第3話 借刀殺人《しゃくとうさつじん》…… 他の誰かが敵を攻撃するよう仕向けます。

 その夜、部屋に戻った僕は、また自分のステータスを夢に見る。


  〔カリヤ マコト レベル3 16歳 筋力8 知力16 器用度10 耐久度8 精神力10 魅力13〕 


 器用度がまた、1だけ増えていた。

 モンスターから巧みに逃げるという行動をとったからだろうか。

 それにしても、このステータスは何なのだろうか。

 もしかすると、僕はゲームの中のキャラクターにでもなったのかもしれない。」 

 それなら、パラメータが上がれば何かできることが増えてもいい。

 でも、その変化は小さい。

 成長していたとしても、どうも実感しにくいのだった。


 次の朝、僕は部屋のドアを叩くオズワルの声で目を覚ました。

「起きろ、カリヤ。これを着るがいい」

 ドアを開けてみると、なんだか宮廷人っぽい、長いガウンを渡された。

 言われるままに着替えた僕は、ゴスペルの聖歌隊みたいな恰好で、オズワルの後についていくしかなかった。


 大広間には、あの文武百官が見るからに正装を決めて、ディリアの前できれいに整列している。

 その中で真っ先に呼ばれたのはオズワルだ。

 悠々と歩み出てひざまずいたところで、ディリアは改まった態度で告げた。

「私の救出に出遅れたのを恥じることはありません。あなたはそれまでに、ダンジョンから出てきたモンスターたちと、命懸けで戦ってきました」

 オズワルは、たどたどしい言葉で謙遜する。

「お恥ずかしい限りです。我が騎士団は、退治できませんでした、怪物どもを……その、リカルドの私兵どもが現れた途端、引き下がっていった」

 どうやら、モンスターをダンジョンに追い返したのはリカルドらしい。

 だが、ディリアはオズワルに励ましの言葉をかける。

「モンスターの考えることは、私たち人間には分かりません。大切なのは、その人間が人間でいられる間に、何を考えるかです」

 そこで見渡したのは、集まった文武百官だった……いや、昨日の半分くらいしかいない。

 ひとり残らず、きまり悪そうな様子で、一斉にあさっての方向へと顔をそらす。

 ディリアは、それには知らん顔してオズワルに語りかけた。

「あなたには、これからも私を守ってほしい……ですから、近衛兵団を預けることにします」

 大広間がどよめきに包まれる。

 オズワルも、あたふたと言葉を返した。

「近衛兵団は、今、リカルドが……」

 そこでディリアは、悪戯っぽく微笑んだ。

「もちろん、全ては私が即位するまでお預けです」

 なんの後ろ盾もない姫君への、忠誠を明かした人たちは、ひとり、またひとりと、ディリアと本人の頭の中にしかない地位や栄典、爵位を与えられていく。

 僕が最後に呼ばれたのは、もちろん、えこひいきと思われないためだったろう。

「カリヤは……そうですね」

 ひざまずく僕を前にして、ディリアは言葉に詰まってから言った。

「私のそばにいてください……とりあえず」


 そこへ雪崩れ込んできたのは、反ディリア派となった、残りの文官武官を引き連れたリカルドだった。

 先頭に立ったリカルドは、これ見よがしに、何やら紙切れ1枚、高々と掲げていた。

「ディリア様! これをいかがなさいますか、宰相としてお伺いに参りました」

 ずかずかと大股に歩み寄っていったのは、もちろん、オズワルだ。

 目の前につきつけられたものをまじまじと見て、呻く。

「これは……」

 すると、さっき忠誠を誓った人たちの中から、しずしずと歩み出た者があった。

 ガウンの袖から金銀のリングをはめた指を紙切れにつきつけると、その表面には、たちまちのうちにオーラが燃え上がる。

 そこで、リカルドは高らかに叫んだ。

「見よ! これはまさしく、ディリア様を呪い殺さんとする者が血判を押した誓約書だ!」

 たぶん、さっきのは感知系の魔法だ。

 官吏の中には、魔法使いもいるのだろう。

 リカルドは重々しい声で、この場にいる一堂に言い渡した。

「王家の方々への呪いは、反逆の罪にあたる。この誓約書が本物である以上、署名した者は死をもって償わなければならない」

 魔法の炎に包まれた誓約書は、オズワルの頭を越えて、ディリアの手の中に収まる。

 つまり、死刑宣告をディリアにさせようというわけだった。


 でも、僕の目はごまかせない。

 ひざまずいたまま、ディリアに囁く。

「罠です」

 そのとき、僕の頭の中に閃いたのは、あの「三十六計」だった。

 6×6に並んだカードのイメージが浮かんで、その中の1枚が、くるりと回る。


 「其の三」

 借刀殺人しゃくとうさつじん

 …… 同盟者や第三者が敵を攻撃するよう仕向けること。


 リカルドの狙いは、ディリアから廷臣たちが離れていくように仕向けることだ。この血判状は、そのために作られたニセモノだといえる。

 反逆者をデッチ上げて、ディリア自身に味方を処刑させようというのだ。さっき魔力感知を使ったのは、たぶん、リカルドとグルなのだろう。

 本当に処刑すれば、集まってくれた廷臣たちが不信感を抱く。しなければ、ディリアはリーダーとしてナメられ、味方の統率ができなくなる。


 そこのところは、ディリアも察しがついたようだった。

「では、この誓約書に名を連ねた者は、リントス王国の後継者たる王女ディリアによって死を命じられます」

 回りくどい宣言の後、ひとり、またひとりと、は誓約書に連ねられた名前が読み上げられていく。

 名前は、全部で4つだった。

 そのひとりひとりが抗議の声を上げる間もなく、ディリアは最高責任者としての決定を告げた。

「以上の者は、この世の者には破ること能わざるダンジョンの探索を命じる」

 こうして、この国には新たな死刑が誕生した。

 

