第4話 厳重な管理下での犯行

 犯行現場を見てわかった事はひとつ。犯人は人間離れした身体能力を持っている事だ。デルドルフの工作員かもしれず油断はできない。


 そんなやつに勝つ方法を考えている自分に気づいて、頭を振る。剣の道は捨てた。いつまでも戦いを基準にしてどうする。それに戦ったところで勝てはしない。強化兵にも、魔導ライフルにもだ。


 苛立ちそうになっている俺にアデリナは言った。時間的に視察の用意ができているはず、と。それに無言でうなずき王城へ戻る。


 ロランの部屋の近くに諜報ちょうほう部の居室はあった。書棚もデスクも整理されているとはいえず、積み上げられていた書類が雪崩を起こし、隣のデスクと床に散らばっている。そのままにしているという事は、それだけ激務なのだろう。実際、日中だというのに誰もいない。


 アデリナは散らばる紙を拾い集めて書類の塔を高くする。


「少し待ってください。視察に必要となる命令書を探しますので」


 どうやら雪崩の被害にあったデスクがアデリナの席らしい。一枚一枚、確認しては寄り分けていた。時間がかかりそうなので書類に埋まりかけていた物を救出する。無骨で大きいハサミに歯車が付いている。きっとこれも魔導具だろう。


「これは何だ?」

「鎖を断ち切るのに使います。気をつけてください。指ぐらいなら難なく落とせます」


 アデリナはちらりとこちらに目を向けただけで発掘作業を続ける。試しにハサミへ魔力を流すと歯車が回ってゆっくり切刃が閉じた。


「凄いな。それで兵器工場にはどうやって潜入すればいい?」

「魔導研究所からの査察を装ってもらいます。それと、穏健派の武官と面識がある私は同行できません」


 ようやく目的のものを見つけたアデリナは、命令書を俺に差し出す。俺はハサミを置いて受け取った。


「本来は真っ先に調べるところですが、穏健派かれらのせいで諜報部は手が出せません」

「そう言っていたな」

「ですのでオヴォラ部長はいち早く結果を知りたいのでしょう。査察後に話を聞きたいそうです」


 アデリナはもう一枚の紙を寄こす。そこには走り書きで、大聖堂で待つ、とあった。


「大聖堂って街の中央にある、あのバカでかいやつか?」

「はい」

「わかった。ところで魔導研究所が絡む理由はなんだ?」

「所持品検査に使用する魔道具を作成したのがその機関です。工場ではそれを使い、魔導制御板含が持ち出されないか検査しています」


 なるほど。原因究明する役割か。しかし、俺はそれを見てどう判断すればいい? 何か方法がないか見回して、デスクの上にある魔導灯を手に取る。


「ひとつ貸してくれ。これにも魔導制御板を使っているだろう?」

「構いませんが、欲しいだけでは?」

「これを検知できるか確かめるだけだ」


 魔導灯のフックをベルトに引っかけて話を進める。


「あとは俺が研究員ではないと気付かれないかだな」

「それこそケヴィン次第です。これを着てください。研究員の上着です。命令書を忘れないように」


 白い上着に腕を通し、渡された書類に目を落とす。そこには俺が名乗るべき名と、身分を証明するサインがいくつか記されていた。


「ジュール・シモン? ありふれた名だな」

「実際にその人物は存在しません。シモン姓の名家は多いのですぐに足がつくことはないでしょう。余談ですが身元保証人のサインも偽物です」

「もしかして、ばれたら大変な事にならないか?」


 抱いた危惧を口に出すと、アデリナは当然です、とうなずいた。


「通常なら銃殺刑ですね。諜報部の関与は隠し通さなければならないので覚悟してください」

「俺を脅かしてどうする。まあいい。さっさと手がかりを見つけて、犯人を捕らえればすむ話だ」

「その通りですが油断しないでください」


 アデリナがデスクの引き出しを開けると、ガチャガチャと鳴った。そこには焦げた魔導制御板が無造作に放り込んである。その数は十や二十ではない。その一枚をつまむ。


「何だこれは?」

「デルドルフの工作員は必ず身につけており、追い詰めるとそれを使って自爆します。巻きぞいになった諜報員もいました」

「本当か?」


 アデリナは声もなくうなずく。その手段は恐ろしいが、もっと怖いのは工作員にそれを行わせる者だ。他人に命を張らせるほどのものを持った奴がデルドルフにいる。それを考えただけで身震いしそうだ。


 苦虫をみ潰したような顔をしている俺を見て、アデリナは言う。


「怖気づきましたか?」

「まさか。殺さずに捕らえるのが面倒だと思っただけだ」


 顎髭あごひげをいじりなら余裕を見せると、アデリナは魔導具のハサミを持った。


「故郷に届ける遺髪が爆発の炎で失われてしまわないように今の内に切っておきますね」

「おい、本気で言っているのか?」


 思わず後ずさると、彼女は薄く笑う。


「冗談です」


 時々見せる軍人らしからぬ顔にはどう反応していいかわからない。


 そのあと、切れていたシャツのひもを交換させられた俺は、立派な馬車に押し込められて兵器工場に向かわされた。


 馬車が止まった所にある建物は工場に見えない。壁は石材がむき出しだしで、古くてでかい集会所のように見える。とても機密を扱う場所には見えず、周囲の多層住居に溶け込んでいた。


 間違った場所に連れてこられたのか疑ったほどだが、よく見ると窓がひとつもなかった。見えている範囲に両開きの大扉が一組あるだけ。おそらく出入りはそこのみだろう。


 飾り気のない銅のノッカーをたたくと、程なくしてかんぬきが外された音が聞こえる。鈍くきしませがら開いたのは太った小男だった。工場勤務者というより商人よりの風貌。しかし、軍人を思わせる目が探るように俺を見上げる。


