第31話 美人計《びじんけい》…美女を与えて敵の力を挫きます(前)

 徹夜でダンジョンに潜るのはもう慣れたが、眠気ばかりはどうにもならない。

 早くベッドに潜り込もうとして自分の部屋へ向かうと、城の廊下を行き交う人々に不思議な既視感を覚えた。

 朝早くから仕事にかかる城の使用人たちや、ディリアの朝礼を終えて持ち場に戻る廷臣たちや貴族たち。

 その姿が、朝の学校の廊下ですれ違う教員や生徒たちと重なったのだ。


 ……あんなところには、もう二度と戻りたくない。


 代わりの利く誰かのひとりにすぎない僕など、居てもいなくても変わらない場所だった。

 でも、ここだって、見ようによってはそんなに変わらない。

 異世界召喚者としてディリアから頼りにされてはいるが、それは「この世の者では破れぬダンジョン」があるからだ。

 ダンジョンが何層あるか知らないが、その全てが破られたとき、僕は用済みになる。


 ……そんなことは、分かってるんだけど。


 部屋のドアを背中で閉めて、ようやく人心地がついた。

 何も考えずに、ベッドに倒れ込む。

 この部屋で眠っているときだけは、僕が僕でいられる時間だった。

 

 〔カリヤ マコト レベル31 16歳 筋力66 知力88 器用度79 耐久度76 精神力77 魅力75〕


 まどろみの中で、新たなステータスが頭の中に浮かぶ。

 パラメータが全体的に80を超えることはないが、いきなり17も跳ね上がった魅力度は何なのだろうか。

 また、この間みたいに女性にモテまくって、ディリアの不興を買うのはちょっと面倒だ。

 だが、こういうときに限って、僕は寝かせてもらえない。

 いつものようにオズワルが部屋の戸を叩く。

「急ぎの用でな」

 有無を言わさず、僕を廊下へと引きずり出す。


 半ば強引にダンジョン破りのための身支度を整えさせられた僕は城門の外で、ダンジョンから引き揚げてきたばかりの騎士たちから報告を受けた。

「ドラゴンの群れです……女たちも、さらわれています」

 ただひと言、苦しそうな息のもとで聞かされたオズワルは目を剥いたが、僕はそれほど慌ててはいなかった。

 やはり、ただひと言で尋ねる。

「ドラゴンの大きさは?」

 騎士のひとりが、手と手の間をぎゅっと狭めてみせる。

 そんなことだろうと思った。

 ドラゴンの群れが押し寄せるなんて、ファンタジーRPGの一大イベントが、そうそう何の前触れもなく起こるものではない。

 ただ、分からないのは、そんなドラゴンの群れに女性たちが誘拐できるかということだ。

 僕はオズワルに告げた。

「なるべくたくさん、騎士と兵士を集めてください。|

ニセ《小さな》ドラゴンが、ダンジョンを埋め尽くそうとしているのです」

 昔、そんなアーケード・ゲームがあったらしい。

 とにかくプレイヤーをたくさん集めて、うじゃうじゃモンスターがいるダンジョンを攻略するという……。


 そんなわけで、ダンジョン第1層からの戦いの様子は、いつもと様子が違った。

 斧を振り回しながら、悪党のロズが喚く。

「こいつあ、モンスター退治じゃないぜ!」

 当たるを幸い、次々に現れる小鳥くらいの大きさのニセドラゴンたちを叩き落としていく。

 盗賊のギルは、いつもの短剣を凄まじい速さで振り回していた。

「どっちかって言えば、作物にたかるイナゴの群れだな、こいつら」

 飛び回るニセドラゴンたちを、片端から仕留めていくのは並大抵のことではない。

 それでも最初のうちは、ひとつひとつの層を制圧すると、ぞろぞろと一列縦隊で扉や洞窟の向こうを目指すことができた。

 だが、層が深くなって、分かれ道が増えたり、逆に洞窟が広くなったりすれば、出くわすニセドラゴンも増える。

 ランタンを持った僕の前を暗視インフラビジョンで歩く、エルフのターニアが困ったように言った。

「出てきたそばから、弓矢で射られないこともないんだけど」 

 別の分かれ道を探ってきた仲間が、闇の向こうにいないとも限らない。

 広い洞窟での大乱戦だったら、なおさら味方に当たるおそれがある。

 そんな心配をしていると、ターニアの低いつぶやきと共に、その腰のレイピアが僕のランタンの灯に一閃する。

「言ってるそばから……」

 そこは、第18層にある地獄門の前だった。


 広い洞窟の中で、騎士たちと兵士たちとが、数にものを言わせたニセドラゴンの群れと入り乱れて戦っていた。

 僕の前にも、1匹飛んでくる。

 慌てて頭を抱えてしゃがみ込むと、いつの間にか後ろにいた魔法使いのレシアスが、忌々しげにつぶやいた。

「『眠りスリープ』が使えれば早いのだが……」

 それでは、ニセドラゴンたちと一緒に僕たちも眠ってしまう。

 しかたなさそうにかけてくれたのは、僕への『俊足ヘイスト』の魔法だった。

 おかげで、素早いニセドラゴンも易々と手で掴むことができた。

 だが、どうしても殺すことはできない。

 そこへ伸びてきたのは、僧侶ロレンの錫杖だった。

「異世界召喚者殿の美徳はそこにあるのですが……」

 ぼやきながら、ニセドラゴンに『金縛りホールド』をかける。

 そこで、聞き覚えのある声が異口同音に僕を叱り飛ばした。

「何やってんだ伏せろ!」

 思わず洞窟の床に転がったところで、頭上に迫った何かが空中で動きを止める気配があった。

