第12話 順手牽羊《じゅんしゅけんよう》… 統制の乱れた敵には、気づかれないうちに損害を与えていきます

 小屋での炊き出しの間、その前に居並ぶ人々に、僕はディリアの指図で朝食のスープを配る。

 その間に考えたのは、こんなことだ。


 妖精というのは、フェアリーのポーシャやレプラホーンのような、小柄で可愛らしいものに限らない。

 たとえば、ボガードのような逞しい大男も含まれている。

 ケルトの昔話では、ちゃらんぽらんな若者に集団で悪戯をしかけて困らせ、改心させたりもする。

 日本では、大晦日に人の家を訪れて、夜が明けるまで死体の番をさせたりする。

 で、正月の朝には死体が黄金の塊になっているわけだが……。

 なぜ、それが異世界で起こったんだろうか。

 僕の知っている日本の昔話どおりに。


 炊き出しが終わると、ディリアを城へと送る街の人の列は、ちょっとした行進になっていた。

 城の前にいた兵士は、これを見るとすぐに、ディリアと付き従う僕たちを招き入れた。

 街の人々はその先には入れないことになっているのか、門の手前で止まって、声援を送りながらディリアを見送る。

 それを背にしてディリアが悠々と歩んでいく先にある庭に現れたのは、フェレットの「マイオ」だった。

 その正体はもちろん、エルフのターニアだ。

 笑顔でそれを抱き上げたディリアの前には、ひとりで恭しく頭を下げるリカルドが待っていた。

「お帰りなさいませ、ディリア様」

 いつもなら、その後ろにずらりと並んでいる廷臣たちや貴族たちが、今朝はひとりもいない。

 愛想をつかされたか、とオズワルは嘲笑したが、たぶん、そうではない。

 ドウニが数珠つなぎに引きずってきた悪党どもは、リカルドがこの場から逃がした連中の指図で動いていたのだ。

 

 そんなわけで、街の悪党どもがシラを切るまでもなかった。

 リカルドは、白々しく尋ねる。

「そこにいるのは、もしやドワーフではございませんか?」

 オズワルが剣の柄に手をかけながら、声を低めて威圧する。

「どこを見ている」

 だが、リカルドはあくまでもすっとぼけた。

「エルフの次は、ドワーフを見よということではないかと存じますが」

 そう言いながら、苦笑するディリアと目を合わせる。

 確かに、自ら悪党どもを使って、街に出たディリア……じつは女装した僕を襲わせたという証拠はない。

 それでもディリアは、もっともらしい口調でリカルドに言い渡した。

「あなたの手を煩わせることもありません」

 リカルドは、ごもっともとつぶやいて、庭から城の中へと戻った。

 結局、悪党たちは騎士団が取り調べることになったが、そこで僕はディリアに目礼した。

 その意味は、察してもらえたらしい。

「手荒なことは禁じます」

 それが利いたのか、悪党たちは僕たちが遅い朝食を取る前に、あっさりと口を割ったらしい。

 ひとりが誰かの名前を口にすれば、あとは芋づる式につながりが分かる。

 だが、上がってきた名前は、リカルドの手下になった数名の廷臣たちや貴族たちのものしかなかった。


 ディリアが下した罰は、例の「ダンジョン送りの刑」だった。

 とりあえずダンジョンまで連れて行って、死んだことにしてほしい者は国外へ追い出し、命懸けで罪を償いたい者は、そのままダンジョンで腕と運を試すのだ。

 その先導をディリアに頼まれたときは、本当に16歳の少年に戻ったかのように心が躍った。

 これが、お姫様の人徳なんだろうか。

 日は高く昇っていたが、僕は明るいうちにダンジョンへ潜るため、出発の直前まで仮眠を取ることにした。

 瞼の裏に、次のステータスが浮かぶ。


〔カリヤ マコト レベル12 16歳 筋力19 知力20 器用度17 耐久度19 精神力19 魅力20〕 


 パラメータは、そうそう20を超したりしないようだ。

 ディリアの信頼が増したせいか、魅力度が割と高くなっている。

 知力と精神力が高くなったので、魔法のひとつも使いたいという気がしてきた。

 ダンジョンへ潜るときにレシアスがいたら、教えてもらえないだろうか。

 TRPGだと、魔法の伝授はギルドが管理しているので、習うときには魔術師に代金を払わなければならないことがある。

 この異世界ではどうなんだろうか。

 

 昼頃にダンジョンの入り口に立った僕は、騎士団が連れてきた受刑者たちに告げた。

「本来なら命がないところだが、恭順の意を示したのを潔しとして、罪一等を減じる。生きてリントスに戻ることはないと誓えば、騎士団が国境まで送り届ける。死を賭してディリア様にお仕えするなら、異世界召喚者たる私しか破れぬ、このダンジョンに潜るがいい」

