第14話 借屍還魂《しゃくしかんごん》…… 死者や他人の大義名分にかこつけて、やりたいことを正当化します

 まどろみの中でのレベルアップは、托鉢の旅から帰った僧侶ロレンの報告を聞いた夜のことだった。


〔カリヤ マコト レベル14 16歳 筋力22 知力20 器用度20 耐久度22 精神力22 魅力27〕 


 ダンジョン第13層で会ったインビジブル・ストーカーを説得したからだろうか、魅力が、レベルの半分だけ上がっていた。


 大貴族がディリア即位への妨害工作をやめたせいか、それを陰で操っていた宰相リカルドも、表立った動きを見せることはなくなっていた。

 だが、やはり正式に即位させるつもりはないらしい。

 それは、ディリアが城の大広間に廷臣や貴族たちを集めて開く朝礼の様子で分かった。

 ある日を境に、ディリアが話している間にも、ひそひそ言う声が絶えなくなったのだ。

 大広間が僕たちだけになると、さっそく現状分析が始まる。

 ずっと抑えていた怒りをようやくの収めたオズワルは、しきりに不思議がる。

「東西南北の大貴族ども、鳴りをひそめたのに……なぜ?」

 その答えは、いつもの通り、いつの間にかそこにいた暗殺者アンガが教えてくれた。

「大貴族たちがディリア様の王位継承権を疑ったという噂が、城内に流れております」

 なにしろ、王位が絶えそうになったら口を挟むことができるのが、東南西北とんなんしゃあぺいの「麻雀四家」なのだ。

 おおかた、噂を流したのは宰相の側近、クソ美形のカストだろう。

 何日か経つと、廊下ですれ違った気の小さそうな廷臣が、囁き声で僕に尋ねてくるようになった。

「本当に、ディリア様は女王になれるんですか?」

 すれ違いざまに、答えてやる。

「まだ17だろ、先は長い」

 怪訝そうな顔をされたのは、僕は30代でも異世界での見掛けが年下の男の子だからだ。


 面倒なのは、ディリアだった。

 またある日の朝礼の後、とんでもないことを言い出したのだ。

「街へ出ます。供をなさい」

 この前のように、お忍びで街へ出るということだ。

 オズワルは真顔で止めたが、ディリアは開き直った。

「供をしないなら、また私ひとりで城を抜け出すまでです」 

 やるといったら独断でとことんやるお姫様なので、止めるだけムダだ。

 だが、オズワルはディリアの前にひざまずくと、背中を震わせながら諫めた。

「どうかお立場を弁えて……」

 すると、ディリアは寂しげに笑いながら揚げ足を取った。

「じゃあ、私が普通の女の子だったら? 然るべき相手と結婚しないと王位が継げないお姫様じゃなかったら? 心配じゃないんですか?」

 オズワルは、それ以上は何も言わない。

 ディリアも口が過ぎたと思ったのか、そっぽを向いて黙り込んでしまった。

 雰囲気の耐え難い重さに、アンガも出てこようとしない。

 仕方なく、僕は手を挙げた。

「やりますけど、条件があります」


 次の日の朝礼を終えた僕とディリアは、まだ空気の冷たい街の、市場の雑踏の中にいた。

「ちょっと、寒いですね」

 いかにも庶民といった木綿の薄い服を着たディリアは、いきなり腕を組んできた。

「え……ちょっと」

 30代の男性教員に17歳の娘が、と思ったが、異世界での僕は16歳だ。

 慌てて辺りを見渡したのは、一応、僕は丸腰の護衛だからだ。

 騎士団長のオズワルは目立つので城に残り、代わりに暗殺者のアンガと悪党のロズ、盗賊のギルを街中に潜伏させてあった。

 どこかで、ターニアが見ているのではないかとも思ったが、あてにはできない。

 ダンジョンで、恥ずかしい妖精語を叫ばされたばかりだ。

 下手に助けてもらうと、また、どんなふうにおちょくられるか分かったものではなかった。

