第6話 「声東撃西《せいとうげきせい》」 …… 陽動で敵を翻弄して、守りを崩して攻めたてます
やがてダンジョンの第5層へ、オズワルが二日酔いの頭を抱えながら、部下の騎士と共にやってきた。
何が何だか分からないという顔で、アンガの仕事の首尾を告げる。
「リカルドめ……罠にはめる相手を、名簿にまとめておったのよ」
ディリアの前で酔いつぶれたオズワルは、いつ、どうやって自室に帰ったのか覚えていなかったらしい。
気が付いたときにはベッドに横たわったまま、アンガに名簿を渡されていたという。
そこには、リカルドの筆跡で記された、ディリアに味方する廷臣や貴族の名前が並んでいたのだった。
さらに、そのひとりひとりについて、ただの脅迫から失脚、追放、暗殺まで、どう扱うかが詳細に述べられていた。
頭に血が上ったオズワルは、一気に酔いが醒めた。
夜中にも関わらずリカルドのもとに向かうと、側近のカストと共に政務を執っている最中だった。
オズワルは早速、名簿をリカルドにつきつけて、これが動かぬ証拠だと詰問した。
ところがカストは、それを見るなり、あっさりと答えた。
「私にも憎い者はおりますので」
そう言うなりオズワルに見せたのは、リカルドとそっくりの筆跡で書かれた書類だった。
これでは、騎士団長が飲酒の上、曖昧な証拠で宰相に言いがかりをつけたことになる。
お互い、このことはご内密に、とカストに囁かれて、オズワルは引き下がるしかなかったという。
ひと晩じゅう戦った僕は、早朝になって次々にやってきた騎士団と入れ替わりに城へ戻った。
部屋に戻ってベッドに横たわると、夢も見ないで意識だけが遠のいていく。
ただ、瞼の裏には新しいステータスが浮かんでいた。
〔カリヤ マコト レベル6 16歳 筋力 15 知力16 器用度12 耐久度11 精神力10 魅力13〕
ゴーレムとの戦闘によるものか、筋力と耐久度が3ずつ上がっていた。
レベルの半分の数値が加わったのだろう。
目が覚めると、日が昇ったところだった。
たいして寝ていないのかと思ったところで、ディリアからの使いが僕を呼びに来た。
昨日も呼びに来たが、返事がなかったのはなぜかと聞く。
そこで初めて、まる一日の間、眠っていたことを知った。
大広間での朝礼の後、またひとりで居残った僕の前で、ディリアは爽やかに笑った。
「心配したのですよ。ダンジョンから帰ったのは知っていましたから、ゆうべオズワルから事情を聞かなかったら、しびれを切らして部屋の扉を叩き壊していたところでした」
そのオズワルは一日がかりで、ダンジョンからエルフとドワーフの手による武器や防具を、こっそりと城内に運び込んだのだという。
「少しずつ運ばないとリカルドに知られると言っていましたが、ずいぶんな量だったのですね」
そこまで詳しく確かめはしなかったので、何とも答えられなかった。
ディリアはそこで、真面目な顔になる。
「オズワルが見せてくれた武器も鎧も、この世のものとは思えない出来栄えでした。この王国にエルフやドワーフがいることは、実際に会ったという者が何十人もいるので、間違いないとは思っていました。しかし、妖精までが現れるとなると……この国だけの問題ではなくなるのです」
ロレンも、世界が危機に陥っていることの証だと言っていた。
異世界に召喚されただけでも大事なのに、それに輪をかけた事態になっている。
「どうなさるおつもりですか?」
尋ねてみると、ディリアは冷静に答えた。
「王位を正式に継承していないところで公表すれば、他国との交渉はリカルドに全て握られてしまいます。確かに、世界の問題を抱え込むのはいけないことです。それは分かっていますが、たとえ他国に異変が起こっているとしても、リントス王国で収められることなら、それで済ませたいと思います」
