【47幕】怒りは自分を奮い立たせる感情
「ゼオン? 何だったの、あの試合は。こっちまで恥ずかしいじゃないの!」
ノアのこめかみに青筋が浮かんでいるような気がしたが、ゼオンは気にしないことにした。盛り上がると信じていたが、結果は違った。求められていたのは滾るような激しい闘い。技を受け止め押し出す、玄人芸な闘いは求められていなかった。ゼオンは悲しみと同時に膝を抱え地面に座っていた。
「ライン……後は頼んだ……」
「ちょっとやりづらい雰囲気だね。まあ、ゼオンよりは盛り上げられるかな!」
さらりと心の傷をえぐることを言ってくるな。ゼオンは地面に指で何度も丸を書きながら、まだ膝を抱えて座っていた。
「ゼオンさん……。十分でしたよ! あんな凄い試合はそうそう見れませんよ!」
「なに? そうか! そうだよな! 分かりやつには分かるんだ! はははっ!」
「二人とも何を言ってるの? 黙ってなさいよ。あなた達は前座でしょ? しっかり引き立てなさい!」
「すみません……ノア姐さん」
「ちっ……」
ゼオンは思わず舌打ちをしていた。舌打ちなんてしなければ良かったという後悔は、光の速さを越えて訪れた。身体に流れ込む痺れるような痛み。ゼオンはノアに手を握られていた。恋をすると電撃が走るとはよく言うが、ゼオンはこれもそうなのかと錯覚に落ちる。だが直ぐに、違うと気がつく。ノアに握られた手からゼオンに流れ込むのは、殺意という名の電撃。ゼオンはこの殺意の込められた魔力に抗うことを止めた。痺れたふりをして暫く休もう。ゼオンは気を失った。
◇◇◇◇◇◇◇
「いつまで転がってるの! 邪魔よゼオン!」
顔を踏まれているのが少し気になるが、ゼオンはムクリと起き上がった。電撃による筋肉の弛緩と仮眠による神経の休息。ゼオンはスッキリした感覚であったが、それを口にはしない。口は災いのもとである。
試合はすでに始まっていた。何分か経過しているのだろう。ラインの対戦相手が肩で息をしているのが見える。ラインは双剣を使用しているが、見たことのない形であった。
「あれは何だ?」
「僕も初めて見る剣です。変わった形をしてますね」
「ふふふっ! 気がついたかしら? あれは刀という武器よ!
鍛冶師というのドワーフ族だろうか。確かな技巧で創り上げられた刀という武器。
ラインは刀を匠に扱い、相手の技を静かに受け流している。刀がラインと同化しているかの様な錯覚に陥るほど、動きに無駄がない。ゼオンは感心していた。対戦相手は『剛剣のジマールマン』という、熊の獣人だ。身の丈程の長剣を使っている。ジマールマンは身体強化魔術を使っているのだろう。それでも、ラインの技量には及んでいない。子供をあしらうかのようだ。
ジマールマンの猛攻を静かに受け流していたかと思った次の瞬間、ラインはジマールマンの背後に立っていた。剣先をジマールマンの首元に突き付ける体勢で。会場には『参った』という言葉だけが、静かに歩いていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「なんだろ? ゼオンと同じ空気だね……」
「お疲れ様、と言いたいところだが気をつけろ……」
一度ならず二度も。ゼオンは振り向く気力が無くなっていた。振り向かなくてもわかる、怒りの熱量。ラインと目を合わせ頷き、認識を共有する。全てはゼオンの横にいるロイドにかかっていることを。
「とりあえず、暴れろ! 日頃の鬱憤を晴らすんだ! 相手は俺だと思え! 負けたら二度と旨い飯が食えないぞ!!」
ゼオンは激励になっているのか分からないが、ロイドの肩を叩き言葉を送った。ロイドの脚が震えているのが気がかりだか。恐怖で押しつぶされたら、試合にならない。だが、ゼオンの心配は杞憂であった。
「相手はゼオンさん。ゼオンさんより弱いゼオンさん! 顔がゼオンさんに見えてくる。きっとそう見える……」
小さな声で呟き続けるロイドの様子が気になり、ゼオンが顔を除くとロイドは目を閉じていた。自己暗示でもかけているのか。
「諸悪の根源はゼオン! 憎むべきはゼオン! 我が怒りをゼオンに! 消し炭にするぞぉぉぉぉぉっ!」
呟き終わり目を見開くロイドを見て、ゼオンは驚いた。金色に輝く瞳。理性を失わず眠る力を呼び起こしたのか。試験の時以来であろうか、久々にロイドの真の力が見れそうだ。ゼオンはロイドの呟いた自己暗示の言葉も気になったが、それよりも目の前にいるロイドの成長が堪らなく嬉しかった。
成長を望むか望まぬかは本人次第。ゼオンには分からぬ、ロイド本人のみが知る真実。どんな形であれ、ゼオンの楽しみが一つ増えた。自分で自分と互角な者を育てる。ノアだけに預けるのは、やはり勿体ない。ゼオンはロイドを、ほんの少し見直していた。
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