第9話 カオスとニュートラルになりやすい?そりゃあ、あんなのやる奴はみんな中二病だからだろう
さて、冗談はほどほどにしておこう。
正直ユピテル様のアイテムは興味がある。が、ここで色々と試せられる程に時間も余裕もない。
いまの俺に必要なのは、『山を越えてガイアの地に到着すること』であり、空を飛ぶことではない。手段が目的となってしまってはいけない。戒めだ。
「我に策あり、でございます」
「ほう? ただの人間であるお主が、空を飛ぶというのかえ?」
「いえ、空は飛びません。ですが、ガイアの地へ向かいます」
「ほぁ?」
俺は手頃な木を探すと、木に対して体を横にしてひたすらに押し始める。
「ふぬぬぬぬぬぅ」
「……気でも狂ったのか?」
「おーえすっ! おーえすっ! んぬううううぅぅぅぅぅ……」
必死の形相でからだ全体で木を押し続ける。
もし、自宅の機材があればこんなことをしなくてもいいのだが、残念ながらいまはそれはできない。なので、力業で押し通す。
「お、おいおい、もう止めてはどうじゃ? 木も、お主の腕の骨もミシミシ言うておるぞ……?」
「もう、す、こしぃ……あぁッ!!」
そこまで時間はかからないはず。そう思いながら木を押し続けていると、急に体がフッと軽くなる感覚があった。
そして、俺の体はぬるっと横にスライドして、そのまま木に重なって止まる。
「は? はああぁああぁ?」
「成功です。やはり、この世界は俺のよく知る世界のようです」
正直、失敗するかとも思った。
突如、木と合体事故を起こしたかの様なこの現象は、オリンポス・サーガにおけるバグ技の基本である【壁抜け】の一種である。
俺たちがいるこの森には、あちらこちらにNPC(ノンプレイヤーキャラの略。プレイヤー以外のキャラのこと)が複数徘徊している。
しかし、マップ上に点在しているキャラクターは一定の間隔と方向に移動しているため、時々マップ内のオブジェクトに引っ掛かってしまうことがある。あまり長時間オブジェクトに引っ掛かっていると他のNPCに悪影響を与えるためか、一定時間いずれかのキャラが動けなくなるとNPC達は初期位置に強制的に戻されるのだ。
これはその瞬間を利用したバグで、プレイキャラを同じように『移動コマンドを押しつつ』、『同じ場所から動けなくなっている』と判定させると、プレイキャラまでもがオブジェクトと認識されて強制的に位置変更をされてしまう。
だが、実際にはプレイヤーは動けなくなった訳ではない。なので、強制的に元に戻されそうになるときに一定方向へ移動キーを押し続けていると、そのまま少しだけ移動をしてしまうのだ。そのとき、内部では位置のずれが生じてしまい、初期位置に戻したはずが、実際には少し隣にいることになってしまう。
これを何度も利用することで、最終的にはオブジェクトひとつ分の誤差ができてしまい、壁や木などにめり込んでしまうのだ。
そして、そもそもマップ上のオブジェクトというものは通過ができる出来ないの判定をオブジェクトの表面部分に持つ中に入ってしまえば、それがすべて意味をなさなくなってしまうのである。
さらに、オブジェクトはこういったバグを回避するために、めり込んだキャラをオブジェクトの外に出そうとするシステムがある。が、それが例えば連続した位置にあるオブジェクトであれば?
排出したはずが隣のオブジェクトにめり込み、それが連鎖していって、勝手に位置がオブジェクトを透過しながら移動していくのだ。
「こうすることで、俺は徐々に木々をすり抜け、そのままガイアの地に行くことができるのです」
「いや、意味がわからんのだが!?」
「イザヨイおじちゃん、すごーい!!」
おや? どうやら
「おはようございます、アンネ。いや、ローザなのかな?」
「う? んーん、ローザお姉ちゃんはおねんねしてるよ! あのね、アンネとローザお姉ちゃんは一回おやすみするとかわりばんこなの!」
なるほど?
