第13話 最後まで生き残る、それだけで推せるっていうのはあるあるだよね


 ステータス、とは言ったものの、実際はオリンポス・サーガの様な詳細が見えるものではない。

 青く半透明のポップアップに『名前』と『性別』と『年齢』、現在のレベルと状態が表示されている簡易なものだ。だが、それでも相手の情報が見えるということは、かなり大きいことである。何故なら……。


「コボルト……お前、女だったのか……ッ!!」

「え? あ、はい。すみません、こんなちんちくりんな姿で……」


 そう言って自分の胸を見下ろし、しょんぼりと耳を垂らすコボルト。オリンポス・サーガにおけるコボルトは、いわゆるケモナーレベル(獣人などの獣と人が合わさった姿の度合い)で言えば、二足歩行の犬といったところだ。

 昨今、やたらめったら美少女化をされてしまっているそれとは違い、魔物それぞれに背景が存在するからだ。コボルトとかゴブリンはあくまでも犬や鬼といった知能を持たない生き物が、魔王の手によって魔物と化した姿だからだ。ちなみに、鬼はこの世界では普通に生き物としてのカテゴリーで存在する。現実とは進化の過程が違うのだ。


 だが、いまはそんな事すらどうでもいい。重要なのが、このコボルトの年齢が10歳という所にある。

 そう、このコボルトは幼女なのだ。


 え? 犬も対象になるのかって?


 ばっかやろうッ!! 

 幼女であればそれは等しく愛されるべき存在であり、我々ロリコン紳士達にとって守るべき者であるのだ。そこに種族も見た目も関係ない。


 眉目麗しいから愛されるのか。否。

 素直でいい子であれば愛されるのか。否ぁッ!!


 紳士はその様な些事に囚われることなく、全ての幼女を愛するのである。


 ちなみに、誤解されがちではあるが、別に幼女が年齢を重ねればダメになる、という思想でもない。むしろ、幼女が健やかに成長し、次の時代の幼女へとバトンを繋ぐために大人になったことを祝福する。こんなに嬉しいことはない。

 近年、ただただ己の性欲の為に幼子を卑しい目で見て、そのうえで自分の性癖の対象から外れたら『ババア』だとか『賞味期限切れ』などと言う輩が増えた。この事に関しては憂いを禁じ得ない。


 いいか、よく聞け。

 我々、紳士たちはあくまでも子供の健やかな成長を見守り、その愛くるしい姿と清らかなる心に触れ、己の中にあるカルマを減らしていただいているのだ。

 それをなんだ! 己の欲望の捌け口にしようと……。


「……様」


 第一だ。大人になった彼女らがいなければ、幼女という存在がだな……。


「ご主人様ッ!!」

「ハッ……? お、俺はいったい……」

「いきなり固まってしまったので、ビックリしました……そ、それで、どうしましょうか……?」


 俺の着ているローブの裾をぎゅっと握り、小さく震えるコボルト。うむ、やはり可愛い。

 っと、そんな場合ではなかった。


「お、おい、あんた! イザーグ、だよな?」


 いつの間にか俺たちを取り囲む様にして集まった街の警備の方々が、こちらに武器を向けて警戒心を露にしている。うん、いつの間にかというか、俺が思案に耽っている間にだな。反省。


「イザーグ、という名はとうに棄てた。俺はイザヨイ……女神と天使を護る剣なりッ!!」


 その女神と天使を置いてきているので、早く用事を済ませて帰りたい。


「ま、魔王軍の罠ではないかッ!?」

「そ、そうだそうだッ! 俺たちを油断させて、後ろから襲うつもりだろう!」

「あの悪辣なイザーグならやりかねん……おい、ヤッちまおうぜ!」


 あらやだ、予想していた以上にイザーグさんの評判が悪いわ。

 あの魔王の放送を観て、こちらを歓迎してくれるかなと思っていたんだけど、こりゃあ少しプランの変更が必要かもしれない。


 当初は、ユピテル様とアンネをこの街に預けようと思っていた。

 と言うのも、この街は魔王の近くであるからに、この先にある魔王軍大襲来の被害を逆に受けないのだ。というよりも、この街の防衛機能が高いが故に、陥落しないというのが正解だ。まぁ、この辺りは最終盤に補給する場所がないとプレイヤーが詰むという、少しメタ的部分もあるのだが。