 そんな僕の気持ちなど知りもしないディリアは、僕の耳元で囁く。

「こうすると、恋人同士みたいですね」

 そう言うなり、僕に財布を預けて、酒場に入っていく。

 ここは大人として教員として、そして護衛として、大真面目にクギを刺しておかなければならない。

「お酒はダメですよ」

 だが、いずれにせよ、店に長居はできなかった。

 朝から飲んでいた酔っ払いが、ディリアに絡んできたのだ。

「お姉ちゃん、こんなところに子供を連れて来ちゃいけないなあ」

 その男に別の酔っ払いが、月並みな啖呵を切って喧嘩を売ってこなかったら、ターニアのアミュレットの力を借りて、僕が拳ひとつで相手をしなければならないところだった。

「オメエの顔が気に食わねえ、表に出ろや」

 店の入り口で始まった殴り合いの喧嘩を尻目に店から逃げ出したが、ちらりと振り向いてみると、その一方は悪党のロズだった。

 

 そんなことは、街のあちこちで起こった。

 道端に座った老人の露店で可愛らしいアクセサリーを見つけたディリアは、自分の財布で僕に買わせようとする。

 だが、懐から消えて僕を慌てさせた財布は、まるで手品のようにディリアの懐に戻っていた。

 ギルの仕業だ。

 たぶん、僕の懐から財布を抜き取ったスリから、スリで取り返ピックポケットしたのだろう

「買ってもらうのが夢でしたのに」

 そう不満を漏らすディリアから代金を受け取った老人が、微かな声で尋ねた。

「姫君が、お忍びでしょうか?」

 僕たちが思わず身構えると、老人は囁き声で名乗る。

「先代の王にお仕えしておりました廷臣でございます。幼かった姫様は覚えてはいらっしゃいますまいが……必ずご即位なさると信じております」

 街の中でも、王位継承権についての疑いは噂となって広まっているらしい。

 ディリアもそれに気付いたのか、老人の話が終わる前に、その場から駆け出した。

 街の路地に飛び込んだ背中に追いつくと、うつむいて肩を震わせていた。

「民にも……そんな目で見られているんなら……私」

 拗ねているわけではないのは、本当に悔しそうな声を聞けば分かる。

 だから、僕は思ったことを正直に言った。

「自分で決めればいいんです。でも、後始末は自分でしてください。それでも足りなかったら、手を貸します」

 振り向いたディリアは、笑顔で答えた。

「……冷たいんですね」

 見れば分かる。自分の運命と闘うつもりなのだ、このお姫様は。

 その目から、一筋の涙がこぼれる。

 華奢な身体がしがみついてくるのを、僕が思わず抱きしめそうになった、そのときだった。

 ディリアの後ろから狼藉を働こうとしていたらしい、ガラの悪そうな少年たちが何人か、続けざまに倒れた。

 そこへひらりと舞い降りてきたのは、暗殺者のアンガだ。 

 抑揚のない早口で、用件だけを告げる。

「言いたいことはいくつもございますが……急いで城にお戻りください」


 城で聞かされたアンガの話は、緊急性の高い順に言うと、こういうことだった。

 まず、ダンジョンを見張る騎士団が、第14層から上がってくるアンデッドがいると報告してきた。

 これについては、第5層で手に入れたエルフの銀エルヴン・シルバーの武器とドワーフの鉄ドワーヴズ・アイアンの防具で騎士たちが武装する。

 出発するときに、庭で整列した騎士たちと同じ武装を求めると、ディリアは王家の者しか持ちだせないはずの「破邪の剣」を僕に預けてくれた。

「これをなくしたり、奪われたりすれば、私も終わりです」

 必ず生きて帰ってこいと言っているのだ。 

 今朝の件では、僕が役に立たなかったとアンガに言われてしまったので、それなりの結果を見せてやりたかった。

 さらにアンガは、あの露天商の老人からディリアが聞き落としたことを告げた。

 

