第22話 関門捉賊《かんもんそくぞく》…… 敵の逃げ道をふさいでから包囲殲滅します(前)
聞いてみればバカバカしい話だった。
まず、街中でディリアとその護衛が馬ごと群衆たちに取り囲まれている中で、もめごとが起こった。
ディリアが、いきなり暴れ出した馬の背中から落ちたのだ。馬の尻を叩いて怯えさせた暴漢は、落馬したディリアをさらっていこうとする。
ところがディリアは、おとなしく誘拐されたりなどしなかった。
あっという間に暴漢は腕をねじ上げられて膝を屈し、罪を憎んで人を憎まぬ寛大なディリアに見送られるようにして逃げていった。
そこで、どこからか、姫様バンザイと叫ぶ声が上がった。その場にいた街の人々の注意は自然とそちらへそれて、何だ何だと大騒ぎになる。
だが、実はディリアはオズワルの変装だった。ロズとギルが街中から調達してきた、裾の長い女物の服をありったけ、鎧の上からかぶせたのだ。
もちろん、暴漢を演じたのは悪党のロズで、叫び声をあげたのはギルだ。
オズワルの変装がバレるのは時間の問題だったが、そのわずかな隙にディリアは群衆の中から逃れ、使者を迎えに行くことができたのだった。
事がそれだけで済めば、微笑ましい話で終わっていたはずだった。
実際、西北の国からの使者はディリアひとりの出迎えに十分満足していたし、その経緯を聞いて大笑いしたものだ。
「面白い男ではありませんか、是非、会ってみたい」
馬を操るディリアの背中へしがみついた使者は、名前をリンドといった。
……これが? あの?
表向きは僕を天まで持ち上げながら、裏の裏まで深読みさせては地の底までも叩き落す、ふてぶてしい手紙の主だとは。
姿はまるで幼い子供のようだったが、それでも王位後継者との交渉を任されるほどだから実際はディリアよりも僅かに年上で、19歳になるのだという。
僕はといえばダンジョンの前にロレンやレシアスと共に取り残され、体力の回復を待つこととなった。
ターニアは冷たいことに、薬草を探してきてくれただけで、どこかに姿を消してしまった。
下手に近くへ寄ると、僕が後でディリアの不興を買うことになるという心配もあったのだろう。
だが、西北の国の使者リンドに絡みつかれていたときの眼差しを思い出すと、どうも放置されてしまったのではないかという気がして仕方がなかった。
ディリアが差し向けてくれた迎えがダンジョンの前に到着した頃には、ターニアの薬草とロレンの祈りのおかげで体力はいくらか回復していた
辺りはすっかり暗くなっていたので、騎士に護衛された幌馬車はありがたい限りだった。
共に乗り込んだレシアスやロレンが街中で降りた後、城についた僕はどうにか、人の肩を借りなくても歩けるようにはなっていた。
疲れた身体を引きずるようにして歩み寄った門が、目の前で開く。
そこに立っていたのは、馬上の姿のまま、着替えもせずに待っていたらしいディリアと、そして……。
「異世界転生者殿だな! よくぞ帰ってまいった!」
それこそ子供のようにはしゃぎながら、僕に飛びついてきたリンドだった。
ふたりが僕を待っていたのには、抜き差しならない理由があった。
ディリアが、困り果てたような顔で事情を告げる。
「オズワルが、城を出たまま戻らないのです」
使者リンドを連れて戻ったところで、城に詰めていた騎士たちは慌てふためいていたらいい。
何でも、ディリア脱出のためにオズワルが身代わりを務めていたのは、街の人たちから割と好意的に受け入れられたのだという。
だが、誇り高いオズワルにはそれが耐えられなかったようなのだ。
僕は自分の身体の疲れも忘れて、深いため息をついた。
「融通が利かないのは分かっていたけど……」
要はコワモテのイメージが崩れて、自分のアイデンティティ、もっと平たく言えば、仮面としてのキャラを見失ってしまったのだ。
そこで僕の耳元に飛んできて、囁き声で余計な入れ知恵を吹き込んだ者がある。
夜闇の中で裸身をぼんやりと光らせた、フェアリーのポーシャだ。
