舎の食堂に行き、みんなと一緒に晩ごはんを食べた。

 かいがいしくアニエスの皿に肉を盛る辺境伯閣下を、兵士たちがニヨニヨしながら眺めていた。




 

 それから一週間ほどたった頃、城門を守っていた兵士がドン! ドドン! と激しく太鼓を打ち鳴らした。


 なんだなんだと演習中の兵士たちが城門に集まる。

 ベルナールも門に向かった。


 正門に続く街道を短い隊列を組んだ馬車が進んでくる。

 前後を守られた中央の馬車には王家の紋章がはためいていた。


「王都から、また何か来やがったぞ!」

「わざわざ首を差し出しに来たか!」


 武器を手に、戦闘態勢で城門に集まる兵士たちの前で、王室の旗を掲げた馬車が止まる。

 先ぶれの男が馬車から降りてきた。


「何の用だ!」


 殺気立った辺境軍兵士たちに睨みつけられ、男はガタガタ震える。


「何の用だって、聞いてんだよ!」


 先ぶれの男がちびりそうになったところで、一番立派な馬車の扉がバーンと開いて、立派な身なりの貴婦人が降りてきた。

 兵士たちの後ろから様子を見ていたベルナールが、おっという顔で呟く。


「ベレニス王太后……?」


 さらにもう一人、魔女を思わせる黒服の老女が馬車から降りてきた。

 フードの下の髪は真っ白でかなり高齢に見える。そのわりと、背筋がしゃんとしていて姿勢がよく、足腰が妙にしっかりしていた。


 ベレニスが口を開く。


「南の大聖女ドゥニーズと王太后ベレニスである。聖女アニエスに会いに来た」

「陛下、遅くなりました」


 ふと見ると、知的な風貌の別の女性がベレニスの後ろに立っていた。


「呪いの研究者カサンドルも来ました。トレスプーシュ辺境伯、私たちを、アニエスに会わせてはくれまいか」


 ベルナールが前に出た。


「アニエスに会って、どうするつもりだ」


 王太后が何を言おうが、もうアニエスを渡すことはできない。

 ベルナールは目を眇めて、王太后を見た。


「連れ戻しに来たのではありません。とても大切なことを確かめるために来たのです」

「大切なこと?」

「泉の神様の言葉について」


 それは、国にとって、そして聖女にとっても、とても重要な言葉なのだとベレニスは言った。


「アニエスにとってもか」

「ええ」


 ベルナールの目力とベレニスの目力が激突する。

 相手が屈しないとわかると、ベルナールは「いいだろう」と頷いた。


「道を開けろ」


 ベルナールの命令で、兵士たちは城門を開けた。


 供の者たちを残して、三人の聖女たちだけが城に迎えられた。

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