第5話 諜報部長の導きと司祭の導き

 兵器工場を出た俺は、ロランに呼び出されている大聖堂を前にしていた。


 青い屋根を持つ教会の本部はまわりの建物と比べるとひときわ大きく、さらに高い二本の塔は雲を突くようだ。


 夕礼拝を終えた王都の民は大扉を通って帰路につく。俺はその流れに逆らって進み、すり減って黒光りする長椅子の端に腰を下ろした。ざっと見回したところロランはいない。まだ来ていないのか、それとも帰ってしまったか。とにかく、しばらく待ってみる事にした。


 やたらと広い礼拝室にはまだ多くの人が残っており、祈りを続けている者や司祭に祝福を授けてもらっている者、涙ながらに悩みを打ち明けている者とさまざまだ。そんな彼らをながめていると、腰の曲がった老人がつえを頼りに近づいてきて俺の前の席に座る。その声は小さかったがロランのものだった。


「待たせたか?」


 俺は周囲に気を配る。周囲に人はいないがロランにだけ聞こえるよう、丸められた背中に向かって問いかけた。


「いや。それより、その姿はなんだ?」

「私が動いていると感づかせないためだ。今の段階ではどこに敵が潜んでいるかわからない。用心は必要だ」


 ロランは帽子を深く被りなおして背をさらに丸くする。逆に俺はふんぞり返って足を組んだ。


「俺はいいのか? 行動を隠す気はないぞ」

「ケヴィンはそれでいい。お前は光だ。罪人は光を恐れて尻尾を出すだろう。そして諜報部われわれは光が作る影で暗躍する」

「要するにおとりじゃねえか」


 俺がぼやくと、ロランの肩がわずかに震えた。


「そうとも言う。査察の報告を聞こう」

「検査のやり方に問題はない。魔導制御板の持ち出しは不可能だ」

「抜け道は?」

「人がいない時間を狙って潜入、管理官の共犯、疑いだしたら切りがない。ただ、作業員だけでの持ち出しは無理だな」


 そう言いつつも引っかかるものがある。それが何かわからないので口には出さなかった。それよりも言いたい事がある。足を組みかえるついでにロランが座る長椅子の背を蹴った。


「お前、最初から俺の友を疑っていたな? なぜ黙っていた」

「ケヴィンなら説明されずともわかるはずだ」


 衛兵殺害は新型の強化兵である可能性が高い。そして試作型魔導ライフルの作業者にクラウスがいる。おそらく義足に魔導制御板を隠してしまえば検査をすり抜けられると考えたのだろう。


 疑いをかけるには十分すぎた。その上で、あいつと親しく、諜報部に所属していない俺に捜査させるのは合理的といえる。


「お前の考えがわかったから文句を言っているんだ。そこまで調べて何故あいつを捕まえない? 諜報部なら疑った時点で動くはずだ」

「言ったはずだ。武闘派からの横やりが入ったせいで工場に手を出せないと。それは作業員に対してもだ。個人的に調べたはしたが、それ以上は何もしていないし、できない」

「そうかよ。しかし、あいつの義足は魔導を使わない単純なものだ。だから工場の魔導制御板検知に引っかからない。実行犯とは違う」


 俺の言葉でロランが身じろぎしたが、すぐに動きが止まった。おおかた煙草を取り出そうとしたのだろう。考えをまとめるために吸いたくなったが礼拝室にいる事を思い出して止めたに違いない。


「魔道具なしの義足か。そこまで調べられなかった」

「なあ、新型の強化兵ってどんなのだ? お前の秘書官は詳しく知らないと言っていた。それが今回の鍵かもしれない」


 その質問に対してロランは沈黙していたが、話せる範囲でしか教えられない、と前置きをした。


「これは倒した強化兵を解体して判明した情報だ。簡単に言えば生身の手足を義肢に置き換えたのが新型の強化兵。リュノールうちの義肢は取り外しができるが、デルドルフかれらのは違う。肉体と融合している」

「なんだと?」


 とんでもない内容を聞かされて思わず大きい声が出た。さっとまわりに目を走らせる。大丈夫。不審がられていない。しかし小声に戻す事はできたが早口になってしまうのはどうにもにらなかった。


