第13話 打草驚蛇《だそうきょうだ》……偵察や陽動で相手の反応を探ります

 久しぶりに、夜更け前に寝ることができた。

 異世界召喚者と持ち上げられていても、職場環境は思いの他、ブラックだ。

 勤めてみたら割とブラックだったというのは、教員とそんなに変わらない。

 そんなことを考えながら自分の部屋で横になると、目の前に新しいステータスが浮かぶ。


〔カリヤ マコト レベル13 16歳 筋力22 知力20 器用度20 耐久度22 精神力22 魅力20〕 


 筋力と器用度、精神力、耐久度が3ずつ、じわりと上がった。

 これで全部のパラメータが20を超えたわけだ。


 気持ちのいい目覚めの朝を迎えた僕は、誰に呼ばれるでも急かされるでもなく、城の大広間に向かった。

 朝礼の行われる大広間には、ディリアの姿が見えなくなるほど多くの廷臣や貴族たちが整列していた。

 その声に、傍につくよう告げられた僕は騎士団長のオズワルの、隣に控える。

 ディリアは居並ぶ廷臣や貴族のひとりひとりを呼んで、何やらややこしい名前の官職を与えては持ち場に向かわせる。

 僕はといえば、相変わらず城の居候のままだった。


だが、リカルドの反撃はさらに巧妙になっていた。

 次の朝には、ディリアが要職に任じた者が、あっさりと辞めてしまっていたのだ。

 慰留しようとして呼び出したが、裕福な貴族は屋敷に引きこもって出てこず、そうでもない廷臣は何処かへ姿をくらましていた。

 オズワルが騎士団による連行を申し出たが、ディリアは即座にこれを禁じた。

「無理強いすれば、他の者も私にはついてこなくなります」

 そこで、すっかり密偵が板についた暗殺者のアンガが、調べてきた事情を簡単に報告する。

「どうやらリカルドが、王位継承を左右できる東西南北の大貴族たちと接触したようです」

 リントス王国の東西南北には4つの大貴族の領地がある。

 古くから王家を支えてきた家系だが、その分、名前が長いので、一般には麻雀みたいに、東家ひがしけ西家にしけ南家みなみけ北家きたけと呼ばれている。

 王家が絶えそうなときは妻や婿を出してきた麻雀四家は、王位継承についても口を挟む権利がある。

 ただし、麻雀四家はそれが周辺諸国の干渉を招く内乱のもとにならないよう、ディリアとリカルドの権力闘争を静観していたのだった。

 アンガは、険しい顔でディリアに告げる。

「要職が投げ出されたのも、大貴族たちの差し金でしょうが、リカルドに味方するとはどういうつもりなのか、私にも分かりかねます」

頭の中に浮かんだ三十六枚のカードのイメージの中で、1枚がくるりと回る。

 そこで、僕はディリアに申し出た。

「何をすべきか分からないときこそ、相手をよく見なくてはなりません」


 三十六計、「その十三」。

 打草驚蛇だそうきょうだ……状況を掴むために、偵察や陽動で反応を探る。


 そのとき、大広間の扉を叩く者があった。

「団長殿!」

 騎士団がらの使いだった。

 ダンジョンで、何かあったらしい。


 話を聞いた僕は、魔法使いのレシアスと共にダンジョンへ潜った。

 アンガを通じて僧侶のロレンにも声をかけたが、麻雀四家の領内を直に見てくると言って托鉢の旅に出てしまった。

 代わりに、ポーシャとハクウが勝手についてくる。

 姿を消せる自分たちの出番だと思ったらしい。

 騎士団の報告によれば、ゆうべのうちに再び、街の外に住む人々の家が襲われたらしいのだ。

 姿の見えない何者かが深夜のうちに侵入し、それに立ち向かった男たちが何人も負傷したという。

 おそらくは、エルフのエドマが「闇の通い路」を開いて、モンスターをダンジョンの外に呼び出したのだろう。

 そこで僕がダンジョンへ向かったのは、開かなかった第13層への扉が気になったからだ。

 これがエドマの仕業なら、あの扉を開けることで何らかの動きを見せるだろう。

 つまり、打草驚蛇だそうきょうだをやるわけだ。

 ダンジョンの番をしていたドワーフのドウニも途中で加わったが、あの魔法の扉については辛辣なことを言った。

「ドワーフの目にも、あれはなかなかの曲者だぞ」

 熟練した職人クラフトマンのドワーフの言う通りだった。

 レシアスが魔法解除ディスペルをかけると、僕たちはその場から吹っ飛ばされて、洞窟の壁に強かに叩きつけられたのだ。

 魔法を跳ね返した扉には、輝く文字が浮かんでいる。

 趣味にはまるレアものを見つけたオタクにも似た笑いを浮かべたドウニが、楽しげに言った。

