第16話 呪いの秘密

 神官長ダニエルの口からフロラン一行の報告を伝え聞くと、ベレニス王太后は頭を抱えた。


「アニエスが、トレスプーシュ辺境伯と婚約……」

「ベルナール卿と一緒に領地の視察に出かけたとかで、アニエス本人とは直接話していないようですが、兵士から聞いたというので情報は確かかと……」


 上官の言うことをよく聞くお行儀のいい王宮の兵士しか知らない神官長と王太后は、常に自主的に行動しすぎるフォール辺境軍の兵士が希望的観測から話を盛ったとは想像できない。

 兵士が言ったのなら、それはトレスプーシュ辺境伯が言ったのと同じことだと考えた。


 アニエスはトレスプーシュ辺境伯と婚約したのだと。


「ようやくエドモンが気持ちを入れ替えたというのに……」


 ネリーでは不調が癒せないと気づいたエドモンは、やはり第一の聖女はアニエスだったのではないかと騒ぎ始めている。

 それまで触れようとしなかった、アンセルム王の体調管理についても事細かに質問を送ってくるようになった。

 親子とはいえ、王子や王女は王と別々の宮殿で暮らしているため、これまでエドモンは王の体調について薄々しか状態を把握していなかった。ベレニスがアンセルムを助けていることも、最近になって知ったらしい。


 エドモンは焦っている。

 このままでは、自分は死ぬと気づいたのだ。


 今さらなんだと憤る気持ちもあるが、ベレニスにとってエドモンは孫である。

 死んでほしいわけがない。国のためにも、祖母としても。


(秘密にするのも考えものだ……)


 国防にかかわることだと言われたから、むやみに口外することは控えてきた。

 今後も勝手に話すつもりはない。


 しかし、王と王太子と、その后になるべく修行を積んで第一の聖女の座に上り詰めた者、そして神官の長と辺境伯という、限られた人間しか秘密を知らないせいで、このような事態を招いたのだとベレニスは思っている。

 一番向き合わなければいけない王自身や王太子自身が呪いを甘く見て、それを諫める者が誰もいないのがいけないのだ。


 最悪一代おきにまともな聖女が后になればと、ベレニスも甘く考えていた。アニエスがエドモンの后になれば、ひとまずアンセルムとエドモンは安心だろうと。

 けれど、もはやそんなことでは立ち行かないように思えてきた。

 根本から、聖女の在り方を問うべき時がきたのではないか。


(誰かに、相談したい……)


 ベレニスは大聖女ドゥニーズの顔を思い浮かべた。

 できればアニエスにも意見を聞きたい。


 そして、もう一人。

 あの人にも会えれば……。


 魔女の呪いの始まりをいつと定めるかには、二つの見解がある。

 一つはバシュラール王国建国の年からとするもの。およそ400年前からということになる。

 王室はこの考えを採用している。


 もう一つは王室に伝わる聖女の記録を調べた学者が導き出した322年前からというものだ。

 聖女の養成はその年から始まったとされる。


 王室と聖女と呪いの秘密について研究しているこの学者こそ、アンセルムの代の第一の聖女カサンドルだった。

 セリーヌが后に選ばれたために王宮を去り、研究の道に入った。


 何度か他国の支配を受けた時期はあったものの、バシュラール王国の王室は400年もの長きに亘りこの地を治めてきた。

 呪いを受けたにしては、大変しぶとい王室だ。


 聖女が守ってきたのだ。

 泉の神様の声を聞きながら。


 ドゥニーズ、カサンドル、そしてアニエス。

 この三人はきっと、ベレニスと同じ教えを泉の神様から聞いている。


 毎日かかさず石段を登り水を汲む。それを続ける者にだけ授けられる知恵。


 ベレニス一人が訴えても誰も聞く耳を持たなかったその教えを、この機会に今一度、アンセルムとエドモンに伝えなければならない気がした。

 そのために、三人の聖女の力を借りたいと思った。


 秘密を秘密のままにしたいなら、それでもいい。

 しかし、いつまでも王と王太子を甘えさせておくわけにはいかない。


 ボンキュッボンを后に迎えたいなら、なおのこと。


 心を決めたベレニスは、ドゥニーズとカサンドルの居場所を探すよう神官に命じた。


 同じ頃、アニエスとトレスプーシュ辺境伯との婚約の噂を耳にしたエドモンは、フォールに向けて馬車を出せと、必死の形相で側近たちに命じていた。


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