第5話 「趁火打劫《ちんかだこう》」 ……敵の混乱につけこんで火事場泥棒を働きます 

 もっとも、ひと晩じゅう戦っていたのは僕とオズワル、そして魔法使いのレシアスに僧侶のロレン、彼等を呼びに走ったり、騎士団に空耳を聞かせたり、ダンジョンの中で爆発音を響かせたりしていた暗殺者のアンガだけだった。

 さっさとモンスターを片づけた騎士たちは分散して野宿した後、いかにも疲れたような顔で朝から訓練に励んでいたのだった。

 騎士団が一晩中、ダンジョンで苦戦していたという噂は、アンガがすでに城中はおろか街中まで、レシアスやロレンにも手伝わせて流していた。

 昼まで寝ていた僕は、馬場で宰相の使者がコロッと騙されたのを確かめると、また次の朝まで、泥のように眠ったのだった。


 馬上槍試合の朝、うっすら開いた瞼の上には、こんなステータスが浮かんでいた。

 

  〔カリヤ マコト レベル5 16歳 筋力12 知力16 器用度12 耐久度8 精神力10 魅力13〕


 器用度が上がっていた。オズワルにロングソードの使い方を習ったり、リカルドが仕掛けた罠を見抜いて、同じ策略を仕掛けてやったからだろうか。

 前回はレベル4で筋力が4上がっていたのに、今回はそれが2にとどまっている。

 器用度や知力は、レベルの半分を端数切り捨てにした数だけ加算されるのだろう。

 そんなことを考えたとき、僕を呼びに来たのはディリアの使者だった。

「姫様が、馬上槍試合にお供せよとのことでございます」


 お供をするにも、相手がお姫様では現地集合というわけにもいかない。

 使者に従って通された部屋で、それなりの身分の高貴な服装に着替えさせられる。

 騎士団で貰ったロングソードを持たずに丸腰で来たので、代わりにレイピア細身の両刃剣を帯びることになった。

 厳しく、冷たい顔をしたディリアの待つ、城の大広間に通された僕はやっぱり、居並ぶ廷臣たちの最後尾に立たされる。

 その、無駄に長い朝礼っぽいものが終わったところで廷臣たちを残らず下がらせたディリアは、長いスカートをたくし上げると、僕に向かって駆け寄ってきたのだった。

「カリヤ! そばにいろと言ったではありませんか! どうして8日間も私を放っておいたのですか!」

 しがみつかれてどぎまぎしながらも、一応の弁解は試みる。

「そんなこと言われても……いや、おっしゃいましても」

「私のそばにいるということは、何があっても探し出すということです! それが夜中であっても地の果てであっても!」

 思い付きの屁理屈を流暢にまくし立てるディリアが、この城の中でひとりぼっちなのだった。

 頬を伝わる熱い涙に、僕は何も言えなくなった。


 騎士団との馬上槍試合が行われる近衛兵団の馬場には、高貴な人の席が準備されていた。

 もちろん、王位継承者であるディリアの席は一番高いところにある。

 その傍らに立って控える僕の足元にある席には、苦々しげな顔をした宰相リカルドが座っている。

 傍らには、僕と同じように立っている、20代くらいの若者がいた。

 太陽が真南に昇りつめると、角笛の合図で馬上槍試合が始まった。

 騎士団と近衛兵が、互いに雄叫びを上げる。

高貴さよプレシャス! 誇りよプラウド!」

勇気よプラック! 歓喜よプリーザンス!」

 お互いの、「P」で頭韻を踏んだ掛け声が交錯する。

 双方の乗り手が横一列に槍を抱えて馬を全力疾走させ、各々が抱えた長い円錐形の槍をぶつけ合うのだ。

 試合用の模擬槍は、衝突の瞬間に粉砕される。

 技がどうこうというよりも、馬と騎手の度胸試しといったほうがよかった。

 その間に、僕はリカルドに囁いてみた。

「近衛兵団に大砲ですか?」

「最後の守りでございますれば」

 リカルドが何やら口を動かすと、若者から当たり障りのない答えが返ってくる。

「私兵の数は、騎士団でも手に負えないモンスターを掃蕩するほどとか」

「オズワル殿の力が及ばなかっただけのこと」

