第6話 瞑想ルーム

 下道したみち那生なおはヘッドセットを装着し準備ができたことを教授に伝えた。

 

 あとは雑念を捨て自分の意識だけを感じるように瞑想をする。

 シンギングボウルのかなでる「倍音ばいおん」の音色は乱れた「気」を浄化する作用がある。

 那生はレム睡眠をコントロールする目的で、大学の研究費をかけてこの瞑想ルームを作ってもらったばかりだった。自分のような普通の人間が精神の深層世界へ行くのはむずかしい。普通の環境下ではどうしても雑念が入ってしまい上手くいかなかった。

 

 その点、神劔みつるぎのぞみは違っていた。

 彼女は自分の意志で瞑想状態からレム睡眠に入れる。そして、その奥の夢の世界を現実体験として記銘きめいしている。

 同級生の那生がそのことを知ったのは、彼女が突然倒れて意識不明で入院したあとのこと。希の母親から、彼女の日記を渡されて読んだからだった。

 日記の最初の数ページには、希が瞑想状態で精神の深層世界にはいった経験が事細かく書かれていた。ただ、明らかに異世界の出来事としか思えない内容だった。彼女にとって異世界は現実と変わらない体験だと那生は受け止めている。

 

 その異世界はいつの時代かもわからない。

 日記によると、希は「獅子の泉」という場所で長い年月を過ごしたらしい。 

 そこでマスターとよばれる青年に精神をコントロールする秘術を習得すべく修行をしていたという。長い修行の日々を終えマスターとの別れの場面で日記は終わっている。

 そのページの隅に那生にはまったく意味のわからない一文があるのに気づいた。

 そこには彼女の筆跡とは違う字体で正の字の三画目まで書かれ、さらに

  

〝私はもう攻撃を受けている〟


 と添えられていたが、意味はまったくわからなかった。

 那生はふと、希の母親の神劔みつるぎ天音あまねから聞いた話を思い出した。

 希は夢の中で二つの世界を行き来して、自分がどちらの世界にいるのか確証が持てず、夢の中では那生の性別が男だったり女だったりすると話していた。

 那生は自分が希の夢の中では女の子だという別世界との齟齬そごについて、それが〝攻撃〟というワードとなにか関係があるように思えた。

 ほんとうに深い瞑想の先に、希の視たような異世界があるのだろうか。


 次第にシンギングボウルの心地よい波動に包まれて、那生の意識が遠のいていく。

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