 曰く、「ダンジョン送り」……。


 ディリアを呪い殺そうと企んでいたことにされたのは、4人だった。

 ひとりは僧侶で、ひとりは伝令、残りのふたりは共に書記官だった。

 騎士たちがダンジョンへ送っていくことになっていたが、もちろん、リカルドが付けた「死刑見届け人」が同行する。

 リカルドは僕とオズワルをディリアと共に、廷臣たちの居並ぶ大広間に留めて、自分の目で監視していた。

 衆人環視の中で。余計な小細工をさせないためだ。

 そこへ慌ててやってきたのは、兜のフェイスマスクを下ろした、ひとりの騎士だった。

「潜ってしまいました……ダンジョンへ!」

 それは当然の報告だった。 

 全員、ダンジョンで死ぬことになっているのだから。

 だが、オズワルは、動揺を思いっきり顔に出して尋ねた。

「全員か?」

 これは、潜らない者がいることを意味する。

 リカルドもそれに気づいたらしく、手下の廷臣たちに向かって顎をしゃくった。

 ところが、さっきの魔法使いを取り押さえにかかったところで、揃いも揃って将棋倒しになる。

 たぶん、「つまずきスネア」の魔法だ。

 さらに、「俊足ヘイスト」を使ったのか、魔法使いはもの凄い速さで走り去る。

 どたばたと追いかける手下たちを見送ると、リカルドは振り向きもしないで大広間を出ていった。


 まさに以心伝心というやつで、ディリアの意思を酌んで騎士たちが考えた作戦が、これだ。

 リカルドに命じられただけの見届け人に、ダンジョンへ潜るような根性などあるわけがない。

 地下第1層の四畳半ダンジョンまで連れていったところで待たせておけばいい。

 騎士たちは第2層の洞窟へと連れて行った4人に自分たちの鎧を着せ、モンスターの出なくなった第2層に待機する。

 鎧を着た4人は他の騎士と共にダンジョンを出ていき、何のかんのと理屈をつけてその場を離れて逃げ去ればいい。

 見届け人はリカルドに、ダンジョン怖さに途中で待っていたのを隠して任務遂行の報告をするだろう。


 悪くない作戦だったが、この手は半分だけ成功して、残りの半分は失敗したわけだ。

 まあ、痛み分けといったところだろう。

 死刑に当たる「ダンジョン送り」は実行されたのだし、それを下手に疑えば、リカルドも他の廷臣に血判状の偽造を怪しまれかねない。 

 ディリアは味方の廷臣を下がらせると、騎士に尋ねた。

「何人ですか? ……ダンジョンに潜ったのは」

 騎士はフェイスマスクを跳ね上げる。

「ロレン……宮廷の祭祀を執り行う僧侶でございます」

 そう答える顔を見て、オズワルは呆然とした。

「おぬし……伝令のアンガではないか」

 どうやら、ダンジョンで死ぬはずだったひとりが、騎士の姿のまま戻ってきたらしい。

 それを認めも打ち消しもせず、男はただ平然と答える。

「密使密偵も仕事のうちでございます。この程度は何とも」


 ディリアの命令で、僕とオズワルはダンジョンへ向かった。

 モンスターが勢いづく夜が来る前に、僧侶のロレンを救い出すためだ。

 ダンジョンの第2層に着くと、待機していた騎士がオズワルに事情を説明した。

「無実の罪ではありますが、ここでひとりは死なないと、リカルドは騙しおおせないと言い出しまして……」

 カンテラを手に、洞窟の奥にある古い階段を下りる。

 オズワルが呻いた。

「これは……」

 見れば、大きさも形もよく似た分かれ道がある。

 あまりにもベタな、「右か左か」のギャンブルの世界だった。

「助けを呼んで、二手に分かれましょう」

 安全第一の提案を、オズワルは却下した。

「こう狭くては人が多いと、かえって足手まといになる」

 2回攻撃ができるオズワルと、ショートソードも危ない僕では比べ物にならない。

 だが、異世界召喚者の肩書は、こういうときはマイナスに働く。

「この世の者では破れぬダンジョンなればこそ」

