関門捉賊《かんもんそくぞく》…… 敵の逃げ道をふさいでから包囲殲滅します(後)

 見くびらないでいただきたい、と騎士たちから次々に抗議の声が上がる。

 それでも、ここは追撃をかけないのが兵法の定石だ。

 僕は血気にはやる騎士団を説得にかかる。

「騎士団長を襲うことのできた連中が、騎士団を恐れなければならない理由はないだろう?」

 RPGでいう1ターンでの2回攻撃ができるオズワルを、人事不省に陥らせることができるのだ。

 騎士団など、ものの数ではないだろう。

 僕はここで声を低めて、騎士団を戒める。

「むしろ、追跡した先で、ワナや待ち伏せに引っかかる危険性が高い」

 大広間から宴会の皿や机などを使用人たちが運び出す、祭りのあとのような気が抜けた雰囲気のなかで、騎士たちはうつむいたままだった。

 ポーシャは、僕の耳元ですすり泣きを始めた。

「ごめんなさい……こんなこと思いついちゃったから」

 お前のせいじゃない、と思ったのは僕だけではない。

 ハクウが平生を装いながら慰める。

「お前の言うことを真に受けた人間どもが悪い」

 これには、僕も言い訳ができなかった。

 そこで、あの声が聞こえた。

「なぜ俺を呼ばん」

 負傷のために長い間、僕たちの前に姿を見せることがなかった暗殺者のアンガだった。

 それは、宴会に招かれなかったことへの不満ではない。

 アンガにとっては、今こそ、隠密行動と密偵、そして本来の生業である暗殺に再び携わるときだったのだ。

 皆が声の聞こえたほうへ振り向くと、その姿はもうどこにもなかった。

 ディリアが、呆れたような、しかし安心したような声でつぶやく。

「久しぶりに現れたかと思えば……忙しいことですね」



 今までの活躍からすると数日後には、この国の隅から隅まで調べて回ったアンガは、何らかの報告を持ってくるはずだった。

 だが、何日待ってもアンガは戻ってこない。

 ミイラ取りがミイラになるという諺が心配ではあったが、僕は街へ出ると盗賊のギルを酒場で探し出した。

「何か聞いてないかな、噂か何か」

 へえ、という驚きの声と共に、自信たっぷりの答えが返ってきた。

「悪くないね、どっちも僕が見つけ出すというのは」

 アンガの負傷中に、その代行を務めるべく隠密行動の技術を授けられてきたのがギルだ。

 その危機を救い、さらに任務の達成まで自分がやってのけられるとなれば、こんな気持ちのいいことはあるまい。

 酒のせいか上機嫌のせいか、ギルはふらりと酒場から出ていったが、僕の期待は空しくも外れた。

 ギルもまた、いつまで経っても帰ってはこなかったのだった。

 騎士団はオズワルの代理がうまくまとめているものの、さすがに、これにはディリアも心配した。

「アンガと、その教えを受けたギルが国中を探しても見つからないとは……刺客たちはそんなにも遠くへ逃げ去ってしまったのでしょうか」

 朝礼の場から廷臣や貴族たちが去ったあとの大広間に僕とふたりきりで残されて、不安げにつぶやく。

 だが、僕はある可能性を考えていた

「ダンジョン……」

 刺客団が潜んでいるのをアンガとギルが探しに行ったら、どちらも見つかるはずがない。

 問題は、騎士たちが守っている制圧済みの各層を、刺客団はどうやって降りていったのかということだ。

 団長代理のもと、ダンジョンの警備は滞りなく交代している。

 すると、答えはひとつしかない。

 闇エルフのエドマが開く、「闇の通い路」だ。


 第22層へ潜ると言い出した僕を、ディリアは止めた。

「危険です! おやめなさい! ダンジョンの中で刺客団と戦うなど」

 だが、僕は自信を持って言い切った。

「あのダンジョンを突破できるのは僕……異世界召喚者だけなのでしょう?」

 予言が本当なら、そこに潜む刺客団も恐れるに足りないことになる。

 おそらくは、隠れる場所がダンジョンしかなかったのだ。

 それに目をつけたのが、闇エルフのエドマだったのだろう。

 自分で誘ったのかどうかは知らないが、おそらくは「闇の通い路」を使ったのだ。

 騎士たちとの戦闘を回避して身を隠せるなら、刺客団としても願ったり叶ったりだったろう。

 だが、不慣れなダンジョンの中で出来ることは限られている。

 つまり、これが可能だということだ。


 関門捉賊かんもんそくぞく…… 敵の逃げ道をふさいでから包囲殲滅する。


 そこへ現れたのは、明らかに寝起き姿のリンドだった。

「行かないで……カリヤ」

 どこで聞きつけたのか、寝間着を替えもせずに飛び出してきたらしい。

 がらんとした大広間に、妙な緊張が走る。 

「アンガもギルも、必ず連れて帰ります」

 そう言い切って、出てくるしかなかった。

 アンガもギルも僕と同じことを考えているなら、もうダンジョンにたどり着いているはずだ。

 ポーシャとハクウを連れて、ダンジョン警備の騎士たちが交代するときの馬の後ろに乗せてもらってついていく。

 途中で白馬に乗って合流してきたのは、革鎧をまとったエルフのターニアだった。

「異世界転生者殿をこちらへ」

 馬を止めることなく僕を器用に引き取ったターニアの腰に手を回す。

