第6話 電気一発、あんま治療


「これはこれはユピテル様。もう天使との戯れを終えられてしまったのですか?」


 まだ脳内に焼き付け足りていないというのに。残念でしかたがない。


「なにやら話が聞こえてきたからのう。それに、ふっふっふ……」


 ユピテル様は悪戯な笑みを浮かべて手を天に掲げる。


「アンネたちより捧げられたこのシロワシクサの冠によって信仰心を補充できたワシは……最強じゃッ!!」


 突如、ユピテル様の真上にだけ暗雲が集まり始める。いきなりの展開に皆が目を白黒させていると、ユピテル様はさきほど疑いの声をあげていた男性を指差した。


「おい、小童よ。よく見ておれ……これが、雷霆の力じゃッ!!」


 刹那、眩い閃光と共に一筋の稲妻が男性の脳天に直撃した。男性は声をあげることも許されず、稲妻の餌食になって地面に叩きつけられ吹き飛んだ。


「見たかッ! 知ったかッ! 感じたかッッ!! この神の力をぉ!! たかが人間が神を試そうとは、片腹痛いわッ!!」


 なんの前触れもなく行われた神の裁きに、皆は目を点にして動くことが出来なかった。いな、一人を除いて。


「いててて……ん、んん? あれ? まさか……」


 この中で唯一動けた存在。それは驚くべきことに、ユピテル様の稲妻に撃たれた男性であった。


「な、治ってるッ!! 長年苦しめられた、腰痛が治ってるぅ!!」


 男性はその場で腰をグリグリ動かしたり、ピョンピョンと跳びはねて体の調子を確かめる。そして、自身の体の具合が良くなっているのを感じ、ユピテル様の前に跪いて頭を下げた。


「お許しください、ユピテル様……この様な偉大なる女神様を疑うなど、このゴンズの不徳と致すところでございます。これからは心を入れ換え、ユピテル様を信奉致す所存です」


 文字通り、雷に打たれた様に態度が180°変わったゴンズ。その様子を見て、他の村の老人たちも次々と跪き始める。


「あのゴンズの腰痛を治してしまうとは……おぉぉ、まさに神の奇跡だ」

「もう二十年以上かしらねぇ……もう治らないとばかり思っていた腰痛だったものねぇ」

「わ、わしらもユピテル様を信ずれば、腰を治して貰えるのかのぅ……?」


 皆、ユピテル様の体現なされた奇跡を目の当たりにし、信仰心を捧げ始めた。うむ、ユピテル様は偉大なる女神様なのだ。のじゃロリは至高。健康にもいい。

 そんな事を考えていると、なにやらユピテル様の肩が小刻みに震えていた。信奉者が増えて、喜んでおられるのだろう。威厳を保とうとして笑みを堪えておられるに違いない。


 そう思ってユピテル様の御尊顔を横目でみると、何故か涙目になっていた。


「わ、ワシは人間ひとりすらまともに撃ち抜けぬほどに腑抜けになってしもうたのか……」




 結局、村のご老人達に受け入れられたユピテル様は、アンネら子供たちの援護もあって村に迎え入れられた。あまりにも落ちてしまった力の現実にご機嫌斜めになられているが、ご老人たちにちやほやされるの状況には満足されている様子だ。ブスッとした表情のなかに、時おり笑みを堪えようとして口許が笑いそうになっている。かわいい。


「さて……無事に村に入ることが出来たか。とりあえずざっとみた感じ、魔王軍による被害はなさそうだ」


 村の医者に聞けば、本日の怪我人は転んで膝を擦りむいた少年と、誤って膝に矢を受けてしまった若者くらいのものらしい。どう誤ればそうなるのか。気をつけてほしい。


「んー……もしや、これは早々に目的を達成してしまったのでは……? アンネも無事、イザーグも魔王軍から足抜けして平穏な生活を手にいれた。おぉ、やったか?」


 世の中、言霊というものは存在する。フラグを立てればきっちりと回収をしてくるのが世の定め。

 俺の発言を待ってましたと言わんばかりに、いきなり空を大きな影が覆った。


『我が名は終焉にして始まりの魔王である。矮小で愚かな人間共よ、聞くがよい』


 あー……そういえば、そんなイベントあったわ。

 ゲーム序盤イベントにて、フレイアがゼピュロスを退けたあと村を脱出し、イザーグの追撃から逃れた後に起こる、全世界に向けた魔王の演説イベントだ。

 正直、別に聞こうが聞かまいがゲーム進行に関係ないので、俺はだいたいスキップしていた。内容として、『俺は世界を魔族の住みやすい様に人間を滅ぼすため、喧嘩を売るぜ。もし生き残りたければ降伏をし、勇者の首を差し出せ』というなんとも情けないものだ。