 腹這いになったまま頭を上げると、交差する三本の槍でニセドラゴンが仕留められていた。

 皮肉たっぷりの口調で、若造どもが僕をからかう。

「たいした度胸をお持ちですねえ……」 

「さすがは異世界召喚者」

「俺たちに説教垂れるだけのことはある」

 そこにいたのは、第26層で僕が面倒を見たチンピラ新兵たちだった。

 面子丸つぶれといったところだが、そこはターニアが助け舟を出してくれた。

「ありがとう。立派だわ、若いのに」

 たちまち、新兵どもは歓声を上げた。

「エルフだ!」

「初めて見た!」

「乳でけえ!」

 最後のひとりが両脇から張り倒されたところで立ち上がった僕は、年長者面して言い渡した。

「敵の数が多いが、ひとつひとつ、地道に倒していこう。必ず勝てる」

 ターニアにいいところを見せようというのだろう、新兵の三バカ大将どもは、威勢のいい雄叫びと共に、ニセドラゴンの群れの中へ飛び込んでいった。


 ニセドラゴンたちを駆逐したところで、聞き覚えのある声がした。


 ……退却。


 地獄門が開いたところでターニアが身構えたのは無理もない。

 そこには、エドマが立っていたのだ。

 ニセドラゴンたちが地獄門の向こうへと消えていくのを見て、オズワルが叫んだ。

「追え!」

 騎士たちと兵士たちが雪崩を打って、騎士団長の後に続く。

 だが、僕は止めた。

「引き返せ! 罠だ!」

 だが、ここで僕が思い知らされたことがあった。


 ……異世界召喚者は、リントス王国の居候。


 オズワルたちはいったん立ち止まって振り向いたが、それでも追撃をやめようとはしなかった。

 殿しんがりについていた新兵たちはしばらく僕をじっと見つめていたが、やはり後に続いた。

 周りに残ってくれたのは、ターニアにレシアスとロレン、ロズとギルだけだ。

 その眼差しには、明らかな同情が感じられた。

 嬉しいが、いたたまれない。こういうのは。

 だから、僕は敢えて断言してみせるしかなかった。

「行こう。異世界召喚者でなければ、第31層は破れない」


 退却戦にかかったニセドラゴンたちの抵抗は頑強だった。

 それでも第30層まで押し返すと、ひとりで頑張っていたドワーフのドウニと合流することができた。

 僕の顔を見るなり、憎まれ口を叩く。

「何だ、これだけ雁首揃えて、この体たらくか」

 そう言いながらも、第31層の洞窟を埋め尽くすニセドラゴンの壁を、大きなハンマーで叩き崩してくれるのは頼もしかった。

 だが、その先で僕たちが見たものは、いくらドウニでも一撃では倒せそうになかった。

 もっとも、当の本人は認めようとはしなかったが。

「相手にとって不足はねえ」

 僕たちがたどりついた大きな洞窟の中にいたのは、巨大なモンスターだったのだ。

 ひとつの大きな眼だけを額に持つ巨人……サイクロプスだ。

 どこから入ったのか、見当もつかない。 

 レシアスはこの疑問にあっさり答えを出した。

「こいつらは、その辺のモンスターとは格が違う。もっと深くて暗いところから召喚されたものだ」

 確かに、その背後には、あの禍々しい地獄門があった。

 さらに、その前には、虚ろな目をした美しい女、女、女……。

 その傍らでは、エドマが嘲笑を浮かべて僕たちを眺めている。

「わざわざ、こんなところまでやってくるとは……地上はいいのか?」

 オズワルをはじめとする騎士たちや兵士たちはというと、ただ、為す術もなくサイクロプスの姿を見上げていた。

 そこで開いたのは地獄門だ。

 サイクロプスは急に、地獄門の向こうの鈍い光の中へ消えた。

 今まで何度も見てきた、あの光だ。

 ロレンが、怒りを抑えて呻いた。

「巨大な怪物どもは、あれを今まで地上への出入り口にしていたのでしょう」

 ヒューマノイドの群れを送り込んできた「闇の通い路」が、地獄門の向こうにあるといったところだろうか。

 オズワルの命令一下、騎士たちと兵士たちは、地獄門の前の美女たちを助け起こしに走った。

 その瞬間、僕の頭に閃いたことを、ターニアが耳元で囁いた。

「ハメられたわね」

 そうなのだ。

 ニセドラゴンに、女性たちをさらえるわけがない。

 それは、ダンジョンから好きなように出入りできるサイクロプスのしわざだったのだ。

 僕たちというより、騎士たちや兵士たちをダンジョンにおびき寄せておいて、美女たちを保護させる。

 そこで、警備が手薄になった地上を荒らし回ろうというのだろう。

 

 三十六計、「その三十一」。

 

 美人計びじんけい…美女を与えて敵の力を挫く。


 本来は自分より強い相手を骨抜きにする策だが、こういう使い方もあるということだ。

 だが、罠にはまったことを悔やんでも仕方がない。

 とりあえず、放心状態の美女たちは城に連れ帰って面倒を見るしかない。

 僕はオズワルを促して地上へと向かった。

 もちろん、第30層にはドウニが残って、そこから上は騎士たちが1人ずつ残る。

 地上に戻っても、騎士団や兵士たちは相当の数が残っていたのだが、そこにはさらに厄介な事態が待ち受けていた。

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