  先代の王の教育係を務め、人生の師でもあった魔法使いが、死んだ後に蘇ってダンジョンに消えたと聞いたことがある……。


 これだ、と思った。

 頭の中にイメージされた三十六枚のカードのうち、1枚がくるりと回る。


 三十六計、「その十四」だ。

 借屍還魂しゃくしかんごん…… 死者や他人の大義名分にかこつけて、やりたいことを正当化する。


 僕は、とっさに閃いた策をアンガに告げると、騎士団と共にダンジョンへと向かった。

 アンガの仕事は早い。

 ダンジョンでは、連絡を受けた僧侶のロレンと魔法使いのレシアスが、アンデッドを避けて退却してきたドワーフのドウニと共に待っていた。

 第1層まであふれてきていたゴーストやスケルトン、ゾンビやグールを、騎士たちの振るうエルヴン・シルバーの剣と、ドウニに預けたドワーヴス・アイアンの斧が切り裂いていく。

 それぞれの層を次々に制圧しては騎士たちに任せ、第12層をドウニに預けて、その奥にある魔法の扉を開けると、第13層にはもう「風の元素界」はなかった。

 麻雀四家も含めて「この世界の者」を「力の及ぶ限り傷つけた」ので、闇エルフのエドマとの契約が終わったのだろう。

 何もないがらんどうの空間には、黄色い燐光に包まれた、無数の人影があった。

 レシアスがつぶやく。

幽鬼に取りつかれた死体ワイトだ……」

 ゆらゆらと歩み寄ってはくるが、相手がアンデッドなら遠慮はいらない。

 僕は破邪の剣を振るって、一撃のもとに斬り伏せる。

 オズワルがエルヴン・シルバーの剣を振るえば、ワイトは2体ずつ吹き飛んでいく。

 それでも、多勢に無勢だった。

 指先ひとつでも身体に触れられようものなら、生命力を吸い取られ、下手をすればワイトの仲間にされてしまう。

 そこで、ロレンの高らかな祈りの声が聞こえた。

「神よ、去らしめたまえ! 迷える魂と眠れぬ亡骸を!」

 黄色い光が消え去り、死骸が砕け散る。

 かなり高レベルのターン・アンデッド生ける屍の退散だ。

 だが、ロレンもその場に膝を突いて言った。

「先へ進んでください……もう少し、この者たちのために祈ってやりたいのです」

 

 がらんどうの奥にある壁には、魔法で閉じられた扉があった。

 杖の放つ光でそれを照らしたレシアスは、にやりと笑ったが、それはワイトよりも不気味に見えた。

 ロレンも同じことを感じたらしく、たしなめるようにつぶやいた。

「あまり力に溺れるものではありませんよ」

 だが、レシアスは聞きもしない。

「風の元素界との境界になっていた扉だ……こいつにかかってる魔法は相当なもんだぞ」

 独り言の後に高らかに呪文を詠唱すると、余裕たっぷりに杖で扉を叩く。

 扉が大きく開くと、その向こうの洞窟に、レシアスは先頭を切って足を踏み入れた。

 オズワルと共についていくと、行く手をとざす暗闇の中から、微かな歌声が聞こえてくる。


  来るでない

  来るでない

  勝つこと能わず

  敗れるのみ

  己を知り

  我を知るな


 僕もオズワルも聞いているだけで力が抜けてくる歌声は、レシアスの杖のひと振りでかき消される。

「これしきの呪い歌、消音呪文ミュートで事足りる」

 自信たっぷりにつぶやくレシアスは、何かにとり憑かれたように恐ろしかった。

 