「どちら様で?」

「魔導研究所のジュール・シモンだ」


 査察命令書と身分証明を渡したが、疑っているのは明らかだ。


「どうした? 問題はないはずだが」

「いえ、正式な命令書です。ただ、研究員にしては――」

「体格が良すぎるか? 大丈夫だ。よく言われる」


 友好的に見せるための笑みを作り肩を叩くと、小男は敬礼こそしないものの直立不動の姿勢をとった。


「申し遅れました。工場長のフランシス・バレです。責任者のサンテール部長はおりませんが、よろしいですか?」

「問題ない。普段ならいるみたいな言い方をしているが、そうなのか?」

「はい。兵站へいたん部長でありながら現場を行き来されている方です。お忙しいのに頭が下がります。話が長くなりました。どうぞこちらへ」


 俺が中に入ると工場長は閂で扉を閉ざして奥へ進む。通路の突き当りにある扉を押し開けると広い空間に出た。そこは魔導の灯りと白く塗られた壁で明るい。見えるだけで20名以上が作業していた。


 ある者はすでに加工された金属板を組み合わせ、張りつけ、複雑な形にし、別の者は細かい部品に顔を近づけながら慎重に作業している。とても俺にはできそうもない。


 工場長は足を進めながら口を開く。


「ここでは他の工房で製造された部品が集まり、組み立てを行っています」


 歩調を合わせて隣に行き、声量を落として問いかける。


「そのようだな。それで、俺が見たいものは?」


 工場長の顔に緊張が浮かんだ。魔導制御板の流出を責められると思ったのだろう。その肩を優しく叩いた。


「心配しなくていい。査察の目的は責任の追及じゃない。悪いのは盗みを行った者と、指示を出した者。俺たちは同じ失敗を繰り返さない方法を考えなければならない。だから協力してくれないか?」

「わかりました」


 少し顔色が良くなった工場長はそのまま工房を横断し、奥の扉脇にある金属片に触れた。カチリと鳴るところからするとロランの部屋にあった魔力紋認証と同じらしい。


「こちらです。入室は工場長の私。管理官二名。工員八名のみです」


 扉を押し開けて入室。その狭い部屋は薄暗く、奥に扉が二枚あるだけで人はおらず、何も置かれていない。


「作業場所には見えないな」

「ここは工員の所持品を検査するための部屋です。作業は左の扉の先、出入りはここを通るしかありません」

「なるほど。具体的にどうやって調べるんだ?」

「工員は作業の前後にここを通り、管理官の手で検査を受けます。そのあとに、これです」


 工場長は壁にある金属片に触れた。何も起きないが工場長は満足気に見える。


「試してみていいか?」

「もちろんです」


 金属片に触れると魔力が勝手に吸われる感触があった。それと同時に腰に下げた魔導灯が赤く光り始める。


「問題ないようだが、正常に機能したか見た目でわからないな」

「はい。しかし、この魔道具を欺く方法などありません」


 確かにそうだ。魔力紋認証と違い、触れるだけで魔力を吸われるのであれば不正は無理だ。管理官は触れるのを確認するだけでいい。


 これをすり抜けるには……所持品検査中に管理官へ魔導制御板を預け、検知後に受けとるのはどうだ? やり方としては、気付かれずに財布を盗むスリに近い。


「工場長。実際に確認するところが見たい」

「わかりました。こちらへどうぞ」


 促されて右の扉に入った。そこはさらに狭く、暗い。椅子にふんぞり返っていた二人の男が慌てて立ち上がり、敬礼する。


 工場長は二人に敬礼を返し、のぞき窓のひとつを開けた。


「そろそろ作業が終わります。ここから確認してください」


 その言葉通りに作業終了を知らせる鐘が鳴り、工員が隣の部屋に入ってくる。管理官のひとりが隣の部屋に移動し所持品検査が始まった。


 工員が頭の後ろに手を組み、管理官が服の上から全身に触れる。その様子を見ている俺に、工場長が小声で教えてくれた。


「ひとりが触れて調べ、もうひとりが見張る。見逃しはあり得ません」


 これではスリの手法は使えないか。どんな神技を持っていようが注視されていたら誤魔化せない。


 確認を終えた工員は金属片に触れ、何も変化が起きずに退室を許可された。


 そうして次の工員が入ってくる。問題がなかったのは五人目までだった。六人目の工員を見て息を飲む。俺の変化に気付いた工場長がのぞき窓に顔を近づけた。


「あの者は義足です。手先が器用でいい仕事をしますね」


 その男、クラウスはつえを壁に立てかけて頭の後ろで手を組む。体に触れられてふらつきこそするが、うまく重心をとっていた。管理官とにこやかに話しながらの検査は終わり、金属片に右手を伸ばす。他の者と同じように反応はでず、退室する背中を見送った。


 ほっとしたせいか、思いが勝手に漏れ出る。


「問題ないようだな」

「はい。彼の義足は魔導由来ではないので反応しません。軍に入れば魔道義足に無償で換装できると声をかけましたが、このままでいいと言っています」

「なぜそんな話を勧めた?」


 工場長はのぞき窓に目を向けたまま答えた。


「あのような障害を抱えていても真面目に働く姿を見ていれば手を差し伸べたくもなります」


 その横顔は軍人というより、父親のように見えた。


 ここでクラウスが働いている。犯人の可能性がある。その事実が心に影を差したが、クラウスを見守る人がいると知れて、うれしく思えた。

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