第5話 信仰とは、己の信ずる道が創るものなり


 ユピテル様を肩に乗せてしばらく歩いていくと、遠くの方に始まりの村イーリアスが見えてきた。

 先程まで近くに千の軍勢が迫っていたなどとは到底思えないほどに長閑で、入り口の門近くでは数人の子供たちが野花を積んで遊んでいた。


「あッ! イザヨイおじちゃんだーッ!!」


 愛くるしい子供たちの中でも、一際眩しく輝く笑顔の少女がこちらに大きく手を振ってくれた。


「アンネちゃん、あの人知ってるの……?」

「なんだか……あの人怖くない?」


 周囲の天使たちが俺の姿を見てざわつき始める。それもそうだろうなぁ。漆黒の鎧とマントに、金属製の義手。更には二本の大剣を背中に担いだ厳つい男を怖がらない者はいない。


「んーん。イザヨイおじちゃんは怖いおじちゃんじゃないよッ! だって、『村を守ってくれたんだもんッ!』」


 やはりアンネは天使だった。この穢れなき笑顔を、心を守れただけでも、俺は命を賭した意味があったというものだ。


 ん……?

 なんか、いま結構謎のワードがでなかったか?


「これはイザヨイ殿。戻ってこられたようじゃが、何用があってからかのう?」


 はい、やはり来ました。門番のバルじいさん。ゲーム中でも、一度村に入ったフレイアを絶対に村の外に出すまいと60fpsの勢いでブロックしてくる鉄壁の門番。何かあればすぐに駆けつけるその様は、オリンポス・サーガのAL●OKと名高い。なお、バルじいさんブロックをすり抜ける方法はバグ技存在するが、いまは置いておこう。


「先程は失礼致した。私はこの方をお迎えするために、急いでおったもので」


 肩に鎮座していたユピテル様をそっと地面に降ろし、俺は跪いて畏まる。ユピテル様はなんだかよく解らないという表情をされていたが、俺の態度を見て気分がよくなったのだろう。腰に手を当てて精一杯胸を張り、どや顔を決めている。うむ、かわいい。


「ほうほう、こりゃあ可愛い子じゃ。む? 何処となしに、泉の女神像にも似ておる気がするのう……?」


 鋭い。流石、一見するとモブじいさんの癖に、王国の首都に行けば知らぬもの無しといわれる伝説の兵士。


「御明察の通り、ユピテル様は泉の女神様でございます。故あって世界を巡られるにあたり、私が従者として付き添っているのでございます」

「ほう! 泉の女神様そのものじゃったか! とすれば、村の伝承は本当だったのか……? こうしてはおられん。すぐに村長を呼んでくるゆえ、しばし待たれよッ!!」


 バルじいさんはそう言い残し、60fpsの滑らかな動きで村へと駆けていった。なんであの爺さんだけ妙にぬるぬる動くんだ?


「ねぇねぇ、ユピテルちゃん」


 バルじいさんの背中を見ていた俺たちの背後から、天使の声が聞こえてきた。

 見れば、アンネを先頭に子供たちが集まってきており、ユピテル様のお召し物の袖を掴んでいた。


「む? なんじゃ?」

「一緒に遊ばない? いまね、みんなでお花の冠を作ってたの」

「ほう? おぉ、シロワシクサか。ワシを象徴する鷲の名を持つ草じゃな」

「わし、わし……? ふふふ、ユピテルちゃん、なんだか面白いねッ! 行こッ!!」

「わ、笑うでないッ! こう見えても、ワシは偉い神で……って、話を聞けいッ!!」


 子供たちはユピテル様を囲んでしまうと、そのまま手を引いて連れていってしまった。

 アンネ以外の子供たちはまだ俺に対しては警戒心があるものの、ユピテル様のお陰か少しだけそれも柔らかくなったような気がする。とはいえ、近づけばまた距離をとられそうな気もするし、俺は近くにあった石に腰かけて天使と神の戯れを眺めることにした。

 うむ……いま、物凄くカメラがほしい。高性能のカメラで彼女らの眩しい姿を記録しておきたい。が、残念ながらそんなものはないので、脳内カメラに焼き付けることにしよう。


「お待たせしました。私が村長です」


 誰だ、俺にとっての最高の時間を邪魔するやつは。ぶっ殺してやろうか。


「ま、待たれよッ! 落ち着いてくだされ、イザヨイ殿ッ!! その殺気は、普通の人間には強すぎるッ!!」


 なにやらぶっ倒れるおじいさんの前に立ちはだかるバルじいさん。退いて、バルじいさん。そいつを殺せないッ!!