アンネが一度眠ると次に目覚めればローザが表に出てきて、ローザが眠ると次はアンネが出るということなのかな?
うーむ、常にアンネがいいのだが……いや、なにやらローザも大事なことを知っていそうだし、ローザとも話したいなぁ。
「どうでもよいが、お主それはどうにかならんのか!?」
顎に手を置いて考え込む俺は、一切体を動かさず、そのままの姿勢でスーッとスライド移動をしていく。ユピテル様とアンネは俺を追いかけるように走っているが、まぁそこまで速くもないので大丈夫だろう。
「出来ればお二人を一緒に連れていきたいのですが、予期せぬ動きをするとそのまま違うオブジェクトにめり込んで動けなくなってしまうのです。計算され尽くしたスライド移動なので、下手なことをすると『*いしのなかにいる*』になってしまいます」
「なんでそんな危険な手段をとったのじゃ!?」
だって、これが一番早く安全に着くんだもん。
じつは、ガイアの地はゲームスタートの場所の近くにある。
通行できない山々に囲まれ、意味深に画面端に見切れる街のアイコンがそうなのだ。
なので、スタート地点に近いこの場所からバグ技を使い、そのままラストダンジョン前になるガイアの地へ行くのは、バグ技利用RTAには必要不可欠なのだ。まぁ、今回はクリアーが目的ではないので、すぐにこちらに帰ってくるが。
「さて、そろそろ山が見えてまいりましたね。ユピテル様。十分ほどで戻ってくるので、アンネと共に隠れてお待ちいただいてもよろしいですか?」
「う、うむ……じゃが、ワシの力では、獣一匹も退治などできんぞ?」
「あ、それは大丈夫です。そこの角の窪みにいると、グラフィックの関係上シンボルとエンカウント出来ない様になっていますので」
「……お主の言っておることはさっぱりわからん」
オリンポス・サーガは戦闘が基本的にシンボルエンカウントだ。マップ上に点在する敵のシンボルにぶつかると戦闘がはじまるタイプだ。
が、不思議なことに、敵キャラが入ってこられない場所が存在する。ゲーム中だと意味は特に無いように思えたが、いまはそれがありがたい。
「じゃ、じゃがじゃが、もし、万が一にも襲われでもしたら……」
「その時はこれをお使いください。すぐに駆けつけますので」
そう言って俺は小さな鈴をユピテル様に投げる。それを落っことしそうになりながらも受け取ったユピテル様は、怪訝な表情を浮かべる。
「どうせこれも、お主のヘンテコなアイテムなのじゃろう。もうよい。すぐに帰ってくるのじゃぞ!」
「イザヨイおじちゃん、よくわかんないけど頑張ってね! あと、今度その面白そうなの教えてね!」
「勿論です。これは将来的にはみんなに使っていただきますので。それでは、言って参ります!」
遠ざかる二人に手を振りながら、俺はスイーッと木々を通過していく。そして、天まで伸びるようにそびえ立つ岩山にぶつかり……いや、ぶつからず、そのままスイーッとめり込んでいく。
「でも、これよく考えたら奇妙なんだよな。人間とか動物にぶつかったら、どうなるんだろう……?」
そうなれば、マジで合体事故である。女神で転生な世界の、荒廃したシンジュクで戦うことになりそうだ。
「……っと、そろそろだな」
視界がパッと明るくなり、先程までの長閑な景色とは正反対の光景が飛び込んでくる。
見渡す限り戦いの傷痕がびっしりと刻まれ、あちこちから怒声と悲鳴と狂気の声が聞こえてくる。
「一番最初にこのマップを見たときは、間違えて来てしまったのかとあせったなぁ。もう懐かしい思い出だ」
そこらに転んでいるのは何の死体なのか。それらを踏みつけつつ、俺は目的地へと向かっていくのであった。
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