「体からよろいを生やすのか? ありえない。それは神の領域だ。人に許される行為ではない」

「鎧に限らず生身にしか見えない義肢もあれば、獣のようなものまで存在すると聞く。とにかくこれが現実だ。残念ながら制御技術が大きく異なるらしく、解析は進んでいない」


 次々明かされる情報に言葉をつまらす俺へ、ロランが追い打ちをかける。


「これは機密事項だ。捜査に必要と判断したため話したが口外するな」

「できるはずがない。話したところで誰も信じやしないだろうがな」


 軽口をたたいたせいか、ようやく落ち着きが戻ってきた。


 あの路地での犯人像を思い返す。壁から壁へ跳び、衛兵を蹴り飛ばした力。それは人間離れしすぎていた。脚力を発揮するには強い腰が必要であり、衝撃は全身へ負荷をかける。いくら優れた義肢であろうと生身部分が耐えられるとは思えない。その疑問をぶつけると、ロランはわずかにうなずいた。


「さすがは剣の達人といったところか。即座に肉体への影響を思いつくとはな」

「茶化すな。それでどうなんだ?」

「答えはわからない、だ。負荷を軽減しているのか、強化兵が使い潰しなのか、全て不明。どちらにせよ魔導医療に発展したデルドルフらしい技術だ」


 つまり、見た目で判断できるかもしれないし、できないかもしれない。どれほどの力を秘めているかもわからない。確実なのは魔導制御板検知に引っかかる事ぐらいか。しかし、どんな技術だろうが魔導は魔導だ。魔導制御板なくして機能しない。


「となると、強化兵である犯人がどうやって魔導制御板検知を潜り抜けたかが鍵か」

「それは工員に犯人がいると言っているのと同じだ。ケヴィンが認めるとは思わなかったな」


 ロランが言う工員がクラウスを指しているとわかり、怒りがわき上がるが気力でねじ伏せる。


「俺が動いているのはあいつを捕まえるためじゃない。無実を証明するためだ。それを忘れるな」

「肝に銘じておこう。大変だろうが引き続き頼む」


 ロランは席を立ち、背を向けたまま杖を突いた。


「じきにヴェンデル秘書官が来る。合流してくれ」

「わかった。もうひとつ聞きたい事がある」


 俺はベルトから鍵を抜いて落とした。衛兵殺害現場で拾ったそれは踏まれて滑らかになった石床で跳ねて、ロランの足元へ転がる。


「衛兵殺害現場で拾った。鍵の紋章に見覚えがあるが思い出せない」


 ロランは鍵を拾って、俺の手に落とした。


「この天秤てんびんはベルナール商会のものだ。数字からすると貸金庫だろう」

「くわしいな」

「別件で調査を進めている」

「わかった。明日にでも当たってみる」


 杖を突く音が遠ざかって行った。さて、あとはアデリナを待てばいいのか。鍵をベルトにねじ込んで顎髭あごひげをしごく。


 犯人は兵器工場から魔導制御板を持ち出した。疑われているのは工員であり、そのひとりがクラウスだ。諜報部の頭が押さえつけられているから野放しになっているが、事態が深刻になればロランは動く。どんな手段を使ってもだ。そうなればクラウスも捕らえられる。それが俺を苛立たせた。


 ざわめく心を落ち着かせようと目を閉じ、深く息を吸って、吐く。それを数え切れないほど繰り返していると、足音が近づいてきた。


「お悩みのようですね」


 柔らかく落ち着いた声をかけられてまぶたを上げると、年老いた司祭がほほえんでいた。


「私では助けになり得ませんが、話をうかがう事はできますよ」

「救えないとはっきり言うんだな」

「ええ。それをもたらすのは女神様ですから」

「なるほど。いくら寄進すれば女神様に取り持ってくれるんだ?」


 苛立ちが言葉にとげをつくる。怒らせて当然だったが司祭は笑みを崩さない。


「私の役目は言葉を伝える事ではありません。私に頼らずとも女神様は全ての声に耳を傾けておられます。そして救いと罰を等しくお与えくださる」


 罰だと? 幼きクラウスから足を奪った事が罰のように聞こえて顔をしかめた。村を略奪し、焼き、死体の山をつくったのは暴走した兵士だ。罰はそいつらが受けるべきではないのか?


