第4話 既知の世界。されど、未知の世界


「ぐうぅ、痛ってぇ……」


 魔物の軍勢が去った後、俺は近くの泉で体に付いた血や、顔面に付けた傷を洗っていた。この泉はゲーム中にも登場する場所で、中心に意味深な女神を模した像が建っている。

 が、この女神像は実際のところゲーム中では何の意味もない。本当であれば、ここでのイベントも用意をされていたそうだが、当時のソフト容量の限界と開発期間の都合上無くなった、所謂【没イベント】というものだ。

 オリンポス・サーガには、こういった没イベントは多数存在する。当時のプロデューサーはどうしても組み込みたかったそうだが、残念ながらゲーム開発といえど彼らもサラリーマン。会社の意向と納期が弱点なのだ。残念ながら、リメイクの際には当時のプロデューサーは退社をしており、イベントは結局用意されなかった。


「でも……こう見ると、あの像って凄く丁寧に造られてたんだなって思うわ」


 いまにも動き出しそうな程に精巧な女神像。女神とは言っても、没イベントになったせいで何の女神かはわからない。だが、一般的に女神にありがちなボンッ、キュッ、ボンッ!なグラマランスな女神ではなく、とてもスレンダーで身長も低い、言ってしまえば俺たち変態紳士ロリコン受けの良さそうな像だ。


「ふむ……素晴らしきロリみを感じる。もしかすれば、このロリ女神様が俺をここに導いてくれたのかも知れない。推しアンネを救うことが出来るかもしれない機会をくださったことに感謝を……」


 そう言いながら女神像に感謝の祈りを捧げた、その瞬間。泉の中心から眩い光が放たれた。


「うおッ!? まぶしッ!!」


 あまりの眩しさに目を瞑りそうになったが、俺はなんとか堪えて泉の中心を見据える。そして、そこにいた蠢く存在に気がつく。


「あれは……女神、様?」


 光が収まると、崩れ去った女神像の台座に一人の少女が座り込んでいた。姿形は、先程鎮座していた女神像そのまま。だが、血色のいい肌はそれが石像出ないことを証明していた。


「おょ? ここは……どこじゃ?」


 眠気まなこで辺りをキョロキョロと見回す少女。うむ、その姿に似合ったいいロリボイスだ。その声で是非ツンデレ台詞を言って欲しくなる。


「ぬ? お主、誰じゃ? 『つんでれ』とはなんのことじゃ」

「むむッ!? まさか、脳内を直接……?」

「いや、普通に口に出ておったぞ。で、ここは何処じゃ? お主は何者なのじゃ?」


 おっと、欲望が脳髄を通り越して口に出てしまっていたようだ。だが……ふむ。困ったことに俺はこのロリ女神になんと説明すれば良いのかがわからない。場所は始まりの村【イーリアス】の近くにある泉だ。

 が、俺が何者であるかという部分は説明が難しい。別の世界から幼女を救いに来た……というのも間違いではないが、まぁ普通は引かれる気がする。元魔王軍の幹部で、いまは幼女を守る剣ですってのも、いい具合に頭がイカれている。

 なので、とりあえず誤魔化すことにした。


「えっと、私は女神様を信奉する者です」


 嘘は言っていない。ロリ女神様であれば、俺が信奉するのも間違いではない。実際、さっき祈りを捧げたし。


「そ、そうなのか!? わ、ワシにも信奉してくれる者が……」


 小刻みにプルプルと震えるロリ女神様。必死に嬉しさが顔に出ないよう、口許に力を入れているのがかわいい。


「勿論でございます。我々、変態紳士信奉者にとって、永遠の幼じ……若さをお持ちの女神様は、まさに理想とするお姿。年齢が一桁でないと許さないという邪教徒とは格が違います」


 変態紳士の中には、年齢が実際にロリでなければ受け付けないという『ガチ』の輩が存在する。勿論、ロリはロリであるので、それが決して悪いわけではない。が、それで数多の分化されたロリを否定するのは、傲慢でエゴだ。

