第4話 以逸待労《いいつたいろう》…混乱した敵を疲れさせ、戦いの主導権を握ります。

 ひと晩のうちに、僕はまた成長していたようだった。

 部屋の窓から差し込む朝日で目が覚める直前に、瞼の上にぼんやりと浮かんだのは、次のステータスだ。

 


  〔カリヤ マコト レベル4 16歳 筋力12 知力16 器用度10 耐久度8 精神力10 魅力13〕 

 

 筋力が、いきなり4も上がっていた。持ち慣れないショートソードを死に物狂いで振るったからだろうか。

 ここまでパラメータが変化すれば、ロングソード長剣くらい振るえるかもしれない。

 そう思ったとき、部屋の外から、鋭く号令を発する声が聞こえてきた。

 両開きの窓から眺めてみると、城の一角にある広い石畳上で、縦横に整然と並んだ兵士たちが斧鉾ハルバードを振るっている。

 何かの戦闘訓練のようだった。

 それが終わると、兵士たちの前で号令をかけていた恰幅のいい男に、夜闇の色をした衣をまとったリカルドが歩み寄ってくる。

 察しがついたのは、これがリカルドに押さえられている近衛兵団なのだろうということだった。

 その後ろには、大砲が1門、控えている。

 それは、この世界には火薬があるということを意味した。


 なぜかオズワルが持ってくることになってしまった、パンとスープだけの質素な朝食の後のことだった。

 近衛兵団がリカルドに押さえられてしまった事情を聞いてみると、オズワルは腹立たしげに答えた。

「全ては、ディリア様が……独身でいらっしゃるしかないことによる」

 後継者としてディリアを指名した国王が亡くなったのはつい最近のことだった。

 だが、即位するためには、然るべき相手を伴侶として迎えなければならない。

 そこで待ったをかけたのが、宰相のリカルドだった。

「曰く、お相手……となるべき方がいない、と」

 オズワルのまどろっこしい話をまとめると、その資格の優先順位は、こうだった。


 ①王国の東西南北に領地を持つ、4つの大貴族の子息

 ②外国からの養子

 ③伝説の、救国の士


 このどれもが満たされない場合は、しかるべき人が王族に現れ、それを大貴族たちが国王として推挙するまで、宰相が政務を執ることになっている。

 今のところ、大貴族たちには年ごろの男子はおらず、ディリアの母親も幼い頃に死んでいる以上、養子の取りようがなかった。

「伝説の……救国の士は?」

 これについてはオズワルが何も言わないので、こちらから聞いてみた。

「あてにするほうが間違っている」

 騎士団長は急に不機嫌な顔をすると、朝食の皿の載ったトレイを持って部屋から出ていこうとする。

 まずいことを聞いてしまったらしい。

 僕は慌ててその場を取り繕おうとして、ふと思いついた余計なことを、つい言ってしまった。

「そうだ、ロングソード、教えてくれないか?」


 筋力が上がったのを、確かめてみたかったのだ。

 それまでのいざこざをすっかり忘れたかのように、オズワルは頼みを聞いてくれた。

 城の中庭のへ騎士たちを招集すると、噴水に囲まれた正方形の石畳の縁に沿って、僕たちの周りをぐるりと囲ませる。

 騎士たちのひとりが、輪の中から歩み出る。

 これが当然とでもいう顔で僕の目の前に突き出したものは、訓練用の木剣ではなかった。

 朝日に煌く、ガチガチの真剣ガチのロングソードだ。

「あの……これは?」

 オズワルは、眉ひとつ動かすことなく、遠回しな物言いで答えた。

「リカルドはな……すり寄ってきた者の悪事を暴いては、処刑してきたのだ」

 媚を売っていたのは、完全に見抜かれていたらしい。

 いきなり斬りかかってきたうえに、その打ち込みには容赦がなかった。

 騎士が差し出した剣を取ることができたのは、奇跡としかいいようがない。

 最初の一撃は何とか受け止めたが、騎士団長の2回攻撃は甘くない。

 手の中にあった剣は、いつの間にか青空高く吹き飛ばされていた。

 見下ろしてくるオズワルは忌々しげに、あのたどたどしい口調でつぶやく。

「一筋縄では……いかん相手よ。耐えるしかなかったのだ……我々騎士団も」


 だが、弾かれたはずの剣は、再び僕のもとへ戻ってきた。

「不甲斐ない……もうひと勝負してみるがいい」

 抑揚のない声と共に剣を差し出すのは、フードを目深にかぶった、黒いマント姿の男だった。

 フードの影の中に光る鋭い目つきにぞっとして、僕は剣を受け取っていいものか、悪いものか迷った。

 そこでふと、気づいたことがある。

「確か……」

 オズワルが口を挟む。

「アンガか」

 それは、ダンジョンを出たところで、いつの間にか姿を消していたはずの暗殺者アンガだった。

 騎士団長への言葉遣いは、流暢な上に丁寧になる。

「城の中の伝令役は、必要なときに影のように控えては、幻のように消えるもの。それが何人もいれば、たとえリカルドといえども気づかれることはありません」

「用件は何だ?」

 口下手な騎士団長から不機嫌に問われて、本職と表の仕事の落差の激しいこの暗殺者は伝言を告げる。

「近衛兵団の団長から、騎士団長殿へ。7日後の正午、姫君の御前にての馬上槍試合を申し入れるものなり。お断りの返事は無きものと心得て、近衛兵団総出で、定刻までお待ち申し上げ候」