 リカルドの悪事の下請け孫請け業者たちは、ぞろぞろと騎士団の馬の尻に付き従う。

 ダンジョンの番をするためについてきたドウニが、吐き捨てるようにつぶやいた。

「根性なしどもが」

 残ったのは、いい面構えの中年男と若者だった。

 ロズと名乗る中年のほうは、魔法でディリアに変身させられた僕に邪な欲望を向けた、あの男だ。

「腕っぷしには自信があるんでな」

 ギルと名乗る若者の方は、裏社会の悪党とはとても思えないような、華奢な優男だった。

「こっちは、人前で見せる腕じゃないがね」

 なかなか屈折していて面白い。

 なんだか、謹慎明けの不良生徒の更生を任されたときのような不安と使命感が、心の中で渾然と入り混じっていた。


 第12層に、ドウニはついてきてくれなかった。

 ディリアに仕事を任されたのは僕だというのがその理由だ。

 仕方なく、ロズとギルは、渡した棍棒が僕を背中から襲わないように前を歩かせる。

 こういう知恵は、ワルたちを相手に教員をやっていると、次々に出てくる。

 困ったのは、杖の先に光を灯せる魔術師のレシアスも、後光に包まれたロレンもいないことだ。

 とりあえず、若いギルに預けたカンテラの光しか頼るものがない。

 それなのに、ここはTRPGのお約束通り、モンスターの巣窟、トラップの見本市だったのだ。

 曲がり角や分かれ道に来るたびに、ゴブリンからオーク鬼、トロールからオーガーに至るまで、今まで出くわしたヒューマノイドが次々と現れる。

 だが、暗闇の中から現れるモンスターどもを、ロズは棍棒一本で力任せに叩き伏せていく。

「何だ、数がいるだけでたいしたことねえぞ、こいつら」

 ギルはギルで、動いたら死ぬよと言いながら、何度となくいきなり立ち止まった。

 床や壁をあちこち触るのは、トラップがあったからなのだろう。

 そのうち、ぼそりとつぶやいた。

「トーシロの仕事だね」

 たぶん、彼らの言うことは当たっている。

 なりふり構わずにトラップが配置され、モンスターも手当たり次第に放たれている感があった。

 それならば、打つ手はある。

 ちょっと眼を閉じて、三十六枚のカードを思い浮かべる。 

 その中の1枚が、くるりと回った。


 三十六計、「その十二」。

 順手牽羊じゅんしゅけんよう… 敵の統制の乱れを利用して、気づかれないうちに少しずつ損害を与えていくのだ。

 

 僕は、ギルとロズを信じることにした。

「ロズ、後ろを頼む。ギルはトラップをよく探してくれ」

 そう言ってカンテラを渡してもらおうとすると、その光のなかでロズは怪訝そうに眉をひそめ、ギルはやけに白い歯を見せて笑った。

 僕は灯を片手にロングソードを振るうことにはなったが、モンスターが現れてもエルフのアミュレットが教えてくれる弱点を突けば、闇の中へと逃げていく。

 余裕たっぷりに突き進んでいく僕たちがたどり着いた先にあったのは、第7層にあったのと同じような、見るからに禍々しい形をした鉄扉だった。

 ギルはあちこち調べたが、首を横に振った。

「ここから先は、魔法使いの仕事だ」

 レシアスに「魔法解除ディスペル」をかけてもらうしかない。

 どうやら、この層は探索者を下の階に行かせないためだけに作られたもののようだった。

 ここまで来る者は相当、警戒されているということだから、次はよほどの覚悟と準備が必要になるだろう。

 そう思ったとき、ドウニがやってきて豪快に笑った。

「やるもんだな、悪党ども」

 ロズとギルは、照れ臭そうに苦笑いする。

 それは、ディリアと僕に心強い味方が増えたことを意味していた。

 

 だが、ドウニは更生した悪党たちを褒めるために下りてきたのではなかった。

「城から、暗殺者のアンガが悪い知らせを持ってきた」

 今度は、リカルドが自分で悪党どもを集めはじめたらしいというのだ。

 それが分かったのは、騎士団が追放された廷臣や貴族たちの残党を探しているからだ。

 アンガも、レシアスやロレンと連絡を取り合って、街のあちこちで情報を集めていたのだった。

 だが、確証はまだない。

 もっとも、暗殺者には暗殺者の、魔法使いには魔法使いのギルドがあり、僧侶には心を開いて秘密を打ち明ける者がいる。

 そこで分かったのは、リカルドの手口だ。

 ディリア誘拐にしくじりはしたものの、何らかの働きがあった者は手厚く迎える。

 一方でヘマをやらかした者は、迎えた悪党を使って始末させるのだ。

 しかも、手下にした連中は、誰が自分の仲間なのかを知らされていない。

 僕は、ある種の敬意を込めてつぶやかないではいられなかった。

「リカルドのやることだ。手下たちのようなヘマはないだろう」

 だが、反撃の方法はあった。

 

