反客為主《はんかくいしゅ》……敵の仲間になっておいて、相手を思い通りに操ります(後)
日が沈むのを待って、宰相リカルドの住む、あの粗末な一軒家を訪ねた。
いずれはバレることだが、これが騎士団長のオズワル辺りの耳に入ってはまずい。
目的を達する前に力ずくで連れ戻されて、それこそ無言の拷問にかけられかねなかった。
粗末な木の扉を叩いた僕を出迎えたのは、側近のカストだった。
「やあ、しばらく」
こちらこそ、と慇懃に頭を下げると、冷ややかに切り返された。
「君と違ってヒマじゃないからね」
無位無官の居候、と罵られたわけだが、そこはこらえて、リカルドへの面会を申し出る。
暗い中で嫌がらせのように散々待たされた後、僕はリカルドの書斎へと通された。
壁の棚には、さぞかし分厚い本がぎっしり並んでいることだろうと思っていたが、部屋の中はすっきりしたものだった。
小ぢんまりとして、大学生のワンルームマンションのような感じがする。
てかてか光る、古ぼけた木の椅子の背もたれに身体を預けたリカルドは、同じような腰掛けを勧めてきた。
おかげで僕は、気軽に用件を告げることができた。
「ディリア様の王位を証する笏は、ダンジョンにあると見ましたが、いかがでしょうか」
単刀直入に尋ねると、あっさりと答えが返ってきた。
「その通りだ」
もう少し勿体をつけるかと思っていたが、少し拍子抜けだった。
今までのやり口からして、もしかすると、何か罠が仕掛けられているのではないかと勘繰りたくもなる。
だが、たとえ腹に一物あったとしても、ここはそれに甘んじるところだ。
僕は悠然と構えているリカルドに負けないよう、努めて静かな口調で尋ねた。
「では、それがいかなるものか教えてはいただけないでしょうか」
話が本題に入ったところで、リカルドの顔がいつもの嘲笑を浮かべた。
「私に何の得がある?」
まずは、最初の関門を突破したというところか。
一応は下手に出てはいるが、取り引きが始まった時点で、僕たちは対等の立場に立っている。
あとは、こっちの差し出すものが向こうにとって、どれだけの価値をもつかということが問題になってくる。
その辺については、僕にも確信があった。
こすっからく光るリカルドの眼を見据えて、倍返しの慇懃無礼さで説き伏せにかかる。
「あるかもしれない、ということに私たちは期待をかけてまいりました。ところが、それは間違いなくあるとのこと」
いかにも気の毒そうな相槌が返ってくる。
「それが手元にない、というのは痛手でしょうな」
そこは、おもむろに頷いて切り返す。
「しかし、それをリカルド殿が預かっていらっしゃるということであればいかがでしょうか?」
意外な申し出だったらしい。
向こうが目をしばたたかせたところで、すかさず畳みかける。
「ディリア様が王位にふさわしいと認めたときに、それをお返しになるということにはなりますまいか?」
そこでリカルドは、楽しげに笑った。
初めて聞く、高らかな笑い声が答える。
「おぬしでなければ回収はできまい。よかろう……王笏の形はカストにだけ教える。同行させるがよい」
だが、代償は大きかった。
僕が知られたくないことでも、リカルドにとって何でも損にはならないことなら、口止めはできない。
あっという間に、城内での眼差しは輪をかけて冷たいものになった。
夜が明けて、大広間での朝礼に出ようとしたら、もう終わっていた。
ディリアの姿は既になく、廷臣たちや味方の貴族たちと回廊ですれ違っても、知らん顔をされる。
「まあ……敵を欺くには、まず味方からって言うし」
腹をくくって、ダンジョンに潜ることにした。
仲間を募るためにアンガの力を借りようとしたが、城内のどこを探してもいなかった。
考えてみれば、暗殺者が本気で姿をくらましたら、常人に見つけられるはずがない。
だが、自分で街に出てみても同じだった。
魔法使いのレシアスも僧侶のロレンも、悪党のロズも盗賊のギルもいない。
いや、街全体がもう、僕にとっては完全に
冷たい雑踏の中に呆然と佇んでいると、傍らに立つ端正な姿があった。
狡猾な宰相リカルドの美しい腹心、カストがいつになく優しい声で囁く。
「期待してくれていいよ。ひとりで守り切ってやるからさ」
そのまま僕たちはダンジョンへと向かったが、白馬に乗ったエルフのターニアは現れてはくれなかった。
情けなかったのは、第29層から動こうともしないドワーフのドウニだった。
騎士から話が伝わったことは察しがついたので、敢えて何も言わずにカストと共に第30層に下りたが、そのとき、不機嫌そうな声が僕の背中を叩いた。
「せいぜい仲良くするんだな、新しいお人形さんと」
そして今、僕はカストと仲良く、ダンジョンの奥にある大きな洞窟の中にいる。
ほどなく、ホムンクルスが率いるシンセティックの群れがカンテラの灯の向こうに現れた。
闇の中にぼんやりと浮かびあがった分だけでも、とても突破できそうな数には見えない。
これを見るなり、カストはあっさりと言ったものだ。
「降伏しよう。多勢に無勢とはこのとだ」
こうして僕たちは、早々とホムンクルスたちに捕まってしまったのだった。
高手小手に縛り上げられて向かった先は、闇エルフのエドマが陣取ったダンジョンの奥だ。
「簡単すぎるな」
引き据えられた僕たちを見下ろすと眉をひそめたが、その目は興味深そうにカストを眺めている。
そのまなざしへの返事は、さっきと同じようにあっさりしたものだった。
「無駄なことに労力は費やさないことにしているんでな」
今回ばかりは、僕も同意見だった。
三十六計、その三十。
そこへやってきたのは、オズワル率いる騎士団だった。
「異世界召喚者殿と……カスト殿か!」
エドマは冷ややかに言った。
「シンセティックを貸してやろう。あれを倒したら、ふたりとも解放してやらんでもない」
口もとが笑っている、できるわけがないと踏んでいるのだ。
だが、エドマの手の中でオズワルたちを指し示しているものを見て、僕は息を呑んだ。
……王笏!