 あまりにも不粋過ぎてちょっと殺気をお漏らししてしまった。どうやらこの倒れているおじいさんは村長さんらしく、大変残念ながら白目をむいて泡を吹き、即倒していた。

 村長が目を覚ますのに小一時間ほどかかってしまったが、幸いにも村長は倒れた時の記憶がすっぽりと失くなっていた。俺はなにもしていない、いいね?


「先程は大変失礼しました。改めまして、私が村長です」

「いえ、御体がご無事のようで、安心しました。イザヨイと申します」


 何事も無かったかの様に挨拶する俺に、バルじいさんは冷たい視線を向けている気がするが、たぶん気のせいだ。たぶん。


「それで、イザヨイ殿。あのお方が、泉の女神様というのは本当でございますか?」

「えぇ。私がこの目で見たので間違いありません。泉の中心にある像が眩い光を放ち、そこからユピテル様が降臨されました」


 俺の説明に、集まっていた村の人々はざわつき始めた。まぁ、言いたいこともわかる。


「ま、待ってくれ村長。そんな怪しい奴が連れてきた子供が、本当に約束の女神だというのか?」


 おっと、なにやら聞きなれないワードいただきました。約束の女神、ね。うん、これもオリンポス・サーガには出てこなかったな。恐らく、泉の女神関連のイベント周りは俺の知らない単語やフラグが飛び交っているはずだ。一字一句逃さず聞いていこう。


「約束の女神、とは何のことですか?」

「うむ……我がイーリアス村には、古くからの言い伝えが残っておるのだ」


 聞けば、この世界に大いなる災いが降り注いだとき、泉の女神が勇者を共に世界を救うという話だそうだ。


 それを聞いたとき、俺のなかでピンとくるものがあった。これ、オリンポス・サーガの会社が作った別ゲームの『エルシアン・サーガ』のストーリーだわ。

 エルシアン・サーガは、オリンポス・サーガのプロデューサーが指揮して作ったソフトで、サーガシリーズの最後になった、ファンの間では色々と物議を交わされた作品である。


 オリンポスの焼き直し、制作費不足の駄作、プロデューサーご乱心等々、色々と曰くのある一作だ。ちなみに、俺もプレイしたことがない。というのも、発売から一週間で何故か販売が中止になり、市場に殆ど出回らなかったからだ。

 なので、一部マニアの間では高値で取引をされるし、フェイクも多く見かけられた。さらに、このソフトが販売中止になった直後にプロデューサーは責任をとって退社。その後、ゲーム業界で彼の名は聞かなくなった。

 多くのファンを持つサーガシリーズが、『オリンポス・サーガがサーガシリーズの最終作』と言われるのも、大体これのせいである。


「確かに、イザヨイ殿がどうのこうのとは言わんが……ユピテル殿が真に女神様であるか、という点は私も気になるのう」

「ほう、ユピテル様を……あのお方に対し、疑心を抱くと?」


 はっはっはっ。

 我が神を疑うというわけか。


 よし、滅ぼすか。史実通りに。


「だ、から! 落ち着かれよ、イザヨイ殿ッ!」

「おっと、失礼。漏れました」


 今度はバルじいさんが直ぐに止めに入ったため気絶する人はいなかったが、危うくまた村長の尊厳をやらかすところだった。どうにも、この体になってから気が短くなった気がする。イザーグよ、もっとカルシウムとっとこうぜ。


「まぁ、私としましてはユピテル様が真に女神であろうとなかろうと、あまり関係がありませんがね。私は私の信じる推し信仰にのみ生きておりますゆえ」


 ひとつでも、一人でもあの笑顔を救うことこそが私の生きる意味であり、この世界に降り立った責務だ。


「うむ、その信仰心、天晴れじゃッ!!」


 突如、背後から聞こえてきた神の声。

 そこには、アンネ達から贈られたであろう花冠を大量につけたユピテル様が仁王立ちしていた。

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