 だからこそ、この安全な街に行きたかったのだが……少し難しそうだ。もしこの場を説得できたとしても、預けたユピテル様達に危険があれば、恐らく俺はこの街を滅ぼしてしまうだろう。比喩表現抜きで。


「仕方ない、諦めるか……すまなかったッ! 少し補給をしたいだけだったのだが、余計な心労をかけてしまった。出来ればでいいのだが、これで食料と……子供が着られる服をいくつか用意して貰いたいッ!」


 俺は懐から金貨の入った小袋を取り出すと、警備の方の前に放り投げてから両手を頭の後ろに回し、抵抗の意思がないことを見せる。

 その行動にどうしたものかと警備の方々は目線でやりとりをし、この中で一番レベルの高い男が前に出てきて小袋を拾い上げた。


「……私の名はバンガス。この街の警備副隊長を勤めている。先の魔王の映像を観てはいるが、こんな情勢の上にこの街は人間側の最前線だ。貴殿のことを素直に信用してやるわけにもいかなくてな」

「それは当然のことです。まぁ、少しは期待した部分もあったわけですが」

「フッ……見た目と違い、素直な男だ」

「それはお互い様でしょう」


 警備副隊長バンガス。キュクロプスの街の実質的なリーダーであり、人間側における最強のNPCでもある。恐らく、いま戦えば他の警備の方々はともかく、バンガスだけには負ける気がする。実際のゲームではイザーグはここを訪れる前にストーリーから離脱しており、二人が戦う場面はないので結果はわからないけれども。


 バンガスは見た目こそ強面のおっさんではあるが、家に帰れば三児の良い父親であり、美しい嫁さんもいるナイスガイだ。しかも、そんな死亡フラグバリバリなのに最後まで生き残るしぶとさがあり、その安心感からサガ民からの人気も高い。やはり、誰しも推しが死んでしまうのは嫌なのだ。解る。


「子供、というのは男か、女か?」

「女の子だ。二人……いや、この子の分も必要だから、三人分欲しい」


 俺の言葉に、すっかりローブの中に隠れてしまったコボルトが体を揺らす。どうやら驚いている様子だが、少し見えている尻尾が微かに揺れている。コボルトだって女の子なら、ちゃんとしたおしゃれくらいしたいよな。魔物ったって、生きてるし知恵もある。


「フッ……暫し待たれよ。おい、この方を街の入り口の詰め所に案内しろ」

「で、ですが、バンガスさんッ! こいつは敵かも知れないんですぜ!?」

「……やはり、まだまだ青いな。少し見てみれば、彼に敵意も害意もないことくらい判るだろうに。それに、彼がその気なら今ごろ俺たちはエンシェントスペクターの土台の仲間入りだ」


 そう言ってバンガスは詰め寄った青年の頭を軽く叩いて街へと向かい始める。

 それが青年のプライドを傷つけてしまったのだろう。だが、バンガスにそのイラつきをぶつけるわけにもいかず、その対象は必然と俺に向かってきた。


「……バンガスさんが言うから、それに従っているだけだ。俺は、お前なんか認めないからなッ!!」


 付いてこいと言わんばかりに、先を歩き始める青年。その様子に、周囲の大人たちもやれやれと肩をすくめる。


「そうか……君が、もう一人の勇者なんだな」


 前をずんずんと歩く青年。その体から出ているポップアップのステータスに表示されていたその名は、オリンポス・サーガにおける最後に仲間になる勇者の一人、フォルセであった。

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