 いや、まぁビビってるんだろうね。ミーミルの予言は絶対だから、なんとか覆そうと必死に。


『さきほど我々が行った進行作戦により、三つの国を滅ぼした』


 お、早速効果が出てるな。この台詞は確か『四つの国』だったはず。俺がゼピュロスを倒したから、内容が変わったのだろう。


『だが、その際に我の臣下を手にかけた不届き者がおった。そこで、我はお前たち人間共にひとつの提案をしようではないか。この者の首を我に捧げれば、暫しの間貴様らに平穏を約束しよう』

「……え?」


 魔王がそう言いながら空に映像として写したのは、なんとイザーグの顔であった。

 ポカーンと口を開けながら空を見ていた村の面々の首が、一斉にグリンッっと俺の方向へと向けられる。


「い、いやいやいや! 見てみてッ! Look! あれ、ほら、あれには顔にこんな大きな傷ないでしょ!? 別人、別人だからッ!!」

『なお、この者はいまは顔面に斜め十字の大きな傷を持つ』

「いやああぁあああぁッ! 魔王のバカあぁぁぁぁぁッ!!」


 なんで俺の平穏を邪魔しようとするのよッ! いったい、誰のせいでこんなことになったのよッ!

 はいッ、俺です! 無駄にカッコつけて魔王軍にメンチ切ったのは俺です、はいッ!! 三時間くらい前の俺のバカあぁ!!

 ちくしょう、これが運命を変えた罰なのね……。


「落ち着かんか馬鹿者。女みたいな言葉遣いになっておるぞ」


 ぐいっと服の袖を引っ張られ、俺はハッと意識を引き戻す。見れば、アンネと手を繋いだユピテル様が隣に立っていた。


「失礼、漏れました」

「まぁ、お主が何者かは知らんが、とんでもない事をしたのであろう。一先ず、経緯を話せ」

「……あれは、今から三十六万……いや、一万四千年前だったか」

「遡りすぎではないかのうッ!?」

「冗談です。気が動転してまして。あれは、いまから少し前に遡ります……」


 ここまで大事になってしまってはこれ以上隠しだてはできないと、俺はゼピュロスたち魔王軍と戦った事を端的に伝えた。勿論、俺が実は別の世界の者で、この世界はゲームなんですぅなんて脳内お花畑な話はしていないが。

 村の人たちも最初は興味深そうに聞いていたが、徐々に自分達がいかに滅亡と隣り合わせだったのかを自覚し始め、顔を青くさせていく。


「で、では……イザヨイ殿がおらねば、わしらは冷たい土の下にというわけだったのか」

「いや、魔物の腹の中でう○こになるのを待つだけでしたね」

「お主、もう少し言い方というものがあるじゃろう……まぁ、何故それほどの神気を纏っておるのか、その話を聞いてなんとなしに理解したわい」


 なにやらユピテル様は一人で頷き、納得をされていた。だが、俺を含めて他全員はよくわからないので、是非説明をしてほしいのだが……なにやら思考に没頭しだしたので邪魔はしないでおこう。

 とりあえず、これからどうするかではあるが、村の人たちも急な話にどうすればいいのかと議論を繰り返している。幸いにも、誰も俺を魔王に差し出そうなんて言わないのが唯一の救いだ。

 が、別にそういう人がいても良いとは思っている。というより、むしろそれが自然だろう。

 確かに、俺は村を救ったことになる。が、このままでは結局魔王軍の襲撃を受けてしまうのはこの村であるし、なんならこの村の決断次第で世界の束の間の安寧が得られるのだ。そっちの方が普通はよっぽど価値がある。


「……これ以上皆様にご迷惑を御掛けできません。私はここを去ります。その代わりといってはなんですが、ユピテル様をこの村で匿っては貰えないでしょうか」


 ひとまず、俺がこの村を去ればこれ以上村に迷惑をかけることはないだろう。アンネの行く末を見られないのは残念だが、俺ひとりであれば魔王軍程度造作もない。だが、いくら神とはいえ、いまのユピテル様をお守りしながらは正直厳しい。なので、ユピテル様をこの村に預けようと思ったのだ。


 頭を下げる俺に、村の人たちはどうしたものかと言葉を詰まらせていた。

 だが、そんな静寂を破ったのは、俺の頭を叩く鈍い音だった。

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