第8話 安心したいので、履いてください


 一筋の黒い影となって森を駆ける。

 やはり、と言うべきなのか、この体は元の俺とは比べ物にならないくらいに超人的である。

 先のゼピュロスたち千の魔物との戦いでも実感してはいたが、これだけ動き回っていてもまったく疲れないのだ。


 どれくらいの時間を走り続けただろうか。森を抜け、草原を走り、また森へと入る。始まりの村イーリアスがあるこの辺りはいくつものが密集しており、他国からの進行を防ぐ天然の障壁としての役割を果たしている。

 ゲーム中にあるイベントの【コンバット・バトル】ではこの森を使って敵の動きを限定し、挟撃や背面からの不意打ちなどをして、多くの敵と渡り合う必要があったりする。なので、大体の地形は頭に叩き込んでいる。


「ここくらいまで来れば、人はほとんどいないはずだ」


 記憶を頼りに、小川の近くにある開けた場所へと到着する。

 俺の腕に抱えられている二人は早々に眠りについており、まさに天使の寝顔を浮かべていた。


「本当に、カメラが欲しいぜ……ん? そういえば、二回目のリメイク版ではスクリーンショット機能が追加されていたな……あれって、この世界の技術で再現とかされていないのだろうか」


 時代、というものだろう。数代のハードを越えてリメイクされた【オリンポス・サーガ アナザーゴッデス】では、ゲーム画面ほ保存するスクリーンショット、所謂スクショ機能が存在していた。

 見目麗しい姿になったオリンポス・サーガのキャラクター達を記録に残せると、わりと好評だった気がする。俺はバタ臭くなってしまったキャラクターがあまり好みではなかったので、百回ほどクリアーした後に結局オリジナル版に戻ったのだが。ドット絵最高。

 ちなみに、これのせいで俺のゲーム内データ容量がパンパンになってしまったのは余談だ。九割九分はアンネのスクショなのだが。


「暇が出来そうなら探してみるか。そういえば、魔王は俺の顔を写し出していたし、あってもおかしくはないよな……っと、起こさないように、慎重に」


 柔らかな地面を探し、腕に抱いていた二人をゆっくりと下ろす。そして、周囲に落ち着いていた枯れ木を集めてくると、焚き火を用意して暖をとる。

 ゲームスタート時点の季節は、蛇使いの月の半ば。元の世界でいうところの秋にあたるので、夕方くらいになるとだいぶ肌寒くなってくる。俺は羽織っていたマントを鎧からはずすと、並んで小さな寝息をたてている二人にそっと被せた。


「さて、と。これからどうするかなー」


 俺の姿は魔王の映像によって全世界に知らされたことだろう。なので、出来れば人の集まる街は避けたい。が、人間は生活をするのならば人との関わりは絶対に必要である。まったく街に入らないということは不可能だろう。

 もしも俺がなんでも出来る、元の世界で流行りの生産チート系の能力でもあれば自分の住む環境を整えられたのだろうが、いまの俺にあるのはゲーム中最強とも言われるこの体と、親の顔より見たクリア画面をほこるオリンポス・サーガの知識だけだ。


「とりあえず、これから何が起きるかがわかっているだけでも、かなりのアドバンテージがある。やはり、目指すは魔王軍との最前線になるガイアの地だろうな」


 ガイアの地。そこは、魔王の住む魔大陸と隣接している、人類にとっての盾であり剣でもある場所だ。神々の祝福の地であり、魔王に対抗するための様々な要素が詰め込まれた場所である。

 まぁそのせいで、ゲームでは終盤も終盤に行ける場所なんだけども。だが、ここはフラグ管理をされたゲームの中ではない。行く手段と方法がわかっていれば、今からでも行くことができるはずだ。