正しくはないが、妥当な判断だった。
今の僕たちにとっては、ディリアの安全が最優先だ。
そこで、大広間の扉を叩く者があった。
今までのやりとりを全て聞いていたかのような、絶妙の間だ。
実際に聞いていないと、これはできない。
それでも、ディリアは厳しい口調で告げた。
「下がりなさい」
だが、それは既に合い言葉のようなものだった。
勝手に入ってきたのは、廷臣の姿をしたアンガだった。
「とりあえず、カリヤ殿がダンジョンで琥珀の山を手に入れたという情報だけは流してあります」
それではまるで、僕が私利私欲のためにダンジョンへ潜っているように聞こえる。
「ちょっと」
口を挟む僕を、ディリアが遮った。
「ここは、噂の種になってください。ダンジョンで見つかった、本当に貴重なものを隠すために」
それが仕方のないことだが、無断で悪者にされては、腹の虫がおさまらない。
ひと言ぐらい、文句を言ってもバチは当たるまい。
「名簿はオズワルに見せないほうがよかったんじゃないかな」
アンガらしからぬ落度をあげつらってみせる。
だが、声に抑揚のない返事は、まことにもっともなものだった。
「いかにごまかそうと、人目に触れてしまった策略を、リカルドが実行することはあるまい」
見事なものだった。
僕の頭の中で、カードのイメージが1枚、くるりと回る。
これも「三十六計」のうちのひとつなのだ。
その六、「
…… 陽動によって敵の動きを翻弄し、防備を崩してから攻める。
本来なら、アンガが手に入れたリカルド直筆の名簿は、最後の切り札として隠しておくべきものだ。
単純で交渉下手なオズワルなどに渡したら、手の内を晒すだけで終わる。
だが、そんなことはアンガも先刻承知の上だった。
本当の狙いは、リカルドの動きを封じることだったのだ。
それでも、気になったことがある。
リカルドの名簿に載っていたのが、ディリアの味方の全てではないということだ。
ちょっとでも共感や好意を示そうものなら、目をつけられる恐れがある。
それについても、アンガは密偵として、暗殺者として、自分にできることを考えていた。
「そんな名簿があるらしいという噂は流しておく」
メリットも、デメリットも考えられる策だった。
味方になってくれそうな廷臣や貴族たちは身の安全を守ろうとするだろうが、それが高じて、ディリアから距離を置こうとするかもしれない。
僕がそれを指摘すると、アンガは平然と言い切った。
「身の安全が守られていると分からせればいい」
そこには、いかなる暗殺者も止めてみせるという自信が表れていた。
ところが、災難はべつのところからやってきた。
騎士団がダンジョンから城へ運び込んだ、エルフやドワーフの武器防具がリカルドの知るところとなったのだ。
次の日の朝、僕がオズワルに起こされて、ディリアがディリアが廷臣たちから朝の挨拶を受ける大広間に並んだときのことだ。
リカルドの腹心である、側近のカストが乗り込んできたのだった。
「ディリア殿下にオズワル殿、あのダンジョンは、あなた方の所有物ではありません。手に入れたものを、我々の探索に使わせていただきます」
整った顔だちで、眉ひとつ動かさずに言い放つ姿は、なかなかに凄みがあった。
リカルドが自分で出てこないのも、無理はない。
アンガの流した噂が広まっているのは、先刻承知だったろう。
ブラックリストに載せた相手が集まる大広間にのこのこ現れて、わざわざ敵愾心をあおることもない。
万能の腹心を使って、ディリアとオズワルの面子を潰せば十分なのだ。
しかし、ディリアも負けてはいない。
「臣下の勇気ある進言、聞かぬことなどありませんが、宰相からの非難であれば、自ら参れとお伝えなさい」
これにはカストも沈黙せざるを得ないようだった。
