第2話 辺境の花に影が差す

 さて、どこから話すか。王都育ちのアデリナは辺境の知識がないだろうから簡単に説明しておこう。俺とクラウスの故郷を知ってもらいたかったのもあるが。


 自国と敵国を分かつプロヴィル山脈のふもとにラバール自治領はある。リュノール滅亡の危機と言われた三十年前の戦役のあと、剣聖ヴィクトリーヌが戦争難民を集めて作った集落は自立し、自治権を与えられた。


 自治領と言えば聞こえはいいが、実状は山村にすぎない。領民が千人いるか怪しいのに自治権が与えられたのはヴィクトリーヌのせいだ。気性の荒い彼女を国につなぎ留めておくかせとしての領地だろう。こんな寂れた土地を管理したくないだけかもしれないが。


 そんな思惑は領民には関係なく、森を切り拓いた土地で穏やかに暮らしている。その中で俺とクラウスも育った。


 昔を思い返すが、浮かぶ映像は今と変わらない。木で作られた背の低い家屋、道は踏み固められただけの土。夜は暗く、かがり火をくことはあっても魔導の光などない。それでも、そこに生きる人から笑顔が絶えることはなかった。


 そこで言葉を区切り、エールをめる。ちょうどいい事に腸詰め肉が運ばれてきて、俺とアデリナの間で湯気をあげていた。


「前置きが長くなったが、これが俺の故郷だ。最初のうちはかなりひっ迫していて、こんなありふれたものすら口にできなかったらしい」

「支援はなかったのですか?」

「どこも復興するのに精一杯だから、あるはずがない。俺の家を見たら驚くぞ。領主邸宅だが山小屋と変わらん。まあ、どの家も同じだけどな」


 裕福とは言えないが木が売れたので何とかやっていた。森を切り拓き、製材にする。ついでに開拓した土地に畑を作った。足りないものは買うしかなかったが、辺境まで足を運ぶ商人などいない。王都から離れるほど治安が悪かったからなおさらだ。


 それでも領民は危険を承知で何日もかけて材木を売りに行き必要なものを買って帰る。幸運だったのは国境を警備している小隊が護衛してくれる事があったことだ。国境警備隊は時折現れるデルドルフ兵を警戒して何週間も山を巡り、自治領で休息をとる。その礼としての護衛だった。


 そして十年前、彼ら以外にも自治領に在中している軍人がおり、それがロランだと言うとアデリナは驚く。


「なぜラバール自治領にオヴェラ部長が?」

「当時のあいつは末端の諜報ちょうほう部員でな。好き勝手している領主の監視を命じられていたが、要は左遷だ」


 今と違って堅苦しく、すぐ法がどうの規則がどうの言うやつだった。それが原因で上官にうとまれたとうのに、自治領でも口うるさいのは変わらない。


 あの日も自治領に訪れていた国境警備隊へかみついていた。


 馬に乗った兵士たちは荷馬車を護衛し、出迎える領民に手を振る。彼らは革よろいを着込み魔導ライフルを肩にかけていたので騎兵のように見えるが、特徴的な鉄かぶとで国境警備隊とわかる。兜に取り付けられたゴーグルは魔力を流せば闇夜でも明るく見えるもので、奇襲を仕掛けてくるデルドルフ兵を探すために必要な装備だった。


 警備隊は馬を止め、荷馬車だけが広場の中央まで進む。待ちに待った物資に領民は群がった。自治領で手に入らない塩や穀物の到着を喜ばない者はいない。大人も子供も笑顔で迎えていたが、言い争う声で苦笑いに変わる。


 ロランが警備隊の隊長に詰めよっていたからだ。


 士官服をきっちり着込み目深く制帽をかぶった姿は、十年経った今と変わらない。ついでに言うと目つきが悪くて頬がこけている顔もだ。


 ロランは馬上にいる隊長に向けて厳しい言葉を投げかける。


「国境警備隊の任務は護衛ではない。何度言えばわかる」

「持ちつ持たれつだって言ったろ。毎回同じ事言わせるなよ」


 隊長は馬からおり、鉄兜を脱いで頭を振る。癖のある黒髪がバサバサと踊った。


 兵卒といえば男ばかりだったが、戦役で戦えなくなった者が多すぎて女も従軍するようになっていた。警備隊の隊長もそのひとり。暇があれば煙草をふかしていて口は悪いが、子供たちからは慕われていた。


