【58幕】類は友を呼ぶ

 「爆発だ!! 魔導工学は、爆発なんだ!!」


 ゼオンが第二研究室に着くと、建屋の中から一人の男が出て来た。身体中が煤だらけになっている。第一研究室のアルバートと同じ位の年齢に見えるが、身体を鍛えている様で、教授というよりは闘士という印象をゼオンは受けていた。


「ジャック教授か……?」


 ゼオンは目の前で、煤を払いながら荒く呼吸を繰り返している男に声をかけていた。


「そうだ! 我輩が、ジャック教授だ! 見よ! 今日も華麗に吹き飛んだぞ!! ぐはははは!!」

「ゼオンさん! 酷い目に合いましたよ! ただ見学に来たのに……爆発に巻き込まれるなんて!!」


 ゼオンは、危険な香りのする教授だなと感じていた。言うか言うまいか悩んでいた時、建屋からやはり煤だらけになった、ロイドとトラジェが出て来た。何があったのか聞くまでもない状態だった。


「そうか……。ロイド、それは難儀だな……」

「いや〜……危なかったですよ……ね、ロイド君」


 見開いた血走る眼のロイドが、必死に頷いている。その原因とも言える男。ジャックはいつもの事だと言わんばかりに笑っていた。


「あのブースターの出力は、あそこが限界か!! 計算が狂ったようだな! ぐははは!」


 独り言なのか、こちらに向かっての会話なのかゼオンには分からない雰囲気であった。ただ、会話をしても成立しないタイプの人間ではないかと、ゼオンは感じた。単刀直入に、本題を切り出す。


「すまないが教えてくれ。この第二研究室は、獣人族と関わりがあるのか? 獣人族の冒険者が消える事件を追って……」

「その件なら、そこの小僧共に教えたぞ! ぐははは! それよりお前ら! しっかり鍛えた身体をしているじゃないか! 魔導は筋肉なり! 筋肉が魔導なり! これが俺の研究室の信念だ!」


 会話をスパンと断ち切るジャックに、ゼオンはやはり会話の成立しないタイプの人間であることを確信した。ただ、妙にジャックの掲げる信念に、ゼオンは共鳴していた。


脳筋がいましたね……トラジェさん」 

「いや〜。困りますね、ロイド君……。会話が成立しにくいですよ?」


 ロイドとトラジェの冷ややかな視線を、ゼオンは感じていた。ジャックと同類扱いされている様だ。


「脳筋は余計だ!」

「痛っ! これだから……」

「ロイド……何か言ったか?」

「いいえ……。それより、ジャック教授は獣人族と繋がりがあるみたいですよ!」


 ゼオンは、からではなく、ロイドとトラジェから説明を受けた。ジャックの研究室は、獣人族の冒険者に、魔導医療を施しているらしい。ゼオンは、ジャックに確認するため尋ねた。


「黒い噂は本当なんだな……」

「黒い噂だと? あながち間違ってないな! 研究結果を論文で出す前に、外に出しているからな! まあ、研究室の規約違反だ! ガハハハっ!」

「何で、そんなことをするんだ?」

「種族が違えど、困った奴らは助ける。それが、俺の信念だ! それに、礼金を貰えるからな! さらに研究できるってわけだ! お前らにも売ってやるぞ?」

 

 規約は破っているが、悪い人間ではない。ゼオンはジャックに対して、会話をした少しの間で印象が変わっていた。


「ゼオンさん。どちらかというと、アルバート教授の方が危ないかもしれないですよ?」

「ロイド……それは何故だ?」


 ゼオンが見たアルバートは、普通の教授。特段、怪しさや危険な雰囲気はなかった。


「アルバートはな……俺の同期なんだが。あいつは再生医療の分野に固執しているわけだ。何故かわかるか? ロイド君?」

「人を助けたいからですか?」

「それもあるだろう。再生医療の行着く先……」

「死者の蘇生か?」


 禁忌の魔導と聞いたことがある。魔導に長けたエルフ族でさえ、使えるものがいない。ノアならもしかするとと、感じることもあるが。代償があることは明白で、倫理観も含め実行することはないだろうが。


「ほう! 良く分かったじゃないか、筋肉少年よ!」

「俺はゼオンだ! 変なあだ名で呼ぶな!」

「まあまあ! 後でいっちょ腕相撲だな?」

「おう! って話しがそれたじゃないか!」


 調子が狂うが、ゼオンは会話を続けた。背中にはの冷ややかな視線を感じる。そんなに似ているのかと、ゼオンは嫌な気分であった。


「死者の蘇生には、代償があるはずだ」

「そうだな……。その歳で良く知っているな?」

「え! どんな代償なんですか? ジャック教授! ゼオンさん!」

「生命だよ……」


 ジャックが静かに告げた答えが、辺りを静寂に包む。ロイドも気がついた様で、膝から崩れ落ちた。こちらを見るロイドに、ゼオンは静かに頷くしかなかった。


「いや〜困りましたね。そうすると……」

「し、師匠とダリアさんが危なくないですか!」


 ――消えた獣人族。死者の蘇生。


 ゼオンの中で少しずつ、パズルのピースが埋まっていく。


「ロイド! 行くぞ!」

「はい!」

「ノアなら心配いらん! 殺しても死なない悪魔だ!」

「確かに! 地獄の番犬も平伏す黒魔女ですしね!」

「誰のことかしら?」


 ゼオンは心臓が飛び出す感覚を覚えた。振り向く勇気が湧かない。背後から聞こえる静かなうめき声。


「急に飛び出して行くから、追いかけてきたんだけどね? 気が付かなかったのかしら? うふふ」

「ず、ずみまぜぇんでじだ……」

「す、すまない……。それより、アルバートが怪しいぞ!」

「そうね。カリフがいるから大丈夫でしょうけど、気になるわ」


 地面に横たわり、顔に足を乗せられているロイドに、ゼオンは頑張れと心の中で祈っていた。


「第一研究室に戻ろう」


 誤魔化すことができたのかよくわからないが、ゼオンは再び第一研究室に向かっていた。


「ガハハハっ! また後で来いよ!」


 笑うジャックの声を背中で受け止め、ゼオンは軽く片手を上げた。


 



 

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