擒賊擒王《きんぞくきんおう》… 中心人物を捕らえることで、敵を弱体化します(中)

 モンスターたちに奪回されたダンジョンを再制圧するというのは、特撮ヒーローものでいったら最終回辺りで再生怪人と戦うようなものだ。

 こういうのはストーリー展開上の都合で、以前に苦労して倒した敵でも、十把一絡げの雑魚キャラにされているのが当然だ。

 そんなわけで、昔から「再生怪人は弱い」と相場が決まっている。

 だが、ダンジョンでの戦闘は、第1層からして熾烈を極めた。

 最初は四畳半ダンジョンに立っていた見張りのゴブリン2頭をやりすごせばよかったのに、今度は巨大な蛇が何匹も這い回っていたのだ。

 ロレンが「蛇の魅了チャーム・スネークでなだめなかったら、誰かが巻き付かれて骨を砕かれたり、呑み込まれたりしていたことだろう。

 大蛇はダンジョンの下の層へと消えてくれたが、その後に潜ったところで現れたのは、斧を持ったミノタウロスだった。

 騎士たちは死に物狂いで戦ったが、何人も負傷して、ダンジョンの外へと戻ることになる。

 ギルがつぶやいた。

「見てな」

 ぶつぶつと何か唱えたかと思うと姿が消えて、ミノタウロスが1体、首筋から血を噴いて倒れた。

 レシアスから習った隠形の魔法だろう。

 だが、そこでギルもがっくりと膝を突く。

「素人には……ちょっときついな」 

 無理な魔法を使ったせいで、体力と精神力を大量に消耗したのだろう。

 ギルは引き際が早く、力尽きないうちにダンジョンから出ることになった。

 第3層の分かれ道では、僕たちが二手に分かれるのを見透かしていたかのように、その出口には武装したオークたちが待ち構えていた。

 2回攻撃のできるオズワルが先頭に立って突破口を開いてくれたが、もう一方の出口を通ろうとした騎士は、何頭ものオークたちによって袋叩きにされる。

 そのせいで、騎士たちの多くがまた負傷することになった。

 見ていたロズが逆上した。

「何やってんだ!」

 剣を振るってオークの群れに斬り込み、そのうち狂戦士化バーサークを始める。

 オークたちは残らず死んだが、ロズも力尽きてへたり込んだ。

 僕たちについていくと言って聞かないのを、ロレンが何とかなだめて、ダンジョンの外へ送り返した。

 第4層に潜ったところで、暗闇の中から、ふらふら飛んでくる光があった。

 人魂ウィル・オー・ウィスプかと思ったが、ロレンの後光ハーローにも消える様子がない。

 見れば、それはポーシャとハクウだった。

 ファアリーのポーシャは僕に気付くと、差し出した手の中にふわりと落ちてきた。

「みんな……ちゃんと戻った?」

 ああ、と答えると、よかったと答えてくうくう寝息を立てはじめる。

 レプラホーンのハクウは、勝手に僕の方に腰を下ろして、見てきたことを語りはじめた。

「苦戦するわけだよ。モンスターどもは何にも考えてないけど、それが上手に配置されてる。この先は、気を付けろよ。誰かひとりその層に踏ん張らないと、先へ行けないようになってるんだ。たぶん、この面子を知っているヤツのしわざだね」

 それが誰だか言われなくても分かっている。

 闇エルフのエドマだ。

 だが、そういう手で来るなら、一か八か、戦いようはある。

 そこで、僕はまず、尋ねてみた。

「ドウニは?」

「上がってくるヤツ、でっかいハンマーで片っ端から殴り倒してるよ。でも、長くはもたないかな」

 急がなくてはいけない。

 だが、その前にひとつ、やっておくことがあった。 

「ありがとう……で、頼みがあるんだが」

 丁重に頼むと、レプラホーンはとんがり帽子をかぶった頭を反らして、勿体ぶった返事をした。

「小さな体で充分に働いたとは思うが……聞いてやろう」

 僕は、掌の上で眠っているポーシャの白い裸身から目を背けながら頼んだ。

「ポーシャを、運んでやってくれないかな」

 ふん、と不満げに鼻を鳴らす音が聞こえたかと思うと、ふたりの妖精の姿は消えていた。

 