「妖精語だな……。この扉を見出したる者のみ魔法の言葉にて鍵を解くべし、だとよ」

 レシアスが悔しそうに、僕を見つめてつぶやいた。

「では、みっちりと教えてやるとしようか」

 こんなわけで、僕はレシアスのにわか弟子となって、共に扉を発見した盗賊シーフのギルと共に念願の魔法を教えてもらうことになった。


 そして、数日後。

 街の隅にあるレシアスの小屋で、ギルは腰をさすって机に突っ伏していた。

 僕より早く魔法解除ディスペルを身に付けたはずなのに、魔法の扉は開かなかったのだ。

「だったら返せよ、俺の金……」

 レシアスは無言で、壁に貼ってある宣誓書を指差す。


  師匠の導きに従い、代価を支払います


 異世界の共通語コモンでそう書かれているのが読めるのは、異世界召喚者のお約束だ。

 誓約書に即金即署名で応じたギルは魔法の習得も早かったので、文句も言えない。

 ぶつくさ言いながら小屋を出ていったところで、レシアスはサディスティックな笑いを満面に浮かべて言った。

「では、カリヤ君はこれから頑張りましょう」

 確かに僕も署名したが、初めて書く異世界の言葉が、呆れながらも楽しそうに文字を教えてくれたディリアの名前だったのは皮肉な話だ。

 一文無しの居候は、身元引受人の名前を書くしかなかったのだった。

 そんなわけで、異世界の言葉の読み書きにも難儀している僕が、大昔の魔法使いが使っていた「魔法の言葉」、つまり上位魔法語ハイ・エンシェントなど理解できるはずがない。

 レシアスから聞いた言葉を耳コピして、棒読みするしかない。

 数学のできない生徒が、とりあえず掛け算の九九から丸暗記させられるようなものだ。

 そんな不毛な練習が、そう長くできるものではない。

 魔法のかかった青く光る鉄片を宿題として渡された僕は、日が暮れる頃に城の部屋に帰って仮眠を取り、夜中に庭へ出て魔法の呪文をおさらいすることになった。


 そこで、冷たい月明りの中、一陣の夜風と共に現れたのは、狩人姿をしたエルフのターニアだった。

「助けてあげられるんだけど、どうする? カリヤ」

 どこかで、僕のすることを見ていたらしい。

 その言葉は嬉しかったし、心強かったけど、僕は断った。

「ディリアに、借りがあるから……」

 魔法の教授料を立て替えてもらっているのだ。

 それに、金を取りたてるレシアスも、魔術師ギルドのルールに従っているだけだ……と思いたい。

 月の光の下で、ターニアは肩をすくめて苦笑した。

「大変だね、人間も……うまくいかないときって、根本的に何か勘違いしてるときが多いのに」

「それは何かって?」

 僕の問いに、悪戯っぽい口調でターニアは答えた。

「教えてあげない……自分で考えて。困ったときは、合図してくれればいいから」

 そう言うなり、共通語とも違う響きの、聞き慣れない言葉を教えてくれた。

「どういう意味?」

 僕が尋ねると、ターニアは「内緒」とだけ答えて、鉄片の魔法が解けるまで特訓につきあってくれた。


 街の小屋でレシアスに「魔法解除」の習得を認められた僕は、再び第13層への扉へと向かった。

 魔法の効果を確かめるためにレシアスが同行してくれた。

 ポーシャとハクウは勝手についてきたが、前の晩にターニアが同行を申し出てくれたのを断ったのは、そうなると思っていたからだ。

 ターニアが同行したら、この妖精たちは面白半分にディリアへ告げ口して、機嫌を損ねるに決まっている。

 代わりに、魔法の扉の前にはドワーフのドウニが皮肉たっぷりについてきた。

「楽しみだな、異世界召喚者殿の魔法がどんなものか」

 僕はターニアが手を取って教えてくれた通り、扉を指差して「魔法の言葉」で鋭く命じる。


《我が命じるままに大きく開け!》


 その結果は、ギルのときと同じだった。

 僕たちは、壁に叩きつけられた腰をさすりながら立ち上がる。

 レシアスが、残念そうに言った。

「ほぼ完璧に近い上位魔法語ハイ・エンシェントだったんですが……」

 よほどターニアへの合図をしようかと思ったが、そこでふと思い当たったことがあった。


 ……うまくいかないときって、根本的に何か勘違いしてるときが多いのに。


 改めて、魔法の扉に浮かんでいる文字の意味を思い出してみる。


  この扉を見出したる者のみ魔法の言葉にて鍵を解くべし 


 この扉を見つけ出した者だけが魔法の言葉で鍵を解け、という意味だ。

 では、魔法の言葉で鍵を解かないなら?

