【46幕】境界線は相手の技量を測る標
「最初は俺だな!」
真剣試合。ゼオンは獣人族の冒険者からの申込みを受け入れた。正確には受けさせられただが、ゼオンにとってはどちらでもかまわない。力比べほど楽しいことはないからだ。今は試合の順番をくじで決めていた。ゼオンは一番を引当てた。先ほど失言をした獣人については、ノアに任せるのが一番だと全員一致で決まった。ゼオンをかわきりに、ライン、ロイド、そしてノアと決まった。
「安心して! 殺しはしないわ! 二度と口がきけないようにはするけど!」
ノアの発言に、ゼオンは軽く頷いた。ロイドもラインも頷くだけで、ノアを見ようともしない。踏み込んではならない領域がそこには広がっている。
マーロの冒険者ギルドが管轄する訓練場にゼオンは立っていた。物珍しいのか、獣人族の冒険者達が観戦に来ている。ギルドマスターのアイオニックが申し訳なさそうな顔をしなからゼオンに向かって歩いてくる。
「すまないな……。調査応援に来てくれたのにな」
「気にするな。獣人族に認められるには、力だろ」
血の気が多く闘いに生きる種族。認められるには、力で勝るしかない。言葉で語るよりも拳で語る。ゼオンは単純明快な獣人族のやり方が嫌いではなかった。真剣試合というのも納得する。模擬戦では使わない本物の武器を使用することで生まれる緊張感。闘いを楽しむ本能が求めるのであろう。
「ああ見えてあいつらはかなりの実力者。マーロ冒険者ギルドのなかでも一目置かれている連中だ。気をつけろよ……」
「問題ない」
ゼオンが周りを見渡すと、獣人族の冒険者達が雄叫びを上げ異様な熱気を放っていた。ギルドの実力者の闘いとなると、否が応でも興奮するのだろう。
「うおぉぉぉっ! 死獣王達が闘うぞっ!!」
獣人族の冒険者。先ほどの四人は死獣王と呼ばれているのか。四天王と呼ばれる様なレベルであろうか。そうであるならば、マーロの冒険者ギルドでかなりの実力者だ。ゼオンは嬉しくなってきた。
◇◇◇◇◇◇◇
「俺の相手は、腕相撲の兄さんか。あいつも根は悪くないんだがな。まあ、恨みはないが試合は試合。悪く思うなよ」
「気にするな。それより、楽しませてくれよ」
「面白いやつだ。俺の名ははラーセツ。後悔するなよ」
「俺はゼオン。お前も後悔するなよ!」
ゼオンの目の前にいるのは、ゴリラの獣人。全身が無駄の無い筋肉という感じだ。落ち着いて見えるせいか、他の獣人にはない強さを醸し出している。その強さへの信頼からか、観客達が異様な興奮を表すかのように煽っていた。
「捻り潰してくれ! 『剛腕のラーセツ』!!」
「そんなやつ、秒殺だろ!!」
敵地であるが観客をわかせ、試合に楽しむ方法はないかとゼオンは考えた。ゼオンは一番良いと思う試合を思いついた。足元につま先で線を引き、ゼオンはその上で手招きをする。
「ラーセツ! こんなのはどうだ?」
「俺に殴り合いを挑むのか? 本当に面白いやつだ! がはははは!」
平行に引かれた二本線。互いの
「純粋な殴り合いで俺に勝てるやつはいないがな! 『剛腕』の二つ名、味わせてやろう!」
「世界は広いぞ? あまり驕るな」
「言葉で語るのは野暮だな、さあ始めるか!」
その言葉と共に、ラーセツの拳が顔面に迫る。ゼオンは顔を前に出し、額で拳を受ける。衝撃が額から全身に広がる感覚に陥る。だか、倒れたり吹き飛ばされる威力ではない。
「おい! こんなものか?」
「ほんの挨拶だ!」
ゼオンはラーセツを挑発する。挑発に乗ったのかはわからないが、ラーセツのギアが上がり攻撃の手数が増える。拳にかかる力も増している。ゼオンはあえて攻撃を避けず、全てを身体で受け止める。力を力で跳ね返すより全てを受け切ることで力の差を見せるほうが、ラーセツには負けを認めさせやすいとゼオンは考えた。
「手も足も出ないじゃないか! 口だけか!」
ゼオンは迫りくるラーセツの突きに蹴りを身体に受け止め、どれほどの修練を積んだのか理解する。一般的に見ればたゆまぬ修練を重ねたと言えるだろう。だが、ゼオンから見ればまだまだである。
「どうした! 反撃もできないか! がははははっ! ……は?」
「よく見てみろ」
ゼオンは足元を指差す。攻めているのはラーセツで、防御に徹しているのはゼオンである。だが、知らぬうちに線を越えていたのはラーセツ。ゼオンは攻撃を受け止めながら、圧で押し進んでいた。
「ラーセツ。お前の力は確かに凄い。だが、それだけだ」
「何だと?」
「拳が軽いんだ。そんな拳で俺を倒せると思うな」
「完敗だ……」
項垂れるラーセツを背に、ゼオンは歩き出す。観客達は驚いたのか、静まり返っていた。もっと盛り上がると思ったが残念だなと、ゼオンは小さく呟いた。
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