 ハクウの言ったとおりだった。

 緊迫した状況の中でいちいち数えてはいられなかったが、地下へ降りていく1層ごとに、何人かの騎士が負傷して、撤退を余儀なくされた。

 そして、3層か4層ずつ降りていくたびに、エドマと戦ったことのある誰かが、必ずひとりずつ足止めを食わされるのだった。

 最初のひとりは、ロレンだった。

 それまでの間に、闇の中から現れる、武装した戦士たちに騎士たちは苦戦していた。

 だが、エルヴン・シルバーの武器は絶大な効果を発揮して、辛くも勝利を収めることはできたのだった。

 倒れた戦士たちはことごとく、感謝の言葉と共に、雲か霧のように消えていく。

 それを見ていたロレンは、哀しげにつぶやくのだった。

レヴァナント不死の戦士か……」

 戦いの果てに倒れても、恨みつらみといった邪念が原因で、死の世界から門前払いを食らった者たちだ。

 聞けば、このリントス王国にも、周辺諸国の干渉を受け、死に物狂いの戦いを強いられた歴史があるのだという。

 レシアスもまた、微かなつぶやきを漏らした。

「今でもそう変わらんよ。周りの国にびくつくあまり、先王の跡目を争って、小さな城の中で小競り合いとはな」

 その怨念の戦士たちが集っていたのが、最初に闇エルフのエドマが守っていた第7層の地獄門の前だった。

 レシアスの杖の放つ光が、古い鎧に身を固めた無数の影を浮かび上がらせると、騎士団長のオズワルが楽しげに笑った。

「多勢に無勢というやつだな」

 このときにはもう、率いるべき騎士は誰もいなかったのだ。

 覚悟を決めた僕もロングソードを抜いて、レシアスにも「武器強化」の魔法をかけてもらう。

 2対……数えきれない。

 じりじりと歩み寄るレヴァナントを前に、僕とオズワルが身構えたときだった。

 ロレンが、その間に割って入った。

「お待ちなさい! 共にリントス王国を思う者たちが、刃を交えることはありますまい」

 だが、不死の戦士たちは聞かなかった。

「もう、理由など知らん。戦わずにはおれんのだよ、我々は……」

 ロレンはその場にどっかりと腰を下ろすと、レヴァナントたちに言い放った。

「では、勝負いたしましょう。私は、あなた方を説き伏せてご覧に入れましょう。その代わり、連れの者はここを通していただきたいもし、納得できぬとお思いになったら、その場で私をお殺しになればよい。連れの者も、追いかけて仕留めるくらい、あなた方には何でもないでしょう」

 返事の代わりに、地獄門が音もなく開いた。

 戸惑う僕とオズワルを、レシアスが促した。

「ロレンがああ言うのなら、好きにさせてやろうではないか」

 そう言われると、オズワルはもう振り向かない。

 その一方、何度も何度も振り返る僕の前で、地獄門は音もなく閉じた。


 その次は、レシアスだった。

 次の層にはドワーフのドウニが現れた横穴があったが、モンスターたちが地上に出られないように、既に塞がれていた。

 それでいい。

 ひとつ下の層へ潜るたびに、現れるモンスターはTRPGでは名前も付けられないような形の崩れた、禍々しいものになっていったからだ。

 そういうのはことごとく、レシアスの魔法とオズワルの2回攻撃で次々に倒されていく。

 僕はというと、いかに醜いモンスターとはいえ、生きている者に斬りつけることはどうしてもできなかったのだった。

 やがて僕たちは、第13層へ向かう扉にたどりついた。

 その表には、上位魔法語でこう書いてあるらしい。


  この扉を見出したる者のみ魔法の言葉にて鍵を解くべし 


 この意味を誤解したために、僕はディリアに借金をしてまでレシアスから魔法解除の呪文を習うことになったのだった。

 本当は、こういう意味だ。


  魔法の言葉で鍵を解かなくていいのは、この扉を見付けていない者である


 僕とレシアスには開けられないこの扉は、オズワルなら開けることができるのだった。

 その向こうには、もう、「風の元素界」から来たインビジブル・ストーカーはいない。

 代わりに、そこであぐらをかいていたのは翼の生えた、見るからに邪悪そうな生き物だった。

 僕たちをちらりと眺めると、人間の言葉で面倒臭そうに言った。

「あの小賢しい闇エルフめ、この程度の人間どもと闘わせるために俺を呼び出したのか」

 モンスターから小馬鹿にされたのがよほど頭に来たのか、オズワルは満面を朱に染めて剣を構えた。

 それを推しとどめたのは、レシアスだった。

レッサー・デーモン下級の悪魔の言うとおりです。ただ間違っているのは、こやつの相手は私ひとりで充分だということ」

 何だか物言いがよく似ているのは、気のせいだろうか。

 レッサー・デーモンもそれがカンに障ったのか、むっくりと起き上がるなり、翼のひと打ちで高々と跳び上がった。

「それは俺を捕まえてから言え!」

 レシアスは、それを鼻で笑い飛ばした。

「高いところを好むのは、煙と……それから先は言うまい!」

 その杖のひと振りで僕たちの頭上に現れたのは、光る大きな防御陣プロテクティブ・サークルだった。

 レッサー・デーモンは洞窟の高い所を飛び回りながら、レシアスを嘲る。

「そんな魔法が、いつまでも保つものか!」

 レシアスは相手にしない。

 僕に向かって、洞窟の隅にある魔法の扉を指差す。

「教えた通り、やってみるといい」

 魔法解除ディスペル・マジックを使えというのだ。

 確か、強力な魔法が掛かっているとレシアスは自分で言っていた気がする。

 そこは僕のレベルが上がって、セービングスローの成功率が上がっているのを信じるしかない。

 オズワルは心配したが、やってみると、扉は意外と簡単に開いた。

 でも、ひとりで戦おうとしているレシアスを放っていく気にもなれない。

 振り向いてみると、まだ防御陣の向こうのレッサー・デーモンと睨み合っていた。

 オズワルが、僕の背中を押す。

「行こう。手が出せんのだ……俺たちには」

 それでもレシアスの名を呼ばないではいられなかったが、もの凄い目つきで睨みつけられた。

「うるさい! 邪魔だ! 気が散る!」

 そう罵られては、先へ進まないわけにはいかなかった。

 