 なので、俺はそう言った【原典派】とう者を忌み嫌うようになった。ロリは全て平等に愛すことこそ、変態紳士のサガだる。


「む? よう解らんが、まぁよい。お主からは途轍もない神気を感じるからのう。でじゃ……」

「はい、なんで御座いましょう?」

「とりあえず、ワシをここから降ろしてくれんかのう……?」



 ずぶ濡れになりながらロリ女神様を救出した俺は、枯れ木を拾って焚き火を作り上げる。火種は魔術でなんとかなるのは助かる。魔術が使えるって便利ね。


「して、お主はいったい何者なのじゃ? それほどの神気を纏っておりながら、聖職者にも見えぬし」

「私の事はどうぞ犬と御呼びください」

「そんな姿で犬はなかろうッ!?」


 おっと、また罵ってもらいたい欲が飛び出してしまった。


「私の名はイザヨイと申します。気がつけばこの様な場所におり、それ以前の記憶がないのでございます」

「ほう? 記憶喪失というやつかえ?」


 嘘はついていない。実際、このイザーグの体の記憶はすっぽりと俺には解らないのだ。なので、もしイザーグさんが何かやらかしていても俺は知るよしもないし、責任もとりたくない。


「まぁそのお陰で女神様とこうしてお話ができたのですから、人生何が幸いとなるか解らないものですな! ハッハッハッはっ!」

「記憶喪失のくせに、えらく前向きじゃのう……まぁ、陰鬱とされるよりもいいわい。ワシの名はユピテル。これでも一応、偉い神じゃと自負はしておったのじゃが……何故か、力の殆どが使えんようになっておる」

「はて、ユピテル……?」


 ユピテル……ユピテル……。

 ダメだ、思い出そうとしても何も出てこない。オリンポス・サーガの登場人物や神々であれば、どんなモブキャラや設定資料にしかいないやつでも思い出せるのだが、ユピテルという名は該当しない。

 恐らく、この世界はオリンポス・サーガの設定に沿いながら、ゲーム内に存在しなかった物や人がいるようだ。実際、先程の魔物との戦闘中にも、見たことのない魔物も存在していた。

 それはある種、俺にとっては脅威なことである。俺の持つオリンポス・サーガの知識が通じないということは、そのまま命を失う可能性にも繋がりかねない。


 だが、それでも俺はワクワクしていた。

 何故なら、未知の要素があるということは、開発者でも知らないようなオリンポス・サーガがそこにあるということだからだ。

 正直、自分でもイカれていると思う。しかし、そんなことは一万回以上同じゲームをクリアした時点でわかりきっていることだ。

 命の危険性よりも、未だ見たことのないオリンポス・サーガが見られる。そっちの方が、俺にとっては重要なのだ。



「申し訳ございません。記憶を失っているが故に、ユピテル様の御名を忘れておりました」

「記憶を失っておるなら已む無しじゃ。それにしても……これほどに力を失のうておるとは、いったいどうなっておるのじゃ?」


 それは俺に言われても解らない。オリンポス・サーガに登場しない神様なんて特に興味もないし、調べたこともない。まぁ、何処かで聞いたことがある気もするが。


「よければ、私と行動を共に致しませんか? この近くに村もありますし、一度立ち寄って話を聞いてみるのもありかと」

「なるほど。確かに、ワシも少し腹が減った。何か食べたいし……うむ、行こう。その村に」


 女神様って普通に飯を食うのか。

 とりあえず、門番のバルじいさんを何とかしなければならないが、なによりゼピュロスの軍勢が去った影響を知りたい。なので、フレイアとアンネの様子を見るためにも、一度村へと足を運ぶ必要もある。

 怪しまれるかもしれないが、ユピテル様の様な見た目が幼子が一緒にいれば何とかなりそうな気がしなくもない。少し打算的ではあるが。

 まぁ、最終手段として、『イザーグ? いや、イザーグにはこんな大きな傷なんてありませんよ。他人のそら似ですよ、はっはっはっ』で誤魔化そう。


 そんなこんなで俺はユピテル様の小さな体を肩に乗せ、始まりの村【イーリアス】へと戻るのであった。

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