【52幕】刻まれた手形は想い出を呼び起こす鍵

 ゼオンはマーロからオントリア湖に向かっていた。ただ通常のルートではなく、かつてのゼオンの居城があったと考えられる場所を経由するルートであった。ゼオンと共にオントリア湖に向かっているのは、ロイドとノア。ラインはマーロに残り死獣王達と都市部での調査を行っている。


 歩けども見覚えのある景色にはならない。時間が流れ過ぎているからなのか、ここが別の世界ということなのか、それすらも良く分からない。そもそも、記憶というのは実に曖昧である。ゼオンはそこまで注意深く周りの景色を見ていなかったことを思いだしていた。


「多分、このあたりだと思うんだが……」

「そうね。でも、ここがあの場所かどうかも決まった訳でもないし……。見つからないかもね……」


 ゼオンはノアの言うことも一理あると考えていた。この地がゼオンの知る場所である確証がない以上、見つからないことも視野に入れなければならない。本題の行方不明者調査を片付けるために、そこまで時間を割くことはできない。ゼオンはそれでも可能な限り探したいと考えていた。


 半ばあきらめかけていた時に、ゼオンは息を飲んだ。目の前に広がる光景が、静かにゼオンに向かって歩いてくる。奇跡的な再開。朽ちた遺跡に見えるが、ゼオンには分かる。ここがゼオンの居た場所であることを。


「ノア! こ、この床を見ろ!」

「あ! 拳の形があるわね!」

「俺の拳だ!! 刻まれた字も俺のだ!」

「わたしの手形もあるわ!」

「ゼオンさんの字って、昔から汚いんですね!」


 ゼオンは驚き以上に、嬉しい気持ちであった。そして、ロイドの発言には腹立たしさを覚えた。床にはかつての仲間の手形や拳が刻まれている。時が経ち朽ちかけているが、あの頃のものだ。この地がかつて暮らしていた場所であることを疑う余地が無くなった。


 過去の想い出に浸っている時であった。ゼオンの前方から、声をかけてくるものがいた。調査隊ではなく、野盗といった感じであろう。言葉には怒気が含まれている。


「おい! ここで何してやがる!」

「金目の物を置いていけば、命だけは助けてやるぜ?  ハハハッ!!」

「俺達の縄張りに入り込んだのが悪いんだからなぁ」


 周りを見るといつの間にか囲まれていた。ゴロツキ特有の台詞を吐き、こちらを威嚇してくる。そもそもここは、ゼオンの場所だ。ゼオンは『縄張り』という言葉に頭にきていた。


「ここは、俺の家だ」

「は? こんな何もない廃墟がか? 大丈夫かお前? ガハハッ」

「死にたくなければ、直ぐに出ていけ……」


 静かな殺意を込めた視線を、ゼオンは野盗に向ける。吹いていた風の音が止み、ゼオンの覇気が周囲を支配する。その空間の中、悠然とゼオンは歩みを進める。


「ガキが一人で何ができる! やっちまえ!」


 複数の獣人族がゼオンに向かって飛びかかってきた。目の前から振り下ろされる剣を躱す。標的を見失い地面付近に留まろうとする剣を、ゼオンは足刀でへし折る。そのまま裏拳で、剣を振るう獣人の顎を打ち抜く。


 背後から二人の獣人が飛びかかろうとしてくる。ゼオンはその場で跳躍し、身体を勢い良く旋回させる。頭部に目掛けて放つ蹴りは、竜巻の様に二人の獣人を飲み込み後方に勢い良く跳ね飛ばす。


 支援のために放たれる魔術。炎弾に氷塊、切り裂く風の刃。ゼオンは意に介することなく、ゆっくりと歩みを進める。射程圏内に入ると、ゼオンは足元にためた力を開放し一気に詰め寄る。先ずは中央の一人。腹部に肘を突き刺し気絶させる。右側の獣人には、腹部目掛けて前蹴りを食らわす。つま先が食い込み、嗚咽しながら倒れていく。ゼオンは蹴り足を引き地面に降ろすと、反対の脚で後ろ蹴りを放つ。綺麗な放物線を描き側頭部に一撃を与えた。


「どうする?」

「ひ、ひぃっっ! 撤退だっ!」


 ゼオンは残っている野盗に言葉を投げかけていた。案の定、戦意を失った野盗は蜘蛛の子を散らすよう逃げていった。倒れた連中をマーロのギルドに突き出せば、何か分かることがあるかもしれない。


「ゼオンさん! 逃げていったけどいいんですか?」

「大丈夫だ、ロイド。野盗の頭首はあの中にはいないみたいだ。逃した連中を泳がして一気に捕まえる方が早い!」

「そうよロイド。追尾できるように、魔術でマーキングしたから! ゼオンの様にいつでも見つけられるわ!」


 ノアが変な事を行った気がするが、ゼオンは気にしないことにした。とりあえず捕まえた野盗をマーロに連行することにした。二度手間ではあるが、オントリア湖の調査は出直そう。今は懐かしい場所との再開に、喜びを感じたいとゼオンは微笑んだ。


 



 


 

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