 長い上に回りくどい口上だが、短くまとめると、こういうことだ。


 1週間後の正午、ディリアの前で近衛兵団と騎士団の馬上槍試合をやるから、時間通り、逃げずに来い。


 騎士団の歓声が中庭に響き渡った。

「やってやろうじゃないか!」

「叩きのめしてやろう、近衛兵団の連中、ひとりのこらず!」

「これから特訓だ!」

 だが、僕は止めた。

「危険だ……ダンジョンが制圧できない」

 空気を読まないというか、やる気モード全開のところへ冷や水をぶっかける発言に、四方からの視線が矢ぶすまとなって突き刺さる。

 オズワルは、低い声で僕をフォローしてくれた。

「リカルドの……罠、だろうな」

 城内での騎士団の権威を失墜させ、騎士たちの士気を削ぐのが目的だろう。

 僕の頭の中に閃いたカードが1枚、くるりと回る。

 これは三十六計で言えば、「以逸待労いいつたいろう」にあたる。


 ……敵を撹乱して主導権を握り、敵の疲弊を誘うのだ。


「しかしながら」

 オズワルは、その先を言わなかった。

 アンガに何か囁くと、騎士団を率いて中庭を出ていく。

 騎士のひとりが渡した長剣の鞘と共に、アンガはオズワルの伝言を告げた。

「剣はそのまま使え、と」

 僕は深いため息をついた。

 ダンジョンの警備を放り出してでも、馬上槍試合に賭けるつもりなのだ。

 やっぱり、体育会系とは波長が合わない。

 そう思ったとき、アンガは抑揚のない声で教えてくれた。

「わけがあるのだ、騎士団長にも」


 結局、制圧したダンジョンには見張り程度の人数しか送られないことになった。

 残った騎士たちは、日が暮れるまで騎士団の馬場で馬上槍ランス突撃の練習に励むことになる。

 僕もかつてはTRPGを嗜んだ身だから気になって、ろくに使えもしないロングソードを手にして見物に通う。

 それを見つけたオズワルは、手の空いたときに剣の手ほどきをしてくれたりもしたのだった。

 そんな日が続いて、馬上槍試合が明後日に迫った夕方のことだった。

 低く傾いた陽をを浴びて、馬も人もすっかり疲れきっているところへ、ダンジョンの見張りが息を切らして、馬場へと駆け込んできた。

 こんなときのセリフがどういうものかは、相場が決まっている。

「やられました……不覚でございます」

 僕の危ぶんだとおりだった。

 第4層から姿を現した大勢のモンスターに押されて、騎士たちは第1層の四畳半ダンジョンまでの退却を強いられたのだ。

 僕はオズワルを促した。

「行きましょう!」

 立ち上がろうとする騎士たちを制して、オズワルは低くつぶやいた。

「馬引け、アンガ」

 それは、この場にはいないはずの、暗殺者の名前だった。

 どうやらオズワルは、僕も含めて僅か数名で行くつもりのようだった。


 城の外につながれていた馬にふたりで乗って、僕たちは鉱山へと急いだ。

 アンガの姿は、どこにもない。

 もう、日はすっかり暮れかかっている。

 オズワルの持ったカンテラの灯を頼りにダンジョンへ潜ると、騎士たちは剣を杖にして膝を突いていた。

 四畳半ダンジョンの中で動ける程度の大きさのヒューマノイドしか、ダンジョンからは出てこられない。

 第2層から鉄梯子で上がってくるのを頭から叩いて、騎士たちはどうにか凌いでいるのだった。

 僕の後ろから聞こえる声が、皮肉を言った。

「こんなときでも、馬上槍試合の名誉にこだわるとはな」

 振り向くと、そこには裾の長いマントをまとった男が、長い杖を手にして立っていた。

 あの口の悪い魔法使いレシアスだった。

 その後ろからは、顔全体が笑ったような造りの僧侶ロレンが、錫杖を携えて僕たちを見ている。

「お約束どおり、お助けにあがりました。まずは……」

 ぶつぶつと何か祈りの言葉を唱えて錫杖で床を叩くと、騎士たちが立ち上がった。

 体力回復の奇跡だった。

 これなら、逆転の方法はある。

 リカルドにされたことを、そっくりそのままモンスターたちに仕掛けてやるのだ。


 レシアスは、隠形の魔法が使えるというので、僕はオズワルやロレンと一緒に、4人で姿を隠してもらうことにした。

 体力を回復した騎士たちは、ダンジョンの外に退却する。