 短いが、皮肉たっぷりの答えだった。

「何も足止めしなくても」

 同情のため息を交じえて尋ねると、若者は大真面目な口調で返事をする。

「騎士団には疲れを癒してもらわねば。この国は狙われております」

 リカルドが、カスト、と呼んで自分の鼻先で手を振ると、それっきり、若者も口を閉ざした。 


 余裕たっぷりのリカルドだったが、近衛兵団の馬はともかく、最初に油断していた近衛兵団には隙があった。

 騎士団が、モンスターとの徹夜の戦闘で疲れ切っていると思い込んでいたからだ。

 激突のたびに、近衛兵たちは次々に落馬していく。

 馬上槍試合は、騎士団の圧勝に終わった。

 起立した一同の中でも目立って慇懃に頭を下げたリカルドを後にしたディリアは、僕に囁いた。

「オズワルが、任務よりもプライドを取ったことは已むを得ません」

 聞けば、その経緯には、オズワルが語らなかった「救国の士」の一件が絡んでいたのだった。

 なんでも、身の程知らずにもディリアに求婚してきた、自称「救国の士」がいたらしい。

 任務を超えて自発的に姫君を守ってきたオズワルは、ほとんど直感でニセモノだと判断した。

 些細なことでいいがかりをつけて「救国の士」を逮捕すると、拷問まがいの事情聴取にかかったという。

 そんなオズワルの残酷な面は意外だったが、リカルドのやってきたことは、聞くに堪えないほど狡猾だった。 

「王家の安全を守るのは近衛兵団だと主張して逮捕者の身柄を奪い取ると、さっさと処刑を決めてしまったのです」

 殺すつもりはなかったとオズワルが抗議しても、リカルドには通じるわけがない。

 結局、見かねたディリアが釈放を決めたのだが、それにも問題があった。

「相手があのような者であっても、求婚された身です。情が移ったと民に誤解されたくはありません。それをいいことに、リカルドは自分の温情だったと宣伝したのです」

 当然、その配下には脛に傷持つ悪党や、凶悪な私兵が集まってくる。

 ディリアは、悔しそうに言った。

「あのダンジョンからモンスターが現れたのは、ちょうどそんなときだったのだ」

 数で遥かに勝るリカルドの私兵集団がオズワルの騎士団を凌いだのは、当然の結果ともいえるのだった。


 その晩、ディリアは城の一室にオズワルと僕を招いて、ささやかなねぎらいの宴を開いた。

 美味そうなワインもあったが、それをちょっと口にしたディリアは、僕を子ども扱いして勧めてはくれなかった。

 結局、オズワルひとりが酔って管を巻くことになる。

「あの……リカルド、姫を追い出そうとしてるんですよ、この城から! 待ってるんですよ、次の王位継承者を! 王族の誰かから出るまで! 知ってます? 東西南北の大貴族どもに、相当なカネやモノが渡ってるって! そんなことになったらね、次の王様は操り人形ですよ、リカルドの! そんでね、この国は、奴の思い通り……」

 そこで、部屋のドアを叩く者があった。

 ディリアが厳しく叱りつける。

「給仕はいりませんと言ったはずです」

 そこで勝手に入ってきたのは、暗殺者のアンガだった。

「お声が高いですぞ、オズワル殿。リカルドの腹心がうろうろしていたので、追い払っておきましたが」


 話を聞けば、馬上槍試合でリカルドのそばに控えていたカストというのが、その腹心なのだという。

 身の回りの世話から事務処理、秘密工作から暗殺までこなす万能の側近だが、どこかで拾ってきた孤児を自分で教育したものらしい。

 酔いつぶれたオズワルを解放しながら、アンガは分析する。

「立ち聞きなんかをカストにやらせるということは、リカルドも今日の負けが相当こたえているのだ」

 確かに近衛兵団にしてみれば、唆かされての馬上槍試合で赤っ恥をかかされたのだから、面従腹背の状態になっても不思議はない。

 そこで、僕の頭に閃いたカードが1枚、またくるりと回る。


  三十六計「その五」。

 「趁火打劫ちんかだこう」…… 敵の被害や混乱に乗じて行動し、利益を得る。 

 