 彼女はロランの厳しい声におびえる少女の頭をなで、懐から小さい布袋を取り出す。


「ほら、お土産だ」


 袋を受け取った少女は中を除き、花を咲かせたような笑顔になる。


「ソレーヌの種!」

「花畑は大きくなったかい?」

「うん! 今から見に来て! 黄色い花がいっぱいできれいだよ!」

「あとで行くよ。待ちきれないんだろ? 早くいてくるといい」


 少女は友達を集め、礼を言って領地外れにある花畑へ駆けていった。それを見送る隊長の目は母親のように優しい。


「ここは良いところだと思わないか? 子供が花を育てて笑っている。守ってやりたいね」

「気持ちはわかるが、君の隊が持ち場を離れたせいで敵国の侵攻を見落すかもしれない。そうなった時の被害は荷馬車どころではない」

「滅多に現れないデルドルフ兵よりこっちの方が大事さ。王都から離れれば離れるほど治安が悪いのは知ってるだろ」

「それでも規則は規則だ。兵士がそれでは統率など取れない」


 街へ買い出しに行った者が襲われた事もあった。それはロランも知っているが引かない。それほどまでに規則を重視し、ちょっとしたことで絡んでくる男だった。


 逆に国境警備隊の女隊長は規則なんて必要に応じて守るものだと考えている。そんな二人だから顔を合わせるたびに言い争っていた。領民も慣れたもので誰も間に入ろうとしない。警備隊員ですら、また始まったかと笑うばかり。それが二人の関係だった。


 どちらも引かないため口論は終わりそうもなかったが、横やりが入って中断される。警備兵のひとりが馬を走らせてきて隊長の元に降り立った。


「隊長! まずい! 強盗団がここを襲う計画立ててる!」

「レオ。勝手に隊を離れるなって言ってるだろ。それで、なんだその男は?」


 馬にはもうひとり乗っていた。というより運ばれていた。両手両足を縛られ、荷物のように扱われている。


 レオと呼ばれた隊員が、その男を引きずり落とすと、腰を打ちカエルを潰したような声を上げた。


「いや、見回ってくるって言ったぞ。ああ、そんな話をしてる場合じゃない! 強盗団だ、強盗団! こいつが森の中からこそこそ自治領の様子をうかがってたんだ。捕まえて吐かせたら襲う計画してると」


 隊長は男の髪をつかんで顔を上げさせる。


「その話は本当か?」

「うそなんか言ってねえ。正直に話したんだから見逃してくれよ。俺は手を引く。女神に誓ってだ」

「強盗団の規模と武装は?」

「百人。剣聖がしこたま貯えてるって話を聞いた連中が集まってる」


 あまりの数に隊長は顔をしかめる。髪をつかむ手に力を入れ、ならず者は悲鳴をあげた。


「いてぇって! 本当だ!」

「武装は?」

「剣とかやりだ。それと魔導ライフル。数は知らねえ」

「吹くのも大概にしな! 簡単に手に入る代物ではない!」


 隊長は手を振り下ろした。男の顔は固い大地にたたきつけられ、痛みで声すらでない。代わりに見守っている領民から悲鳴が漏れた。


 土にまみれた顔を上げさせ、同じ問いを繰り返す隊長の手をロランがつかむ。


「おそらく本当だ。先月、兵站へいたん部の補給部隊が襲撃された。二十名の兵士は全滅。奪われた物資には魔導ライフルも含まれていた。数は五十」

「くそっ! 多いな。誰か! こいつを閉じ込めておけ!」


 これ以上の情報は得られないと判断した隊長は部下に指示を飛ばす。男は引きずられながら、話が違う、と叫んでいた。


 武装した強盗団が略奪しにくる。それは、かつて戦争により焼かれ、奪われた者たちに悲しみと苦しみを思い出させた。いくら時間が経とうとも忘れられはしない。再び奪われる恐怖は体を強張らせ、戦いを知らない若い者へ伝わる。


 広場が悲痛な声で満たされるまで時間はかからなかった。

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