【59幕】得手不得手はヒトの宿命

「アルバート! お前の企みもここまでだ!」


 ゼオンは叫びながら、研究室の扉を勢いよく開けた。ジャックから聞いた話と、ゼオンが知っている情報から導き出した答え。アルバートの目的は、獣人族の命を用いた、死者の扉蘇生。怒りに震えるゼオンは、怒気を振りまいていた。


「ゼオン君、どうしたの……?」 

「アルバートはどこだ! やつが……この事件の黒幕だっ!」


 辺りを見渡すが、アルバートとカリフの姿が見当たらない。ダリアの相手をしているのは、初めて見かける若い男であった。とは言っても、年齢は四十代といったところ。ジャックとアルバートと、続けざまに初老の教授を見たせいか、ゼオンはこの男を若いと感じていた。黒髪で身体は細い。眼鏡の奥に光る瞳は薄暗く、覇気の無い印象をうける。


「そこの眼鏡! アルバートはどこだ!」

「ちょっと、ゼオン君! 失礼すぎるわよ! こちらの方は、アルバート教授の助手のヴァルさんよ!」


 犯人確保の勢いで突入したゼオンは、やり場の無い怒りと恥ずかしさの感情に挟まれ、顔が真赤になっていた。


「元気な生徒ですね。はじめまして、第一魔導医療研究室第一助手のヴァルです」

「俺は、ゼオンだ。さっきはすまない……」


 後から来たノアには怒られ、ロイドとトラジェには笑われた。ゼオンは早とちりは二度とするまいと、心に固く誓っていた。


「それにしても、アルバート教授はどこに行ったんですかね?」

「ロイド……分からないから聞いていたんだ。後から来て、話を邪魔するからこうなるんだ」

「痛いっ! 何でつねるんですかっ!」

 

 ゼオンは、やり場の無い怒りと恥ずかしさの矛先を見つけていた。笑われた腹いせでもある。


「アルバート教授なら、カリフ教授と実験室に向いましたね」


 ヴァルから情報を掴んだゼオンは、静かに移動することにした。また、勢いに任せた場合、何を言われるか分かったものではない。実験室には、ノアと二人で向かうことになった。ロイド達は疲れた様で、研究室に残ると言う。ゼオンは、ロイドが珈琲とケーキに目がくらんだとしか思えなかった。



◇◇◇◇◇◇◇



「ここね……実験室は」

「ああ……気を付けていくぞ」


 ゼオンは実験室の前にいた。重厚な扉は、地獄への入口かと思わせる禍々しいデザインであった。ゆっくりと扉を押し、部屋への入口を開いていく。中は薄暗く、薬品であろうか、鼻に刺激を与える臭いが漂っていた。視線の先に薄っすらと輝く光。二つのシルエットが浮かんでいる。ゼオンは、目的地を見定め歩みを進めた。


「アルバート! お前の企みもここまでだ!」

「ゼオン君! 急に現れで、どうしたっすか!」

「カリフ! アルバートがこの事件の黒幕だっ!」


 ゼオンはアルバートを指差し、名探偵を気取りながら叫んでいた。カリフの、冷たい視線の意味は理解できなかったが。


「ほぉ……わしの企みを見破ったと……」

「そうだ! お前は禁忌を冒している! 失った者は、そう簡単に気安く蘇らせてはならない!」

「ゼオン君じゃったの……。ジャックに何を吹き込まれたかは知らんが、君に何が解る? 失ったモノを蘇らせるのは、至極当然の想い!」


 ゼオンは摂理に反するアルバートの行為に腹が立っていた。拳に力が入り、今にも飛び掛かりそうな勢いであった。


「魂を愚弄するな! 死んだ者は生き返らん!」

「詩的な表現をするな……。確かに、死んだ魂だ。わしの大切な、魂だ! 死んではいるが、わしの研究が実り、結果はでているんじゃ! 見るがよい! 生まれ変わった、わしの!!」


 ゼオンは静止できず、頭に液体を振りかけるアルバートをただ見ていた。自分の命でも捧げるのかと、ゼオンは考えていた。それは、杞憂であった。


「えっ?」


 ゼオンは呆気に取られていた。目の前のに変わっていく。量も以前の倍になったのではないか。


「わしの裏研究の成果じゃ! 失われたモノを、若々しく、そして量を増して蘇らせるんじゃ。見事じゃろ!」


 ゼオンは、この茶番は何なんだと叫びたかったが、その気力すら失わせる真実に、静かに従うことにした。カリフとノアの噛み殺した笑い声が、ゼオンの心を更にえぐる。しばらく、推理はしないでおこう。ゼオンは、人には得手不得手があることを改めて思い知った。


 

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