遠目にも精巧な彫刻の施された金色の杖の先に、光り輝く青い宝珠がある。
その荘厳さに返事もできないでいると、王笏に気付いたのか、カストが名乗り出た。
「いいだろう。縄を解いてくれ」
手足が自由になったところで立ち上がるなり、迫りくる騎士団に向かって音もなく駆け寄った。
仕方なさげに迎え入れようとしたオズワルが、急に形相を変える。
「貴様……!」
顔面に跳び膝蹴りを見舞われそうになったところで、抜き放った剣を叩きつけた。
その刃は、身を縮めたカストの足元で空を切る。
エドマがそこへ、凄まじい速さで短剣を放ってよこすと、空中で受け止めるや、オズワルの背後を襲う。
振り向きざまに大剣が放たれると、騎士団長が見せた背中にシンセティックたちが殺到した。
オズワルは、剣をかわしたカストには目もくれず、騎士団に命じた。
「退却」
騎士たちの鎧の背中が、ぼんやりとしたカンテラの灯の向こうに消えていく。
それを眺めていたカストは、僕やエドマに振り向きもしないで言った。
「では、お約束通り、これで」
だが、エドマは止めた。
「共に闘う気はないか? お前には、同じ匂いを感じる」
蛇の道は蛇、悪党には悪党同士にしか分からない何かあるのだろう。
リカルドの腰巾着がそうそう寝返るとも思えないが、これを見逃す手はない。
僕は、いかにも面倒くさそうに顔をしかめながら口を挟んだ。
「裏切りには、それなりの見返りというものがあるでしょうに」
エドマも、それが何なのか、ようやく気付いたらしい。
「この洞窟の奥に隠し扉があってな……何だ、こんなものでいいのか?」
カリヤの返事次第では、何の苦労もなく手に入るかもしれなかった。
だが、えてして、そういうときには邪魔が入りやすいものだ。
空気の読めないホムンクルスが割って入る。
「敵デス、コノフタリハ」
エドマは、面白くないといった顔つきで、僕に答えた。
「1対1の勝負で倒せたら、くれてやろう」
カストの反応は迅速だった。
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、さっきの短剣でホムンクルスの喉を抉っていたのだった。
統率者を失ったシンセティックたちの踏ん切りも早かった。
その場から雪崩を打って、カンテラの光の届かない、洞窟の奥にあるらしい出入り口から逃げ去っていく。
ひとり残されたエドマだったが、闇エルフの帰る先は闇の中しかない。
するりと姿をくらましたが、思い出したような声だけが戻ってきた。
「また会おう、お前は人間ながら美しい」
誰のことかと思えばカストの手の中に、薄暗い中にもまばゆく輝く宝珠のついた、金色の王笏が降ってきた。
しまったと思っていると、それは不愛想な声と共に、僕の目の前に突き出された。
「偽物だ」
次の朝、城へ戻ると、王位の証でも何でもない王笏を受け取ったディリアは、ただ僕の無事だけを喜んでくれた。
「心を痛めていたのです……勝手に自分だけでダンジョンに向かうほど、カリヤを追い詰めてしまっていたのかと」
廷臣たちや貴族たちの前で王位継承者に詫びられて、返す言葉などあろうはずがない。
きまり悪そうな顔をしているオズワルをちらりと見やったディリアは、遠慮がちに付け加えた。
「しばらくカリヤの前に顔は出せないと思いますが、他の者も、すまないとは思っているのです」
こうして、僕の名誉は回復された。
だが、朝礼の後、僕を残したディリアからオズワルの前で聞かされたのは、意外な事実だった。
「リカルドが……僕を?」
裏切ったわけではないから助けに行くようにと進言したというのだ。
道理で、あのオズワルがカストと闘おうとはしなかったわけだ。
いつの間にか耳元にいたレプラホーンのハクウが、照れ臭そうに囁いた。
「まあ、とりあえず一件落着ということで」
目の前に現れたフェアリーのポーシャは、まだ素直なものだった。
「ごめんね……バカで」
小さな拳で、自分のあたまをこつんとやる。
つい吹きだしてしまったおかげで、どこかに残っていた、すっきりしない何かは気にもならなくなっていた。
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