 僕は、その答えをぽつりとつぶやいた。

「扉の発見者でなくていい?」

 試しに、ポーシャとハクウに押させてみる。

 思ったとおりだった。

 レシアスとドウニが呆然と見守る中、扉は簡単に開いていった。

 その奥には……。

 何もなければ、誰もいない。

 真っ白な光、というか、空白の闇があるばかりだ。

 だが、ポーシャとハクウは姿を消すなり、異口同音に叫んだ。

「インビジブル・ストーカーだ!」

 姿なき追跡者。

 魔法によって召喚される、風の元素エレメンタルのひとつだ。

 姿を消せる妖精だからこそ、発見できたのだろう。

 しかし、それで何ができるわけでもない。

 開いた扉の向こうから、怒りに満ちた声が聞こえる。

「許しなく異界への扉を開きし者、帰るのを望まぬなら来るがいい」

 凄まじい風が、第12層から第13層へと吹き込んでいく。

 謎を解いたら解いたで、こういう罠が待っているわけだ。

 僕はとっさに叫んだ。

 ターニアから教わった、妖精語の合い言葉を。

 

 気が付くと、僕は豊かな柔らかい胸に顔を埋めて、しなやかな腕に抱かれていた。

 耳元で、轟々と鳴る風の音が聞こえる。

「ここは、風の元素界よ」

 そう囁くのは、エルフのターニアだ。

 僕の合い言葉が届いたのだ。

 何か答えようにも、声の出せる姿勢ではない。

 代わりに、野太い声が笑いをこらえながら答えた。

「ワシも妖精だが、ここを見るのは初めてだ」

 ドウニはドワーフだから、確かに妖精だ。

 歓声を上げながら飛び回っているのは、フェアリーのポーシャだった。

「速い! 速い凄い凄い!」

 レプラホーンのハクウは、何も言わない。

 ただ、風の上に腰を下ろしているかのように、含み笑いをしながら、悠然とあぐらをかいている。

 レシアスはというと、ただただ感動していた。

「魔力でこの世界にたどりつくには、どれほどの修業を積まねばならないことか……」

 そして、この第13層の主が姿を現す。

「ここはもともと、おぬしらのくる場所ではないぞ」

 それは、強い風になびく白い衣に身を包んだ、美しい青年だった。

 ぼそりとポーシャがツッコむ。

インビジブル不可視じゃないよ」

 それを横からハクウが小突いて黙らせた。


 おかしな言い方になるが、姿を現した「インビジブル・ストーカー」が語る経緯は、こうだった。

 不埒な闇エルフに召喚されて、住みかとなる風の元素界はこのダンジョンに限られてしまった。

 契約を果たせば解放すると言われて、仕方なく従っているらしい。

「力の及ぶ限り、この世界の者に害を為せという拘束ギアスが掛かっている」

 風の元素エレメンタルといえども、ダンジョンの外で使える力には限りがある。

 近隣の民家に押し入るくらいが関の山だったのだろう。

 だが、放っておいたら、姿が見えず、傷もつかない風の元素エレメンタルであるのをいいことに、拘束ギアスからの解放を求めて何をしでかすか分からない。

 そこで、僕は尊大な風の青年に精一杯の虚勢を張って提案した。

「その力の限りを尽くさないと、害することのできない者がいる」

 凄まじい突風と共に、白衣をまとった風の青年が尋ねた。

「そ奴らは、どこにいる?」

 僕は、いかに余裕たっぷりといった笑い方をしてみせた。

「案内するから、まずはダンジョンの外に出ようじゃないか」

 僕が「インビジブル・ストーカー」を丸め込んだことに気付いたのか、エドマは更に深い層へと逃げ込んだらしかった。

 もちろん、「闇の通い路」も開かれることはないので、僕たちは「不可視の追跡者」を案内して、ダンジョンを上っていくことになる。

 各層を守っている騎士たちは、見えない何者かと語り合う僕たちを呆然と見送るばかりだった。


 そして、数日後。

 ディリアが新しく要職に任じた廷臣や貴族たちは、その役割を粛々と果たしつつあった。

 しばらく経つと、麻雀四家の領地を見て回ってきたロレンが帰ってきて、土産話を聞かせてくれた。

 どの大貴族の城でも、姿なき侵入者が暴れ回り、当主から家臣に至るまでを震え上がらせたという。

 何でも、悔い改めなければ更なる災いがおこると辻説法をして回った乞食坊主がいたらしいが、その名前までは聞きだすことができなかった。

 いずれにせよ、これも「打草驚蛇」といえなくもない。


 ところで、ターニアから教わった合い言葉を聞いたドウニとハクウがなぜ笑ったのかは、あとでポーシャが教えてくれた。

「あれ、妖精語で、ママおっぱいちょうだいっていう意味だよ」

 その後、しばらくターニアが現れることはなかったので、僕は文句をいうタイミングをすっかり失ってしまった。

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