そこで口を開いたのは、意外にもオズワルだった。
「もっともな話だ。よかろう、明け渡す」
そう言うなり、ずかずかと大広間を出ていく。
僕が慌てて追いすがると、オズワルは目を振り向きもしないで囁いた。
「黙って見ておれ。また知恵を借りるときもあろう」
そのときは、すぐにやってきた。
日が暮れる頃になって、オズワルが僕の部屋を訪ねてきたのだ。
「来るがいい。我の狙ったとおりだ」
夕陽を背に浴びて、騎士団はダンジョンへと走る。
オズワルの駆る馬の背から下りた僕を迎えたのはロレンだった。
「レシアスは、声をかけてくれたアンガの手伝いで城へ向かいました。今日だけは、死んだ者が現れても、誰も不思議がりませんので」
そう言って見渡した辺りには、様々な武器や防具に身を固めた、モンスターのように粗野な感じのする連中が転がっていた。
どう見ても、正規の兵士には見えない。
オズワルが、吐き捨てるように言った。
「リカルドの私兵どもだ」
危険な場所に正規の兵を使いたくなかったのだろうが、その読みだけは正しかった。
負傷しているだけでなく、放心状態になってうわごとを言っている者もいる。
まるで、幽霊でも見たような顔つきだった。
そこで、僕はロレンに尋ねてみた。
「もしかして……
よくご存じですね、という返事に、TRPGで学んだと答えるわけにもいかない。
黙っている僕に、ロレンは賢者にでも出会ったような目を向けた。
だが、おかしなことがある。
騎士団から押収した、エルフやドワーフの武器防具はどうしたのだろうか。
エルヴン・シルバーなら、アンデッドにも有効なはずだ。
その不審げな様子が見て取れたのか、オズワルは愉快そうに笑った。
「あいつらの付けているのが、あの武器防具だ」
なんのことはない。
僕が眠っている間に城へと運び込まれたのは、ダンジョンにあった木の扉の向こうに放り込まれた、モンスターの武器や防具のほうだったのだ。
オズワルは、わざとらしくため息をついてみせる。
「騎士団総出で磨き上げたのだ、こんなこともあろうかと」
そう言って僕に見せたのは、あの鉄扉の鍵だった。
つまり、エルヴン・シルバーはもとの第5層にあるということだ。
ダンジョンに潜ると、いきなり目の前に現れたのは、ふわふわ浮かぶ白い
TRPGではお馴染みでも、結構、気味が悪い。
こんなときに頼れるのは、僧侶の祈りだ。
ロレンの頭の後ろから差す
面倒なのは、その下の層だった。
ちょっと音を立てるだけで、殺されたリカルドの私兵どもはゾンビになって襲ってくるし、それを倒せば、
面倒臭いのが、第5層を埋め尽くした
肩甲骨を斧代わりにした片腕の骸骨は、僕たちの振るう剣が切り裂く肉がない分、ダメージが与えにくい。
いくらロレンが
仕方がない。
ここでも、「声東撃西」の出番だ。
僕は、わざと大声を出してダンジョンを走りだした。
「こっちだ、骸骨ども!」
スケルトンどもが、わらわらと追いかけてくる。
全く、とんだハロウィンだ。
体力のないところでいい加減、息が切れかかってきた頃だった。
エルヴン・シルバーの武器を手にした騎士団が、スケルトンの群れを背後から蹴散らす。
なぜ、ダンジョンがアンデッドであふれ返ったかは、第6層に下りてみて分かった。
そこは、
僕たちが足を踏み入れた途端、カンテラの光の中に浮かび上がったものがある。
それは、ゾンビ映画さながらに視界を埋め尽くすアンデッドの群れだった。
最期の力を振り絞ったロレンが、
もちろん、うろたえるアンデッドの群れは、エルヴン・シルバーの武器の敵ではなかった。
ただの剣しか持っていない僕は、見ていることしかできなかった。
見張りの騎士を第6層に残して、僕たちは地上に戻ってきた。
まだ、夜は明けていない。