 最後のひとりは、オズワルだった。

 洞窟のあちこちに現れる怪物を、凄まじい速さの剣で次々に斬り殺していく。

 僕はただ、ランタンを持って歩くことしかできなかった。

「気にするな」

 僕の隣を歩きながら、オズワルは言った。

 でも、と僕が縮こまると、短い答えが返ってくる。

「とりあえず、周りをよく見ていてくれ」

 たいして難しいことではないが、それだけに、務めを果たすのは精一杯でなくてはならないと思った。

 そんな心構えでいると、勘も研ぎ澄まされてくるものだ。

 ほどなく、僕は背後に迫る何かがいるのを感じた。

「……何かが、追ってきます」

 振り向こうとするオズワルを、僕は直感的に止めた。

「知らん顔していた方がいいでしょう……たぶん」

 こんな類の昔話や伝説は、世界中のあちこちに伝わっている。

 日本では、暗い夜道を帰る「千本木」という名の侍の後ろから、「一本木さんの家はどこだ」「二本木さんはどこだ」とひとつ上がりで聞いてくる小坊主の話が伝わっている。

 その度に背が伸びていき、しまいに大入道になって「千本木さんはどこだ」と聞いてくる。

 そこで名乗って斬りつけると、大きな化け狸だったりする。

 イギリスでは、グレイハウンド犬がこれにあたる。

 都市伝説では、ブラック・ドッグだ。

 その共通点は、最後の最後まで振り向いてはいけないということだ。

 だが、そこらへんは言っても分かるオズワルではない。

 魔法使いのワイトに会った広い洞窟にさしかかった辺りで、ぼそりとつぶやいた。

「……犬だな」

 人の話、聞いてないんかアンタは!

「走りましょう!」

 同時に駆け出したおかげで、後ろから飛びつかれずに済んだ。

 だが、向かいの壁にある扉は、魔法で閉ざされているはずだ。

 僕が必死で魔法解除ディスペル・マジックの呪文を唱えているうちに、少しばかり大きくなった感じのする犬は凄まじい速さで迫ってくる。

「開いた!」

 ふたり同時に叫んで飛び込む。

 これで扉が魔法で閉ざされれば、犬はもう追ってこられないはずだ。

 そう思ったのは、甘かった。

 洞窟の奥へ向かって歩き出した僕たちの背後で、魔法の扉は勢いよく開いたのだ。

 しかも、唸り声と共に聞こえたのは人間の言葉だった。


 ……なめるなよ、人間ども。


 いろんな意味で、犬のくせに。

 しかも、魔法解除ディスペル・マジックが使えるなんて!

 走るのはたいして得意じゃないのに、僕はまた全力で逃げる羽目になった。

 だが、ひとつだけ、僕たちに有利な点がある。

 この層は、やたらと分かれ道が多いのだ。

 さらに、グレイハウンド犬やブラック・ドッグには弱点がある。

 足が速すぎて、まっすぐ走ることしかできないのだ。

 ダンジョンの洞窟は曲がっていてなんぼだから、目の前にちょっと壁が立ちはだかれば、立ち止まって方向転換をしなくてはならなくなる。

 その間に距離を稼いで分かれ道に飛び込んでしまえば、もう、追ってこられないはずだ。

 そう、思ったのに。

 空飛ぶ虎フライング・タイガーに出くわした辺りにたどり着いたとき、安心してうっかり振り向いたのは浅はかだった。

 僕は思わず、悲鳴を上げる。

「何で、そこにいるの!」

 目の前にいたのは、冗談じゃないくらいに大きくなった犬だった。

 灯はランタンしかないのに全身像が分かったのは、その口から吐く炎の光による。

 それを見上げながら、オズワルが言った。

「先に行け。よく逃げてくれた、ここまで」


 ……逃げられると思うな!


 魔の犬が吐く炎をかわして、僕たちはその場に伏せる。

 目の前には、下の層へと続くらしい洞窟が見えた。

 オズワルが叫ぶ。

「逃げるぞ!」

 思わず洞窟へ走る僕の背後に、炎の息が迫る。

 オズワルはというと、その隙に、魔の犬へと2回攻撃の剣を振るっていた。

 どうやら、囮の役目は果たせたらしい。

 貸し借りなしでこの場をオズワルに任せて、僕はドワーフのドウニが守っているはずの第17層へと下りていった。

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