 革鎧越しにでも、身体のぬくもりと草花の匂いが感じられた。

 微かな囁きが聞こえる。

「オズワルはいい人だからね……ちょっと要領悪いけど」

 エルフが人間をそんな目で見ているというのは、ちょっと意外だった。

 ダンジョンの入り口で待っていたのは、魔法使いのレシアスと僧侶のロレン、そして悪党のロズだった。

 やはり、アンガとギルの姿はない。

 ロズが歯ぎしりしながら言った。

「ギルが殺られるわけがねえ」

 そう言いながらも、僕がここへ来るのを察していたのだろう。

 連れてこられたらしいレシアスも頷いた。

「怪我を押して、負けて死ぬような仕事を買って出るようなアンガではない」

 それを受けて、ロレンは僕たちを励ます。

「だから、アンガ殿もギル殿もきっと生きています」

 第21層の洞窟で待っているかと思ったが、そこにいたのはドワーフのドウニだけだった。

「あの男がやられたんだってな……力になるぜ」

 前後の事情は一切聞かないで、僕たちについてくるのはかえって頼もしい。

 たぶん、アンガもギルもここを通らなかったのだ。

 すると、ふたりが死んでいない限り、答えはひとつしかない。

 僕はそれを信じて、洞窟の奥にある穴から第22層へと向かった。


 刺客団との戦いは、僕の読み通りに進んだ。

 ダンジョンの奥から、フェアリーのポーシャが叫ぶ。

「こっちだよ! カリヤ!」

 レプラホーンのハクウにからかわれた黒ずくめの刺客が、レシアスの杖が放つ光の中に現れる。

 その背後から、ロズが剣も抜かずに裸締めを食らわす。

「他の仲間はどこだ?」

 口を割らない刺客の額に、ロレンが手を当てる。

 僧侶の祈り「真実の告白コンフェッション」の力で、刺客は呻いた。

「どことは……言えない」

 大した精神力だった。

 放してやってください、と頼むと、悪党は面白くなさそうに鼻を鳴らして、腕を緩める。

 逃げていく後ろ姿を眺めながら、僕は皆に言った。

「どことは言えないということは、全ての洞窟に刺客が潜んでいるということです。ダンジョンならではの戦い方をすれば、かならずどこかへ追い込めるはずです」

 先へ進んで分かれ道にさしかかるたびに、僕たちも隊を分けた。

 まず、ついてきたのは、レシアスにハクウ、そしてターニア。

 刺客は4人いたが、ハクウによる撹乱とレシアスの魔法「遅滞ディレイ」で思うように動くことができない。

 ターニアの操る高速のレイピアと、彼女のくれたアミュレットが教えてくれる弱点を正確に突く僕の剣が、刺客たちを追い払った。

 さらに次の分かれ道では僕がカンテラを掲げて、暗視能力インフラビジョンを持つエルフのターニアと行動を共にすることになる。

 戦いの最中だからお互い、余計なことは言わない。

 ただ、ターニアの囁きひとつが嬉しかった。

「強くなったね」

 ありがとう、と頷いてカンテラを高く掲げると、ダンジョンの洞窟をふさぐようにして待ち構えている影が見えた。

 もちろん、こんなのは囮だと察しが付く。

 その向こうから飛んできた短剣を叩き落とすのは、器用度が51に達した僕なら造作もない。

 囮になっていたのが逃げだすと、その後ろにいたのが何人も逃げていく足音がする。

 いかに刺客といえども、不慣れなダンジョンでは、抜き足差し足というわけにはいかないようだった。


 しかし。

 まばゆい光に照らし出された、広い洞窟に足を踏み入れたときだった。

 ハクウと共に別の洞窟から出てきたレシアスが、杖を掲げているのだ。

 サンタクロースのような赤い帽子をかぶった刺客たちが、短剣を手に身構える。

 別の洞窟からポーシャと共に出てきたロズが、苛立たしげに怒鳴った。

「ふざけた格好しやがって!」

 だが、剣を抜いて襲いかかるロズは、軽く肩透かしを食らった。

 レシアスが、僕に告げる。

「あれがモンスターだ」

 そこで、やっと気が付いた。

 「赤い帽子レッドキャップ」……かぶった者の身体を乗っ取るモンスターだ。

 別の洞窟からロレンと共に出てきた、ドワーフのドウニが刺客にハンマーを叩きつける。

 だが、紙一重の差でかわされた。

 かぶるものに超人的な敏捷性を与える、「赤い帽子」。

 これさえ奪い取れば、勝ち目はある。

 刺客たちの背後に立っている、アンガやギルのように。

 ……え?

 いつの間に、と思ったけど、事情は後だ。

 空中を自由に飛び交うポーシャとハクウが、刺客の帽子をかすめ取る。

 矢を放って、いくつもの帽子をいちどきに射抜いたのはターニアだ。

 レシアスの疾走呪文で敏捷性の増した僕から見れば、刺客たちの動きは止まって見える。

 帽子を奪うのは、取り放題のリンゴ狩りよりもたやすい。 

 髪の毛があったりなかったりする頭うを晒して刺客たちは、呆然として辺りを見渡す。

 そこで、ロレンが叫んだ。

「目を閉じて、3つ数えてください!」

 たぶん、目くらましの閃光を放とうというのだ。

 言われた通りにすると、刺客たちは残らず倒れ伏している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る