 何より、ガイアの地を目指す目的は、ここの住人であれば恐らくであるが俺を受け入れてくれるはずという予想がある。

 現在、俺は魔王のお知らせのせいで人間側にしてみればどう扱えばいいのか不明の存在である。むしろ、中には早々に魔王に差し出してしまえとなっていてもおかしくはない。なので、俺は迂闊には街に入れないし、他人の世話になることもできない。気分は、ゲーム中に犯罪行為を行ってしまった気分だ。俺は悪くないのに。


 ガイアの地は魔王軍との最前線であるので、魔王軍に対しての敵対心が強い。どれだけ強いかと言えば、街で魔王軍との戦いになった際には、売店のおばあちゃんまで戦いだすレベルで高い。そして、おばあちゃんは滅茶苦茶強い。

 なので、俺が街に行っても、魔王に差し出されないのではないかという思惑がある。実際、終盤イベントで仲間になる元魔王軍の兵士であっても、魔王と戦うのであればと受け入れてくれる場所だからだ。


「しかし、そうなると山を越えなければいけなくなるな。マジで、フラグの管理のせいで山に囲まれた場所になっているとか勘弁して欲しいぜ」


 ガイアの地は、キャラクターが通行できない山で囲まれた場所に存在する。そこに至るにはダンジョンを二つ越え、ゲーム中で下手をすればラスボスの魔王以上に面倒くさいボスを倒し、とあるアイテムを使ってワープしないと到着することができない。

 一度到着してしまえば、空を移動できる乗り物【魔導船】を手に入れられるので、いつでも外と行き来できるようになる。なので、他に空を移動する手段があればそのままガイアの地に乗り込むことはできる。

 イザーグを使う事が出来ないのであくまでも予想ではあるが、この体だけであれば恐らくダンジョンを越えることはできる。しかし、その先に居るボスは攻略することが出来ないのだ。超人的なこの体をもってしても、あのボスたちの攻略だけは無理だ。


 ということで、これから俺はどうにかして空を自由に飛ぶ手段を探さなければいけない。


「そーらを自由に、飛べたらなー」

「はい、【天空神の衣】ー」

「…………はい?」


 考えが纏まらない頭で適当に歌っていたら、突然隣から合いの手が入る。

 見れば、いつの間にか起き出したユピテル様が、俺になにやら真っ白な布を差し出してきていた。


「なんです、この白い布は? ハッ!? も、もしや……これはユピテル様の御体の聖域を守護する、大事な……」

「阿呆かお主は。そんな物を差し出してどうする気じゃ。それにそもそも、神が下着など履いておるわけなかろう」

「…………それはそれで色々とまずいので、街に着いたらまずは下着屋にいきましょう」

「別に必要とは思わんがのう。神にしてみれば、人間の裸もそこにおる鹿の裸も変わらん。そもそも、羞恥心などというものは、お主ら人間しか持たんものじゃからのう」

「今晩の食料ゲットぉッ!!」


 素早く懐にしまっていたナイフを抜き放ち、鹿の喉を斬り飛ばす。うむ、流石はゼピュロスから奪い取った魔導倶。凄い切れ味だ。


「それでも、人間社会に生きるのであれば郷に従ってください。で、結局この白い布はなんなんです?」


 流石、泉の女神関連のイベントだ。俺ですら知らないアイテムや話が次から次へと飛び出してくる。


「ワシは今でこそ、こんなちんちくりんの姿をしておるが、元々はナイスバディの偉大な天空の神なのじゃ。これはそんなワシが天空の神であることを証明する、まさに神器というものじゃのう。軽く説明すると、これがあれば空を飛ぶことができる」

「な、なんですって……?」


 俺は驚愕に目を見開き、体を震わせる。


「ふっふっふっ、どうじゃ? 凄いじゃろう! 人間ごときの魔術では到達できん領域のアイテムじゃからのう」

「ユピテル様が御力を取り戻すと、そのお姿ではなくなってしまうということですか!?!?」

「驚くところそこッ!?」


 いや、そりゃあそうだろう。そこ以上に大事な部分が、いまの説明であるぅ!?

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