 鉄梯子を登ってきたモンスターたちは、次々にダンジョンから出ていった。

 だが、その数がいくら多いとはいえ、無限に続くわけではない。

 その列が途切れたところで、僕たちは姿を現した。

 レシアスが四畳半ダンジョンいっぱいの照明魔法をかけただけで、目鼻の崩れた醜いヒューマノイドが何体も、顔を覆ってのたうち回る。

 オズワルは次々に、それを馬乗りに押さえ込んでいく。

「オーク鬼どもが……」

 つぶやきと共に、スクラマサックス短刀で続けざまに仕留めていく。 

 僕は他の3人に呼びかけた。

「下へ!」

 思ったとおり、モンスターは出尽くしていた。

 いったん解放された第3層まで降りると、僕たちは大ムカデと黒後家蜘蛛の穴で待ち伏せる。

 僕はレシアスと組み、オズワルはロレンと組んだ。

 レシアスは、洞窟を塞いで並んだモンスターたちに向けて、これでも食らえとばかりに、指先から放たれる光条を浴びせる。

 そこを抜けると、僕たちは再び合流することができた。

 長い階段の下の第4層にレシアスが照明魔法をかけると、そこは人型ヒューマノイドモンスターたちの居住空間のようだった。

 大きな空洞の、入り組んだ壁のあちこちには、人の背の高さほどの穴がいくつも空いている。

 高いところにある穴にはハシゴが掛けてあった。

 穴のないところには、板や丸太や藁で建てられた掘っ立て小屋のようなものもある。

 その周りには、ダンジョンの外で奪ってきたらしい家畜の骨と思しきものが散らばっていた。


 僕は、オズワルに告げた。

「モンスターたちはたぶん、ここへやってきます。自分たちの棲むところですから、死守しようとするでしょう」

 レシアスが尋ねてきた。

「ここが、アンガに呼ばれてきた俺たちの墓場になるってことはないだろうな?」

 持ち前の笑顔で、ロレンが答えた。

「そのときは、死んだ坊主の葬式を、ここに来なかった暗殺者に上げてもらうことにしましょう」

 僕は首を横に振った。

「心配はありません。モンスターたちはダンジョンの内外に分断され、戻ってきた方はたぶん、くたくたに疲れ切っています。倒すのは容易でしょう」

 オズワルも、肩を持ってくれた。

「あの半分なら、体力の回復した我が部下たちでどうにかなる。それに、あのアンガが馬をつないだだけで済ますはずがない」

 そのときだった。

 第4層の外から凄まじい轟音が聞こえてきたかと思うと、大慌てのモンスターたちが逃げ込んできた。

 僕たちを見つけはしたが、攻撃を仕掛ける様子もない。

 ロレンが錫杖をひと振りして何か祈ると、ふらふらと空洞の奥にある壁のくぼみの奥へと消えていった。

 たぶん、悪意ある者の放逐ターン・イーヴルの奇跡だろう。

「異世界召喚者殿は血を見るのがお嫌いなようですから」

 笑顔の僧侶がそう言ってくれたところで、第4層に降りてきた影があった。

 僕たちが揃って身構えると、それはマントのフードを目深にかぶった男だった。

 抑揚のない声で、ダンジョンの外の戦果を告げる。

「半分の数になったモンスターたちは、各々の空耳に従って駆け付けた騎士団によって全滅。ダンジョンの中に戻ったのも、これに惑わされてあちこちを逃げ回り、このざまだ」

 そう言いながら見せてくれたのは、アンガの手の中にある、真っ黒な煙硝臭いボールだった。

 たぶん、大きな癇癪玉のようなものだ。

 これをダンジョンの中で炸裂させて、洞窟内に反響するような大きな音を出したのだろう。

 オズワルは、不満げに言った。

「それには例を言うが、明後日に試合を控えた馬上槍試合に響きはしないか」

 暗殺者は、騎士団長の抗議を慇懃な態度で受け流した。

「騎士団の急行は、宰相リカルド殿もご存知です。正確に言えば試合は明日でございますから、苦戦した騎士たちをねぎらう使者は、今日中にございましょう」

 

 果たして、宰相の使者は昼過ぎに騎士団の馬場を訪れた。

 モンスターたちと夜っぴて戦った騎士たちは、青息吐息で最期の練習に励んでいた。

 だが、騎士たちの馬の毛並みがつやつやしているのに、宰相の使者は気付かなかったようだった。

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