ゆっくりと帰って眠る時間はあるかと思ったが、なんだか胸騒ぎがしてならなかった。
もうひとつ、罠が仕掛けられているような気がする。
「……まさか!」
いくらなんでも、リカルドやカストが、モンスターたちの粗悪な武器防具をエルフやドワーフのものと見間違えるわけがない。
オズワルは騎士団と共にダンジョンへ潜り、アンガとレシアスはディリアの味方をする廷臣や貴族たちを守るのに大わらわだ。
これも、やっぱり「声東撃西」だ。
「ディリアが危ない!」
僕はオズワルを促して、城へと馬を走らようとした。
だが、団長をはじめとして、騎士団は残らず立ち上がることもできなかった。
ロレンが、息苦しそうにつぶやく。
「最後の戦いで、アンデッドの毒気にあてられたのです。私なら回復させられますが、夜明けまでかかります。そのかわり……」
ふらふらと騎士団長の馬に歩み寄ると、その耳に何か囁く。
馬はいなないて、僕に歩み寄った。
ロレンは僕に告げる。
「城まで走ってくれます。お急ぎを」
馬の背にしがみついた僕に、かすれ声でオズワルが教えてくれた。
「ディリア様のお部屋は……」
思ったとおりだった。
城に着いた僕がオズワルに教わった通りに駆け込んだ部屋には、燭台の光の中に、ふたつの人影があった。
薄いネグリジェをまとったディリアと、短剣を手に迫る、覆面の暗殺者。
「それ以上、ディリアに近寄るな」
僕の腕でどれだけ実戦に堪えるか分からないロングソードで、暗殺者に向かって斬りかかる。
軽くかわされたが、僕の未熟さが幸いした。
それた剣先が、かえって暗殺者の身体をかすめたのだ。
切り裂かれた服の隙間から、大きくはないが確かにある乳房が覗く。
「……女?」
僕が驚きの声を漏らしたときにはもう、暗殺者の姿はなかった。
ただ、ディリアが泣きながら、僕の胸にすがりついているばかりだった。
もうひとつ、罠が仕掛けられているような気がする。
「……まさか!」
いくらなんでも、リカルドやカストが、モンスターたちの粗悪な武器防具をエルフやドワーフのものと見間違えるわけがない。
オズワルは騎士団と共にダンジョンへ潜り、アンガとレシアスはディリアの味方をする廷臣や貴族たちを守るのに大わらわだ。
これも、やっぱり「声東撃西」だ。
「ディリアが危ない!」
僕はオズワルを促して、城へと馬を走らようとした。
だが、団長をはじめとして、騎士団は残らず立ち上がることもできなかった。
ロレンが、息苦しそうにつぶやく。
「最後の戦いで、アンデッドの毒気にあてられたのです。私なら回復させられますが、夜明けまでかかります。そのかわり……」
ふらふらと騎士団長の馬に歩み寄ると、その耳に何か囁く。
馬はいなないて、僕に歩み寄った。
ロレンは僕に告げる。
「城まで走ってくれます。お急ぎを」
馬の背にしがみついた僕に、かすれ声でオズワルが教えてくれた。
「ディリア様のお部屋は……」
思ったとおりだった。
城に着いた僕がオズワルに教わった通りに駆け込んだ部屋には、燭台の光の中に、ふたつの人影があった。
薄いネグリジェをまとったディリアと、短剣を手に迫る、覆面の暗殺者。
「それ以上、ディリアに近寄るな」
僕の腕でどれだけ実戦に耐えるか分からないロングソードで、暗殺者に向かって斬りかかる。
軽くかわされたが、僕の未熟さが幸いした。
それた剣先が、かえって暗殺者の身体をかすめたのだ。
切り裂かれた服の隙間から、大きくはないが確かにある乳房が覗く。
「……女?」
僕が驚きの声を漏らしたときにはもう、暗殺者の姿はなかった。
ただ、ディリアが泣きながら、僕の胸にすがりついているばかりだった。
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