【57幕】存在は空気より薄くなるもの
「ふぅむ……」
「分からないっすよね……」
ゼオンの目の前で、カリフが腕を組みながら唸っている。その横では、
マーロでの出来事を説明し、類似した事件など何かしらの情報が無いか確認するも、ゼオンの期待する答えは返ってこない。沈黙が続き、時間だけが過ぎていく。ゼオンの横に座っているノアが小さく呟く。
「何故かしら……。マーキングした魔力が検知できなくなってるわ……」
「消えたってことか?」
「分からないけど、そういうことも有り得そうね」
マーキングが消えた。この言葉が意味することは、死という事象。ゼオンはそう受け止めていた。仲間内での揉め事か、黒幕からの制裁か。そのあたりだろうとゼオンは考えていた。
「仕方がないのう……。獣人族と共同研究している研究室があるから、訪ねてみんか?」
「いいっすね。まずは、ダメ元でも沢山の情報を集めるっす!」
ゼオンも、カリフの提案に賛成であった。情報の中から、次に繋がる何かを、見つけることができるかもしれない。ゼオンはカリフと共に、研究室を訪ねることにした。残りの者は、各々、見学して回ることにした。
◇◇◇◇◇◇◇
「さっぱりっすね……」
「確かに……。何も分からないな……」
ゼオンとカリフが訪ねた研究室で、これといった情報を得ることができなかった。獣人族と共同研究している研究室は、国境付近に生息する魔獣の生態についての研究で、特別頻繁にやりとりをしている訳では無いらしい。
ゼオンが歩いていると、廊下の向こうからノアとダリアが歩いて来る。二人は、魔導医療研究室を見学しに行くというので、ゼオンも同行することにした。研究室は、ゼオンが今歩いてきた廊下の途中にあるため、歩いてきた廊下を引き返すことになった。
目的の研究室は直ぐに、ゼオンの目の前に現れた。カリフがノックをし、挨拶をしながら入室する後をゼオンは着いていった。その後を、ノアとダリアが着いて来る。
「おや、獅子の鬣の客人とは珍しいわ。わしは、第一魔導医療研究室の教授を務めるアルバートじゃ。狭い部屋だが、どうぞ」
互いに自己紹介を行い、話を進めていく。白髪の初老の教授。学術専門の教授なのだろう。華奢な体格が、ゼオンにそう感じさせた。気になることがあり、ゼオンは問いかける。
「『第一』ということは、他にも同じ研究室があるのか?」
「その通りじゃ、ゼオン君。とはいっても、二つなんだがの。もう一つは、あちらの離れにある建屋にあるわい」
「倉庫みたいな建物っすね……」
窓から見える建屋は、煉瓦造りの倉庫といった外観だ。研究室というより、ゼオンは工房に近い印象を受けていた。
「トラジェとロイドが、見学に行くと言ってたわ!」
ダリアが思い出したのか、急に声をあげた。ノアも、横でうなずいている。ロイドとトラジェの姿が見えなかったのは、別行動していたからかと、ゼオンは今更ながらに気がつく。二人には申し訳ないと思うが、事実、ゼオンは存在をすっかり忘れていた。
「こっちの研究室と、向こうの研究室の違いは何かしら?」
「ノアさん、わしの研究は、再生魔導医療じゃ。失われた身体の一部を復元するんじゃよ」
再生魔導も無くはないが、扱える技術を持つ魔術師は、そうそういないとゼオンは思っていた。ノアであれば、ある程度は可能だろう。失われた身体を再生するとなると、なかなか難しいはずだ。
「向こうは、再生魔導医療ではあるがのぉ……。身体の再生ではなく、機能の再生といったとこじゃ」
「機能の再生っすか?」
「魔導工学にも近いのかのぉ……。失われた身体を魔導具で作り、補完するんじゃ。機能として、復元しとるわけじゃ」
魔導機械化に近いのかもしれない。ゼオンは話を聞いていて、少しばかり興味が湧いてきた。 話の脱線をそらすように、カリフが訪問した経緯を説明していた。アルバートの顔が少し曇るのを、ゼオンは見ていた。
「思い当たる節があるのか?」
「思い過ごしかもしれんが、第二研究室のジャックには悪い噂があっての……。武器の密売を行っているんじゃないかと言われてるんじゃが。まあ、証拠はないがの…。あくまでも、噂じゃ」
黒い噂。ゼオンは少し気になり、やはり研究室を直接見に行くのが早いと考えていた。次の訪問先を決めた矢先、ゼオンの耳に大きな音を聞いた。
――ドゴォォォン!!!
何かが爆発する音。音の方向を見ると、煙が上がっていた。第二研究室の方角だ。急いで第二研究室に向かう為、ゼオンは窓を開けて飛び降りていた。
「ちょっと! ゼオン?」
ノアの呼びかけが聞こえるが、ゼオンは気にせず走り出していた。
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