 そう言ってカンテラを僕に預けたオズワルは、手探りで右側の道を選ぶ。

 僕は左側を選ぶより他になかった。


 カンテラに照らされた狭い通路は、突然、大きく開ける。

 広い空間の向こうで倒れている人影に、僕はほっとした。

 あれが、僧侶のロレンなのだろう。

 でも、目の前にたむろするものを見たとき、悲鳴を上げずにはいられなかった。

 床から壁から天井から、ぞろぞろと這い回る、赤と黒の毒々しいコントラストの殻で覆われた、細長い生き物がいたのだ。

 

 巨大ムカデジャイアント・センチピードだ。


 TRPGだと、装甲が固い上に、すばしっこくて毒まで持っている。

 しかも、ここは巨大ムカデの巣になっているらしい。

 たぶん、あの僧侶ロレンは麻痺毒にやられているのだ。

 放っておいたら、巨大ムカデどもの餌食にされてしまうだろう。

 一か八か……。

 僕はカンテラを足元に置いてショートソードを引き抜くと、その刃に唾を吐きかけた。

 

 その昔、京の都を騒がせた大ムカデを、俵藤太秀郷たわらのとうたひでさとは、鏃に唾をつけた矢を放って退治したという。

 まさかとは思ったが、こんなおまじないにでも頼るしか、手はなかった。

 ところが。


「……ウソだろ」

 ショートソードが、真っ青な光を放つ。

 いかにも、魔法がかかった武器エンチャンテッド・ウェポンになったかのようだった。 

 僕は思いきって、ムカデの群れへと歩み寄った。

 たちまち、襲いかかってくるのにショートソードを叩きつけると、長い身体が真っ二つに切れた。

 だが、そこで、後ろから呼びかける声があった。

「伏せて!」

 言われるままに床へとダイブする。

 次の瞬間、僕の頭の上でぶつかって絡み合ったムカデの群れは、凍結スプレーをかけたみたいに固まると、粉々の氷の粒に変わって砕け散った。

 そこで僕を助け起こしたのは、あの血判状に魔力感知のオーラを燃やした魔法使いだった。

「間に合ったみたいだな。けがはないと思うが」

 倒れていた僧侶ロレンが身体を起こして、代わりに返事をした。

「見たところ、毒にやられた様子はありませんね。もし、噛まれていたら言ってください。今すぐなら、すっかり解毒できますから……こんなふうに」


 僕を助けに来た魔法使いは、レシアスといった。

 カンテラを持った僕の後を、僧侶ロレンに先立って歩きながら、ぞんざいな口調で経緯を語る。

「こういう性分なもんだから、城の中では爪ハジキでな。あのリカルドっていうヤツは、そういうのにはめっぽう優しいんだよ」

 つい、乗せられてディリア追放の片棒をかついでしまったが、その陰謀がバレそうになったところでリカルドは、レシアスを捕まえようとしたのだった。

「この分じゃ、悪事を全部ひっかぶらされた上、殺されかねないと思ってな。あの場はどうにか逃げ出したんだが、あの伝令に見つかっちまってな」

 あのアンガという伝令は、音もなく近づくと、首を締め上げた上に、喉元に短剣を突きつけたのだという。

「ディリア姫の力にならなかったら、この場で殺すと言われてな……あいつ、たぶん、暗殺者アサシンだぜ、本当は」

 分かれ道に出たところで、その本人が光り輝く短剣を手に、オズワルと共に戻ってきた。

黒後家蜘蛛ブラックウィドウが手強くてね……武器強化の魔法をありがとう」

 どうやら俵藤太の故事は、あくまでも伝説にすぎなかったようだ。


 僧侶のロレンと暗殺者のアンガ、魔法使いのレシアスは、いつでも助けに来ると言い残して、どこかへ姿をくらました。

 僕とオズワルは、そのまま城へ戻った。

 まだ日は暮れていない。

 だが、城中には何となく、こんなことがあったらしいという噂が広まったらしい。

 ディリアの味方はまた、少し増えたようだった。

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