「お疲れさんパーティ開いてあげようよ」
お前がどんちゃん騒ぎしたいだけだろ、とツッコんだのは僕だけではない。
そこいらへんをふわりふわりと飛び回る、三角帽子のハクウだ。
でも、悪いアイデアではないと思った。
オズワルは、義理堅い男だ。
こちらが手間暇かけてねぎらいの宴を開こうとしているのに対して、知らん顔ができる性分ではない。
こうして、次の日の夜には、大広間で廷臣や貴族たちを集めた大宴会が開かれたのだった。
……本人不在のまま。
ディリアの朝礼にオズワルは現れなかった。
宴会に備えて体力を温存しようと部屋でひと寝入りすると、瞼の裏にステータスが浮かぶ。
〔カリヤ マコト レベル22 16歳 筋力37 知力40 器用度51 耐久度42 精神力48 魅力38〕
レベルの半分の数値が、器用度に回されていた。
この先にはよほど、敏捷性を要求される事態が待っているらしい。
少なくとも、オズワル激励会は関係ないはずだったが、僕は用心した。
心は30代でも身体は16歳だから、アルコールに耐えられない身体で下手に飲んで、醜態をさらしては目も当てられない。
だが、僕がどれだけ自制しても、周りの人たちが許してくれなかった。
どれくらい酔ってしまっているかというと、フェアリーのポーシャやレプラコーンのハクウがそこいらを飛び回っても気にならないくらいなのだ。
おかげで妖精ふたりは、心ゆくまで宴会を楽しめたわけだが、もうひとり、羽目を外した者がいる。
リンドだった。
僕の席に近寄ると、幼い顔で頬を赤らめながら、あろうことか膝の上に乗ってくる。
「ふふ……軽いであろう? こんな身体だから、国元でも私を女としては見てくれんのだ……異世界の女どもは、どうなのだ?」
絡み酒もいいところだ。
これがセクシーな大人の女性だったら、僕はちょっと、理性を保つ自信がない。
だが、無邪気な子どもがじゃれついてきていると思えば何でもなかった。
もっとも、ディリアはそれを許してくれなかった。
盃を手に、冷たい眼差しで僕を見下ろす。
「酒の上とはいえ、無礼でしょう、カリヤ」
その目からは、きつい言葉で押さえられていた涙がこぼれる。
「私など、もうどうでもいいというのですか?」
「いや、そんなことは……」
しがみついてくるリンドの、薄い胸の感触にうろたえながら、僕はしどろもどろに答える。
そこで、温かい食事の並ぶテーブルへ、甲高い声と共にとびあがってきたものがあった。
白いフェレットの、マイオだ。
リンドが歓声を上げて追いかけにかかる。
「可愛い!」
そのマイオがひっくり返したスープが、空になった僕の膝にかかった。
「熱っ……!」
悲鳴が、声にならない。
代わりに大広間を騒がせたのは、駆け込んできた騎士たちだった。
「団長殿が……団長殿が!」
誰もが歓談を忘れた大広間は、とても宴会の最中だったとは思えないほど重苦しい雰囲気で静まり返った。
騎士たちの報告によれば、オズワルは街中の暗い路地で倒れているのを発見されたのだという。
敬愛する団長が闇討ちされたことに逆上した騎士たちは、全員がディリアの前に膝を突いて、誓いの言葉を述べる。
「犯人をすぐに追い詰め、ひっ捕らえてまいります。」
だが、そのとき、器用度51の力のおかげか、知力で考えるまでもなく、僕の脳裏には反射的に危険信号が閃いていた。
三十六枚のカードのイメージのうち、1枚がくるりと回転する。
僕は声を抑えて、しかし、きっぱりと告げた。
「やめたほうがいい」
ものすごい目つきで睨んでくる騎士たちには正直、怯んだが、理屈は後でついてくる。
「つまり、犯人は居場所も分からないわけだろ? 闇雲に追いかけたって、君たちを危険に晒すだけだ」
確実に袋の鼠にしたうえで、徹底的に叩くのも兵法の定石だ。
三十六計、その「二十二」。
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