【60幕】匂いは真贋を見極める要素

 「いやいや、すまんのぉ! 名探偵君!」

「キマってたっすね! ゼオン君!」

「ゼオン! あなたに推理は無理よ! 闘いしか脳がないんだから、自重しなさい!」


 早とちりのせいなのか、推理力の無さのせいなのか。ゼオンは、答えに辿り着くことを諦めていた。考えるまでも無いなと、ため息をつきながら。


「すまなかった……」

「いいんじゃ、いいんじゃ! ハハハッ!」

「死者の蘇生は、無関係なんだな?」

「当たり前じゃ! ジャックのやつめ、紛らわしい話をしよって。生命の重みを第一に考えるのが、わしらの役目じゃ」


 ゼオンは安堵していた。アルバートの放つ言葉には、偽りの雰囲気は感じられない。裏の研究が自身の頭髪の復活であるというのも、真実であろう。


「振り出しに戻ったな……」


 ゼオンは困惑していた。見透かされた様に、アルバートに声をかけられる。


「考えても、答は直ぐに見つからんじゃろ。研究室に戻って、珈琲でもどうかね?」

「そうだな……小腹も空いたし、そうさせて貰うか」


 ゼオンは、第一魔導医療研究室に戻ることにした。ゼオンは、ロイド達が食べていたケーキを思い出し、少し気分が軽くなっていた。



◇◇◇◇◇◇◇



「ロイド! 何故、俺の分を食べたんだ!」

「ゼオンさん! そこにケーキがあるからです! それに、飛び出して行ったから要らないのかなと!」


 研究室に戻ると気分転換どころではなく、ゼオンは新たな怒りを産み出していた。ノアの分まで無いと分かると、ゼオンはノアに止められることなくロイドを小突いていた。


「ん? そういえばダリアが見当たらないが、どうしたんだ」

「え〜、ダリアさんなら疲れたのか、隣の部屋で休むと言ってましたね」


 ゼオンはロイドの首を軽く締めながら、トラジェに質問していた。ロイドの足がバタバタしだし、締めている腕を軽く叩くが、ゼオンは気にしないでいた。しばらくすると、ロイドはグタっとなり床に膝から崩れる。


「落ちたっすね……」

「いい気味だわ!」

「いや〜、誰も止めないんですね。はははっ」


 ゼオンは、何とかここまでの怒りを清算し、心の洗濯を終えていた。騒いでいると、隣の部屋の扉が開き、ヴァルがこちらには来た。


「アルバート教授、賑やかな来客ですね」

「久々じゃの……」

「この研究室も、生徒が減りましたからね……」


 昔を思い出しているのか、ゼオンは二人の会話を静かに聞いていた。たしかに、この研究室に来てからあまり生徒を見ていないと、ゼオンは感じていた。


「魔導医療も、活躍の場が減ったからのぉ……。仕方がないことじゃ。これも時代の流れ……」

「アルバート教授! それは違います!! この時代でも……日の目を見る必要があるんです!」


 ゼオンは、二人の議論に割り込む余地を見いだせなかった。それにしても、二人の温度差には違和感を感じてしまう。教授に熱意があり、助手に熱意が無い。それが普通ではないかと、ゼオンは考えていたが、歪んだ考えなのかもしれないと思い直していた。しばらく議論が続いたとき、部屋の空気が一瞬で変わる言葉を、ゼオンはアルバートの口から聞いていた。


「なぁ……ヴァルよ。?」


 部屋の空気の質は、暗く淀み、ゼオンに重くのしかかってくる。アルバートを見ると、目の奥は深淵の様に暗い。眼鏡をしていても、見間違えることのない異質な淀んだ光を放っている。


「アルバート教授? どうされたんですか?」

「言葉や容姿を偽っても、魔力の匂いは偽れん。長年研究を共にした、わしにはな……」


 研究室に沈黙が広がる。沈黙を生み出したのがヴァルならば、打ち破ったのもヴァルであった。ゼオンは、目の前で静かに笑うヴァルを見ていた。


「くくくっ……やはり、上手くいかないものです。ご察しのとおり、私はヴァルであって、ヴァルではないですね。ただに呼出され、願いを聞き入れ力を貸しているに過ぎません」


 ――ゼオン殿っ!!


 ゼオンは内に響く、バハムートの叫びを聞いていた。バハムートが慌ただしく、語りかけてくる。


 ――こやつの魔力の匂い……。我が同郷の匂い!


 ゼオンはヴァルの言葉を思いだし、バハムートの言葉と合わせ、目の前の男の正体の答えを導き出していた。


「ヴァル……、お前はか……?」


 周りの視線が、ヴァルに集まる。ゼオンもヴァルから視線を離さず、静かに様子を伺っていた。


「よく、ご存知で!! 実に、面白いっ!! もう、彼の真似は、やめますか……」


 異質な魔力と空気が辺りを包む。少なくとも、人間の放つ魔力ではないと、ゼオンは感じていた。


「我が名は、オルトロス!! ヴァルの召喚せし、幻獣の戦士! こやつの願いを実現せしものっ!!」


 ゼオンを強く意識し、睨んでくる視線。オルトロスも、何かを気が付いたのかもしれないと、ゼオンは込み上げてくる何かを抑えながら答えていた。


「我が名は、ゼオン! 我が内なる友は、バハムート! 貴様を躾ける、魔人の王と幻獣の王だ!!」


 ヴァルの目が見開き、ゼオンへの視線が強くなる。一触即発の空気に、ゼオンは強者との闘いを予感していた。ヴァルには悪いが、闘いを楽しませて貰うかと、ゼオンは小さく笑った。




 

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