【48幕】内なる声はもう一人の自分

「あ、あの……。よろしく……お願いします。あまり、こういう試合は……好きじゃないんですが……」


 ロイドの対戦相手が、こちらまでわざわざ挨拶に来た。かなり控えめで大人しい性格なのだろう。声も小さく、弱々しく感じてしまう。狼の獣人。見た目はたくましく、身体に刻まれた傷が連戦練磨の印象を与えてくる。


「よろしくおねがいします! いい試合をしましょう!」


 ゼオンの横でロイドは安堵の表情を浮かべている。おとなしい性格と分かったためだろう。しかし、覚醒しているが礼儀正しいいつものロイドであることに、ゼオンは驚きを隠せなかった。


「ロイド? お前……今、普通に挨拶していなかったか?」

「え? 当たり前じゃないですか。礼儀ですよ?」

「いや、そういうことじゃなくてだな……。記憶があるのか? 力を開放しているのに!」

「ありますよ! ノア姐さんの……地獄のシバキ……ではなく、特訓の成果です……。ふっ」


 遠くを見つめ泪を流すロイドを見て、ゼオンはこれ以上の質問はやめた。誰にだって、触れられたくない記憶はあるだろう。ちらっとノアを見ると、不敵な笑みを浮かべていた。


「どう? ゼオン! ロイドを完璧に調教……特訓を積み重ね、意識を保ったまま力を開放できるレベルにしたのよ!」

「ノア……何か変な言葉が漏れていたぞ……」

「気のせいよ! それよりロイド! 分かってるわね!」

「はい! ノア姐さん! 盛り上げてきます!!」



◇◇◇◇◇◇◇



「次こそ頼むぞ! 剛脚!」

「八つ裂きにしてくれ! クウセン!!」


 会場の熱気が高まる。大人しそうなクウセンとやらの試合が、そこまで盛り上がるのだろうか。ゼオンは怪訝に思っていたが、その答えを目の当たりにして納得した。ロイドがお辞儀をした次の瞬間のことであった。クウセンが人差し指を口に当て、会場に静寂を求めた。その行為に応えるように、会場は静まり返る。そして、クウセンの声だけが会場にこだまする。


荒れ狂う獣の心バーサーカーソウル……。――――――ひゃっはっー!! 俺様の相手は、このチビっ子か!! 美味そうな肉じゃねぇか! がははははっ!!」


 会場が一気に盛り上がる。これだけの二面性は、見たことが……あった。なるほど。ゼオンは、似た者同士の闘いだなと感じた。ただ、ロイドだけは違っていた。離れていても分かるくらい泣き顔。そして今日一番の、歓声を上回る声をゼオンは耳にした。


「こんなの……詐欺だぁっっっっ!!!」


 クウセンに背を向けてこちらに向かってくるロイド。覚醒しても、性格がこれでは無理がある。ゼオンが棄権でもさせるかと思い、ノアに話しかけようとした。ゼオンが言葉を発するより早く、ノアが口をひらいた。


「ロイド! ジビエ料理が好物って言ってたわよね? 特に狼。勝ったらたんまり食べさせてあげるわよ!」


 この言葉に反応したのはロイドではなくクウセン。ゼオンは、ロイドがノアに嵌められたことに気がつく。ノアはクウセンを明らかに挑発している。ロイドを見ると、首を前後に振り敵の所在を確かめている。


 ゼオンは静かに目を瞑った。ロイドに伝える言葉は何であろう。ゼオンは、考える。前門のノア後門のクウセン。そこから導き出した答え。ゼオンは大声でロイドに伝えた。


「ロイド! 俺を巻き込むなよ!!」


 助けてやりたいが、あえて厳しく突き放す。友よ、強敵ともになって帰ってこい。ゼオンもロイドの成長には期待してしまう。親の心子知らず。ロイドには気持ちは伝わっていないようだ。絶望の表情で、またつぶやいている。


「悪の黒幕はノア!! 裏切り者はゼオン! 嘘つきはクウセン! この三人を消さずして僕の人生に未来はない!!  僕の……僕の未来を返せっっっっ!」


 とりあえずスイッチはもう一度入ったようだ。このあとのことについて、ゼオンは考えない。考えるだけ時間の無駄と分かっているから。静かに成り行きを見守ろう。隣で小刻みに足踏みをするノアから、ゼオンは静かに距離をとった。


 



 

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