 早い話が、火事場泥棒だ。

 これは、クソ真面目な騎士団長殿に聞かせるわけにはいかない。

 僕はオズワルが高いびきをかいているのをいいことに、ディリアやアンガと策を練った。

 リカルドが面子を潰した隙にやることは、城の中と外にある。

 アンガの仕事は忙しくなった。

 魔法使いのレシアスと僧侶のロレンをダンジョンへ呼び、自分は近衛兵団の中を駆けまわってリカルドの弱みを握るのだ。


 僕はレシアスやロレンと共にダンジョンの第5層も制圧して、ディリアの権威回復を狙うことになる。

 事情を知らない見張りの騎士に、団長から代わりに命じられたと告げたら、何を疑われることもなかった。

 試合に出た騎士団はそれなりの夕食をディリアから振る舞われていたが、見張りに回された者だけは除け者にされていたからだ。

 彼等には、ディリアから特別の美酒が下されることになっている。

 僕は、レシアスとロレンに作戦の目的を告げた。

「第4層はゴブリンやオークたちの居住区だった。すると、連中が使っていた大量の武器の類はどこにあると思う?」

 ロレンが答えた。

「すぐ取り出せる、下の階」

 自分でもご都合主義臭いと思っていた結論を出してもらえたので、自信を持って第5層に下りることができた。

 杖の先に照明魔法の光を灯したレシアスを先頭に歩く洞窟には、粗末な木の扉がいくつもある。

 その中へ無造作に放り込まれていた短剣や棍棒、槍や鎌に、レシアスは「限定リミット」の魔法をかける。

 ロレンも「聖別コンセクレーション」の祈りを捧げた。

 こうすれば、人間にしか触れなくなる。

 そのうち、僕たちがたどり着いたのは、洞窟の行き止まりにある、鉄の扉の前だった。


 鍵穴に「解錠アンロック」をかけても開かないのに、レシアスは負け惜しみを言った。

「よっぽどの魔法使いがいたんだな、このダンジョンに」

 ロレンがつぶやく。

「こんなところのカギを、ゴブリンやオークが持っていたとも思えません。もっと強力な何かが守って……」

 嫌な予感がして振り向くと、闇の中に、ぼんやりと光る鍵が浮かんでいる。

 それを鎖で首から下げているのは、何とか大使みたいな、長い髪をした金ぴかの、胸板の厚いヒューマノイドだった。

 それが、僕たちに気付いたのか、凄まじい勢いで向かってくる。

 レシアスが叫ぶ。

「剣を抜け! 異世界召喚者!」

 そう言われて剣を抜きはしたが、ヤンキーに殴られたことはあっても、相手に平手打ち一発食らわしたことのない僕だ。

 たとえモンスターとはいえ、生き物を殺すことなんかできない。

 すると、後ろからロレンが囁いた。

「あれは、アンバー琥珀ゴーレムです」

 僕の抜いたロングソードの刃が、レシアスの武器強化魔法で青く輝く。

 TPRGの常識でいけば、魔法で作られたモンスターは、魔法のかかった武器でしか倒せない。

 あとは、僕の腕次第だが……。

「信じなさい、あなた自身を」

 ロレンが囁いた途端に、ゴーレムの動きが次第に遅くなっていった。

 たぶん、動体視力が高められたのだ。

 相対的に相手の動きを止めるという点では、これも一種の「拘束ホールド」系の祈りだろうか。

 僕は掴みかかるゴーレムの腕を難なくかわして、カウンターのクリティカルヒットを与え続ける。

 魔法のかかった剣で琥珀アンバーの身体を斬り刻むのは、電気を通したニクロム線でプラスチックの板を切るくらい簡単だった。

 

 山と積まれた琥珀のかけらの中から取り出した、光り輝くカギで鉄の扉を開ける。

 その中にあったのは、恭しいまでの丁寧さで壁に掛けられた、鈍い銀色に輝く武器だった。

 剣に刀に、槍に弓矢、それらを見渡したレシアスが呻いた。

「これは……エルフの銀エルヴン・シルバー

 床に並んだ箱の安全を、ロレンは「罠の看破ファインド・トラップ」の祈りで確かめる。

 その上で蓋を開けると、らしからぬ驚きの声を上げた。

ドワーフの鉄ドワーヴス・アイアンです!」

 箱の中に収まっていたのは、斧や防具の類だった。

 TRPGの知識のある僕は、魔法使いと僧侶におかしな尋ね方をした。

「ここにもいるんですか、彼等は……」

 それをどう誤解したのか、レシアスは怪訝そうに眉を寄せて答えた。

「ダンジョンの中にはいないよ、モンスターじゃないんだから」

 ロレンが口を挟んで訂正する。

ダークエルフはいるかもしれませんね」

「ドワーフがいるのは洞窟じゃなくて鉱山の坑道、エルフがいるのはどこか遠い森の中だ」

 再訂正しながら、レシアスは興味深げに武器や防具を改める。

 その陰から、ふわりと飛び出したものがあった。

 虫か何かだと思って、僕は慌てる。

「うわっ……!」

 だが、淡い光に包まれて現れたのは、小さいながら人型をした妖精だった。

「久しぶりね、人間を見るのは」

 羽を瞬かせてそう言うのは、見るからにフェアリーだ。

「何百年ぶりかね」

 しわがれた声で答えるのは、どっかのドロロン何たらのような三角帽子をかぶったレプラホーンだ。

 飛び回る妖精たちを見つめながら、ロレンはつぶやいた。

「なんてことでしょう……彼らは、世界が危機に陥ったときに現れるのです」

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