 やがてたどりついた洞窟の果てには、壁にはめ込まれた、無数の髑髏が見えた。

 城の大広間くらいある洞窟の奥には、座った巨大な骸骨をかたどった、背もたれの高い椅子がある。

 そこに腰かけていたのは、黄色い光に包まれた老人だった。

「ここに人が来たのはどのくらい前だったか……まあいい」

 こんなにきっちり喋れるワイトだとすると、とり憑いているのはただものではない。

 実際、呪文の詠唱と共に、髑髏の椅子の周りを燐光を放つ無数の矢が回りだした。

 魔法の矢マジックミサイルだ。

 やがて四方八方から飛んできたのを、レシアスの障壁魔法バリアが中和して相殺する。

 ワイトは苦笑した。

「なかなかやるな」

 レシアスは答えもせずに、呻くような声で呪文を唱える。

 突き出した杖の先からは、青い稲妻ライトニング・ボルトがほとばしった。

 だが、それは見えない壁で跳ねかえされて、僕に向かって飛んできた。

 オズワルが叫ぶ。

「どけ!」 

 つきとばした僕をかばって、稲妻の前へ仁王立ちで身体を晒す。

 だが、稲妻はオズワルに命中する前に四方八方へ飛び散って消滅した。

 ワイトが、低く笑いながら言った。

「言っておくが、お前たちにワシは倒せん」

 レシアスはもう、何も言わなかった。ワイトの声は、さらに続ける。

「ただ、そこにある破邪の剣に免じて、ひとつだけ持ち主の問いに答えてやろう」

 いきなりそんなことを言われても、考えがまとまらない。

 レシアスは、すぐさま僕に囁いた。

「このダンジョンを、どう突破したらいいか聞け」

 オズワルも同調した。

「そうだ。そうすれば、モンスターの危機はなくなる」

 リントス王国に住む多くの民のことを考えれば、それが正しい。

 だが、僕の聞きたいことはもう決まっていた。

 王家の者しか持ち出せない、破邪の剣に免じて答えるというのだ。

 聞くことは、ひとつしかない。

「あなたは、何のためにダンジョンに来たのですか?」

 ワイトは、悔しそうに鼻で笑った。

「ずるいことを聞きおる。ワシとコイツの両方のことを答えねばならんではないか」


 次の朝、廷臣や貴族たちが去った城の大広間で、傍にオズワルを控えさせたディリアは僕に尋ねた。

「父上の古い友人に取りついていた、大昔の魔法使いは何と答えたのですか?」

 それが、あのワイトの正体だった。

 名前も残っていないくらい大昔の魔法使いが生きていた頃から、あのダンジョンはあったのだという。

 その奥底を究めたいと願いながら果たせず死んだ魔法使いは、同じくらいの力を持つ魔法使いの身体を探していた。

 先王の師匠だった魔法使いが老衰で息を引き取ったので、その身体を借りてダンジョンに潜ったのだという。

 だが、老人の身体も古くなったので、たとえ魔力は劣っても、第14層に来られるくらいの力を持った若い身体の持ち主が来るのを待っていたのだ。

「では、他の問いだったら……」

 オズワルは、呻きながらつぶやいた。

 生きて帰れた僕は、余裕たっぷりに答えてみせる。

「身体を乗っ取られていたことでしょう」

 そこで見せたのは、古い指輪だった。

「大昔の魔法使いが託してくれた、先王の師匠のものです」

 死ぬときまで、肌身離さず持っていたものらしい。

 そして、この指輪を持ってダンジョンに消えるというのが、とり憑いた者だけが分かる、この師匠の意思だったというのだ。

 では、なぜ、そんなことをしなくてはならなかったのか。

 それを言おうとしたところで、やはり、いつの間にかそこにいたアンガが、察した答えを先に口にしてしまった。

「先王の遺言状を探し出す手がかり……」 

 これこそが、僕の策だった。

 ディリアの王位継承を正当化する遺言状が、どこかにある。

 そう吹聴しておけば、リカルドを倒すまでの時間が稼げる。

 いや、もしかすると、その類のものが本当にあるかもしれないと思ったのだ。

 その読みは当たり、しかも、この指輪を手に入れられる者でなければ見つけ出せないという条件までついているのだった。

 オズワルが、感涙にむせびながらつぶやいた。

「やはり、手を打っていらっしゃったのだ、先の王は……」


 さて、アンガとオズワルが退出した後、ディリアは僕に尋ねた。

「もし、本当に私が普通の女の子になってしまったら……どうします?」

 答えるのは、それほど難しいことではなかった。

「そのときは、小さな家でも借りて暮らしましょう……お供します」

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