【51幕】試合終了の鐘は親睦が深まり出す合図

「おいノア! お前の試合こそ酷かったぞ! 観客の顔が引きつっているじゃないか」

「無事に終わったんだからいいじゃない! 気にしたら負けよ!」


 試合が全て終わると、ケイエイ達がこちらに駆け寄ってきた。ゼオンはノアに文句を言ったところでどうにもならないと感じていたので、話を適当に切り上げてケイエイ達に視線を移していた。


「完敗だ! 手も足も出ないのは初めてだ。無礼を許してくれ」


 生粋の戦士。相手を認めたら、素直に受け入れる精神。獣人族の気質とでもいうのであろう。拳を交え、拳で語った者同士。闘い終えたあとは、全てを水に流し心を開く。ゼオンは獣人族のこういう気質が好きであった。


「ノアの姐さん! 俺達をあんたの子分にしてくれ! そこの御三方! 兄さん達からも頼んでくれないか」

「おい! 俺たちはノアの子分じゃないぞ! ロイドお前も何か言え!」

「そうですよ! 断じて違います! 弟子です!」

「ロイド? それは、違うと思うよ……」


 ゼオンは妙な角度から意見をひっくり返され、ロイドに対し呆れていた。ラインも同感の様だ。ここ最近ノアから特訓を受けているせいだろう。弟子という表現は、あながち間違いではないのかもしれないが。


「全部違うわよ! ゼオンは私の夫! そして一応、私の仕える王よ! で、この二人は家来。我がゼオン騎士団の一員よ!」

「全部でたらめだろ! まず、勝手に婚姻関係を結ぶな! 俺は王位はいらん。自由にさせてくれ! あと、ゼオン騎士団って何だ! 恥ずかしいからやめろ!」


 ゼオンは息継ぎを忘れ、ただただ否定の言葉を吐き続けていた。援護部隊の言葉を待つが、一向にこない。振り向くと、ケイエイ達と談笑している。これは、既視感か。以前にも見た光景の様な感じに襲われる。そして、いつの間にか腹部の痛みに襲われる。


「何か問題でも?」


 ゼオンは、耳元で囁くノアに意識を向けていた。気を取られた瞬間、ゼオンの腹部に拳が突き刺さっている。とりあえず、丸く収めよう。ゼオンは、紳士たる決断をくだしていた。


「何も問題はない……」


 ゼオンは悲しみを堪え、ケイエイ達の方に向かって歩いていた。そして、面倒なことにならなければ良いと祈りながら。


「がははは! ここまでうちの手練れがやられちまうとは! 恐れ入った! まあ、試合も終わったことだ! 無礼講といこうじゃないか!」


 アイオニックが笑いながらやってきた。無礼講ということは、試合終了後の親睦会。何かにかこつけて、酒が飲みたいだけではないかと勘ぐってしまう。だが、ゼオンは親睦会は嫌いではない。騒いで嫌な記憶を浄化しよう。酒は身を清めてくれるはずだ。



◇◇◇◇◇◇◇



「ゼオン殿! 我ら貴公に忠誠を誓う! 盃を交わしてくれ!」

「いや、面倒なんだが……」


 これ以上、変な面子の面倒を見たくはない。ゼオンの率直な気持ちだ。自由気ままに生きたいと思ったが、徐々に制限がかかっている気がしてならない。


「黙って飲みなさい!」

「ぐふぉっ!!」

「はい! これで盃は交わしたわ! 晴れて貴方達も、ゼオン騎士団の仲間入りよ!」

「おいっ!! 詐欺だろ!」


 最早、何を言っても聞き入れてもらえない。ゼオンは、諦めた。沈みゆく気持ちの中座っていると、ゼオンは肩をそっと叩かれた。ふと、横を見るとラーセツがいる。


「あんた達は、面白いな。不思議とその和の中にいたくなる。迷惑はかけない。厄介になるぞ。しかし、恐い嫁だな……ガハハハ!」

「まあ、仕方がないな……。拳を交わした仲だ! ついてきたいならついてこい!」


 ゼオンは現状を、そしてラーセツの気持ちを受け入れた。無礼講といくか。ゼオンはラーセツにエールを注ぎ、杯を交わしていた。



◇◇◇◇◇◇◇


「ひゃっはー!! エールが五臓六腑に染み渡るぜい!」

「ひゃっはー!! ! どんどん飲むだ!」


 キレ気質の二人が意気投合している。ロイドとクウセン、似た者同士だなとゼオンは染み染みと眺めていた。向こうではラインとジマールマンが武器談議を交わしている。酒に酔っているのか、武器に酔っているのかわからないが、恍惚の表情。近寄らないでおこう。ノアは笑いながら酒を注いで回っている。

 

「是非、ゼオン騎士団に! 弾むわよ!」


 ゼオンは啞然としていた。冒険者のスカウト。本気で何を目指しているのか、ゼオンには分からない。ノアを見ていると、こちらに気がついたのか駆け寄って来た。


「やったわよゼオン! 騎士団入団希望者が続出よ! これで、ゼオン騎士団も安泰ね」

「単に断るのが強かっただけだろ……」


 試合終了の鐘のあとは、互いにいがみ合わない。交わした拳が無粋に終わらないよう、敬意がそこに生まれる。そして、互いを理解する。


 ゼオンは何だかんだ、友と呼べる仲間が増えることに喜びを感じていた。

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