6章 州立魔術研究府 獅子の牙篇

【56幕】ペンは拳を凌駕する武器

「俺はこんな闘いとは、聞いてないぞっ!!」

「ゼオンさん……諦めましょう……」


 ゼオンは頭を抱えうずくまっていた。闘いと聞いて挑まなかった過去が無いゼオンにとっても、この闘いだけは避けたい内容であった。


「解けるか! 魔術の理論も、クソもへったくりもあるかっ!! 気合と根性と筋肉があれば、魔術なんて使えるに決まってるだろ! なあ、ノア!」

「ゼオン……本当に脳筋ね……。普段、何をしてるのよ! 私はもう終わったわよ?」

 

 ゼオン達はドドリーマ州、州立魔術研究府アカデミア獅子の牙に来ていた。ゼオンが聞いていた話では、拳と拳のぶつかり合い。この形式での交流戦が開かれるはずであった。だがしかし、獅子の牙では試験期間中ということもあり、での闘いとなっていた。用紙に羅列された文字が、ゼオンを恐怖の底に沈めていた。

 

 ――そして、終幕の鐘がなる。


◇◇◇◇◇◇◇


「聞いてないぞ、カリフ!」

「他校の試験期間なんて、気にしないっすよ」

「だとしても、俺が受ける必要性は無いだろ!」

「あるっすよ! っすから!」

「クソッ…………」


 普段の仕返しなのだろうか、カリフの意地の悪い笑みにゼオンは苛立ちを感じていた。ただ、学生と言われてみれば、反論できないことも事実である。そのことがより一層、ゼオンを苛立たせていた。


「ロイド……俺は、真っ白だった……裏切ってないよな?」

「え? ゼオンさん……普通にやっていれば、分かる内容ですよ……?」

「無理よ! ゼオンは昔から、学問に見向きもしなかったんだから」

 

 ロイドもノアも、ゼオンに冷たい言葉を浴びせて来る。上からの目線に、ゼオンの心は折れていた。試験の結果なんて、この場で聞かされたら倒れてしまうかもしれないとゼオンは感じていた。


「解答をもらってきたっす! 皆の答案、採点するっすよ!」

「今じゃないだろ!」

「今っすよ!!」


 答案を見つめながら、カリフが勢い良く採点を始めた。一応は教授という職業。その手際は早いものだとゼオンは感心していた。


「100点が満点っす! それでは、皆の点数を発表するっすよ! ノアさん、流石っす! 満点っす!」

「当然よ!」

「次いで、ロイド君……80点! 赤点回避っす!」

「た、助かりました!」


 ロイドの点数を聞いて、ゼオンは焦っていた。カリフの研究室で、学問と無縁なのはゼオンとロイド。ゼオンはそう信じていた。


「トラジェ君とダリアさんは同点で90点っす!」

「いや〜、ちょっと間違えてしまいました」

「まぁまぁかしら? 難しいけど、解けなくはなかったわね」


 背中に冷たい汗が垂れるのを、ゼオンは感じていた。否が応でも、鼓動が高まる。


「ゼオン君……この点数は、初めて見たっす……」

「そ、そうか……」


 答案用紙に書かれた数字。ゼオンは、その数字を目にして目眩を感じた。どっからどう見ても、数字は変わらない。書かれた数字は、『0』。


「うわっ……」


 その数字を覗き込んだ者達が、口ずさむ一言。冷たく引いた視線。振り向くと、ノアが腕組をしながらゼオンを睨んでいた。


「ゼオン! 私に恥をかかせたわね! 分かっているの?」


 終わったと、ゼオンは感じていた。このあとに起こる拷問の様な時間は、ゼオンには容易く想像がつく。きっちりと、学問を仕込まれると。逃げることなどできない。


「ほっほっほ! カリフ、流石だな! 獅子の鬣の諸君は学問も得意とは!」

「例外もいるっすけど……」

「ガハハッ! 確かに!」

 

 カリフを見ると、年配の人物と話をしている。格幅の良い姿に立派な髭が、威厳を感じさせる人物だ。それなりの地位の人物だとゼオンは感じた。


「こちらは、獅子の牙学院長ガルフ・グランタさんっす」

「はじめまして! ようこそ、獅子の牙へ!」

「カリフ? 家名が同じだが、家族か?」

「叔父っす!」

「「「えっ!」」」


 ゼオンの質問に、サラリと解答したカリフ。その言葉に、全員が驚きの声をあげていた。すんなりと、州立魔術研究府アカデミア獅子の牙に来れたのも身内の頼みだからかと、ゼオンは納得ができた。


 それにしても、学問は大切である。ゼオンは少しだけ反省していた。拳だけの闘い意外にも、闘いはある。時にペンは、拳さえ凌駕するのかもしれない。ゼオンは手の中で丸めた用紙を、静かに見つめていた。


 


 


 

 

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