 蛇の道は蛇。

 暗殺者や魔法使いのギルドがあるなら、悪党ローグたちにもギルドはある。

 僕はロズやギルに頼んで、街の中にある悪党たちのギルドに潜り込んでもらうことにした。

 リカルドの新たな配下がお互いの存在を知らないということは、ロズやギルが僕たちの側に付いたことも知られていないということだからだ。

 ギルドはその業界の利益を独占するためにあるものだが、相互扶助や情報共有の機能も果たしている。

 僕が何をしようとしているかは、あまり賢そうではないロズにもすぐに呑み込んでもらえた。

「つまり、リカルドの手下が誰かってことだけを流せばいいんだな」

 それを聞いて頷いたギルは、頭の回転が速そうだった。

「リカルドの声が掛かった連中は、自分の仲間が誰かって噂を聞くことになるわけだね」

 もちろん、その真偽を確かめる術はない。


 その効果は、騎士団が悪党のひとりに疑いをかけたときに、てきめんに表れた。

 もちろん、拷問を加えないよう、騎士団長のオズワルにはディリアから厳しくクギを刺してある。

 それでも、捕まった悪党は噂として流れている悪党の名前を口にした。

 噂が事実にせよ、そうでないにせよ、本当に声をかけられた者は慌てふためいて、夜闇に紛れて逃げ出そうとする。

 その動きを、ギルは見逃さなかった。

「魔法使いから習った魔法を、モグリの暗殺のためにタダで教えてるのがバレたらしいぜ、そいつ」

 悪党のギルドで流れる噂はSNS並みに速い。

 その噂は魔法使いのギルドに、暗殺者ギルドにも流れる。

 こうして、リカルドの手下たちへの包囲網は一気に狭まった。

 あとは、騎士団が捕り物に馬を走らせるだけだった。

 おかしな表現になるが、無実の悪党の名誉は、ロレンの伝道によって回復された。

「たとえ日頃から悪事を働く者でも、罪なくして責められれば哀れな子羊なのです」

 わけのわからない説教ではあったが、街の善良な人々は納得した。

 更に、無実の罪の疑いをかけられた悪党は、騎士団の取り調べがいかに紳士的だったかを吹聴する。

「いや、立派な旦那様たちだ、これもディリア様の御威光だな」

 リカルドの秘密工作にもかかわらず、あっさりと最初に捕まったこの悪党の名は、ロズという。


 これも、ひとつの「順手牽羊」だ。 

 芋づる式の検挙を恐れて、手下たちのお互いの存在を知らせなかったリカルドの策が完全に裏目に出たのだ。

 だが、騎士団による大捕り物が繰り広げられた夜が明けた、次の朝のことだった。

 悪党たちに再び「ダンジョン送り」の温情をかけるつもりだったディリアは愕然とすることになる。

「逃げられたというのですか? この国から」

 朝礼の大広間で、オズワルは申し訳なさそうにひざまずいた。

「悪党どもの中にも、真面目なものがおりますようで」

 わけのわからない物言いではあったが、言いたいことは分かった。

 リカルドの策が破れたのを知った悪党が、逃げる仲間の手引きをしたのだ。

 その段取りを手際よく整えたのは、側近のカストだろう。

 話を聞いていたレプラホーンのハクウは、骨折り損かと苦笑して、フェアリーのポーシャに空中で小突かれた。

 だが、僕はそれほど落胆はしていなかった。

「お触れを出しましょう、実害はなかったのだから問われる罪もないと」

 学校のワルどもと同じだ。

 ラーメン1杯おごるだけで、卒業まで恩を忘れないヤツだっている。

 街の悪党どもは、温情をかけてくれる者に逆らうことだけはなくなるはずだ。


 そこで、いつのまにか部屋の隅に控えていた暗殺者のアンガが報告する。

「自分の判断で国外逃亡の手引きをした数名の悪党は、侮れない者ばかりです。しかし、お互いの連絡が取れないので、腹の探り合いが続いております」

 ディリアの味方は増え、リカルドの手下は減ったうえにまとまらない。

 フェレットの「マイオ」が、ディリアの腕に抱かれたまま、長くてふわふわした尻尾を振った。

 このもふもふした生き物と心を通わせているエルフのターニアが、どこかで認めてくれたのだろう。 

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