「教えて欲しい。俺の友は戦火で命以外の全てを奪われた。それが無垢むくな幼子が受ける罰なのか? それに死にかけていたところを救ったのはただの人間で女神ではない。救いと罰を与えるというなら、なぜ、あいつを、救ってくれない?」


 正直なところ頭に血がのぼっていた。それなのに心は冷たく落ちていく。きっと殺意に満ちた目をしているはずだ。それなのに司祭は俺の目を真っすぐ受け止めて、温かい笑みを絶やさない。


「女神様のご意思は人の思惑をはるかに超えており、うかがい知りえないものです。ですので私の推測をお話ししてもよろしいでしょうか?」


 俺がうなずくのを待ってから、司祭はよどみなく言葉を紡ぐ。


「あなたのご友人が失ったものは大きく、苦しいものです。しかし、その苦しみを知った事で、もっと大きな罪を犯さずにすんだのかもしれません」

「仮定の話か。何もわからないと言っているようなものだ」

「はい。なにせ女神様のなさる事ですから。しかし私でもわかる事はあります」


 何がわかる。それを言う前に司祭は答えをくれた。


「あなたのご友人が笑っておられるなら女神様は見守っておられます。いかがですか?」

「……あいつはいつも前向きで、楽しそうだ」

「でしたら問題ありません。もし、その顔が曇ったらあなたが手を差し伸べてあげてください」


 女神が救ってくれるんじゃないのか。思わず吹き出しそうになった。


「何で俺なんだ?」


 司祭は顔に刻まれたしわをさらに深くして目を細めた。


「ご友人は女神様より、あなたに手を差し伸べられたほうがうれしいでしょう。あなたはこんなにも思いやっておられる」

「俺は……そんな大層なものじゃない」


 俺ならそうするだろうと信じている司祭に応えられる気がしない。しかし、さすが司祭と言ったところか。やれるだけやってみようと思えた。


「礼を言う。少し楽になった」

「それが私の役割ですので」


 司祭はそう言うと、自分の胸に右手を添える。


「あなたに女神の祝福があらん事を」


 有難いはずの祝福だが違和感を感じた。


「司祭、気を悪くしたらすまない。その祝福は俺が知っているのと違うのはなぜだ? 俺のいた所では両手を重ねて胸に当てていた」

「どちらでも構わないのですよ。ただ、リュノールでは右手だけで行う者が多いですね」


 司祭は俺の顔を見て思うところがあるようにみえた。


「差し出がましいですが、その髭、もしやデルドルフの方ですか? あちらの国ではあなたの知るやり方だと聞いた覚えがあります」

「いや、故郷はラバール自治領だ」


 その地の名を聞いて納得してくれたらしい。


「難民が集まって作られた領地でしたね。デルドルフ人も多いと聞きます。きっと教会を取り仕切る方がそうなのでしょう。髭を生やされている方も多いのではないですか?」

「そうだな。色んなやつがいるし、料理や音楽、風習は入り混じっている。不思議なところだ」


 王都のように発展していない狭い土地だが、そこに住む人には国のしがらみなど存在しない。俺は養母が作った自治領が気に入っているし守りたいと思っている。


 遠く離れた故郷の映像が脳裏に浮かび、そこにはクラウスもいた。あいつは王都に移り住んだが、今でも守りたいものに含まれている。


 つまり何も悩む必要がなかった。俺はやるべき事をやるだけだ。


 足音が聞こえて振り返ると、アデリナが小走りで礼拝室に入ってくるのが見えた。


 俺は立ち上がり、胸に右手だけを添える。


「改めて礼を言う。精一杯やれるだけやってみる」

「あなたと、ご友人と、故郷に祝福があらん事を」


 両手を重ねて胸に当てる司祭をあとにして、息を切らせているアデリナの元に向かった。


「遅かったな」

「すみません。準備に時間がかかりました。今からどちらに?」


 息を整えながら隣を歩くアデリナの肩を叩いた。


「決まっているだろ。飯だ。おごってやるよ。どこでも好きなところでいいぞ」

「はい……はい?」


 想定外の答えにどう反応していいかわからないアデリナを見て、俺は笑った。

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