【45幕】口は災いのもと

 目が覚めた時、ゼオンは食堂の机に突っ伏していた。エールや地元の葡萄酒など、かなりの量を飲んでいたせいか記憶がところどころ抜けている。ロイドとラインは部屋に戻っているようだ。ノアもこんな所では寝れないと言って、明け方近くに部屋に戻ったことだけは覚えている。ゼオンは動けぬふりをしていたところ、寝入ってしまった。机に突っ伏して寝ていたせいか、身体が痛む。頭が痛いのは酒のせいだろう。


 陽の光が差し込み、暖かな朝の匂いがゼオンを包む。まだ寝ていたいところだがそうもいかない。ロイドにノアが食堂に降りてきた。あれだけ呑んで睡眠もろくに取っていないにも関わらず、元気に歩いているノアには恐れ入る。


「おはようございます! ゼオンさん、こんなところで寝ていたんですか? とゆうより、臭っ! 身体から酒が溢れてますよ?」

「み、水……」


 ゼオンは怒る気力も湧かず、ロイドに水を持って来るように頼んだ。喉の渇きと頭痛をどうにかしたい。ロイドが持ってきた水を一気に流し込む。少しは辛さが流れていく気になる。ゼオンはユニコーンに二日酔いを治してくれと頼むが、そんなことに魔術は使えないと断られてしまった。ゼオンは仕方無く水を飲み続けている。


「コーヒーも二日酔いに良いのよ」

「うゔ……」

 

 ゼオンはノアから差し出されたカップを受け取る。カップの中に広がる漆黒の波。ゆるりと口を近付け体内に運ぶ。香ばしく優しい苦味。二日酔いの細胞達を起こしてくれる気がする。身体も内側から暖まる。暖まるはずが、様子がおかしい。胃の奥底で何かが暴れて止まらない。


「グヌッハッッ!!!」 

「どう! 特製コーヒーは!」

「ノアっっっ! 何を入れた!!」

火の大蜥蜴サラマンダー! 」

「そんなもの飲ますなっ!」

「二日酔いには発汗よ! 最高の解毒方法デトックスでしょ! 内側から燃やすの!」


 汗が滝の様に流れ出す。身体の中に眠る酒達が断末魔をあげながら飛び出してくる。コーヒーの覚醒作用も相まって、ゼオンは快方に向かう気がした。しかし身体が熱い。ゼオンは宿の外に飛び出し、水を頭から被り身体を冷やしていた。ゼオンはノアに魔術を頼んだいた。


「ととのう…………」

「でしょ!!」

 

 危うく燃え尽きてしまうところであったが、身体から熱が放出され冷えだす。熱さで目覚める攻撃的な感覚と、冷たさに引き込まれる冷静な感覚の狭間でゼオンは揺らいでいた。

 

「何をやっているんですか、まったく」

「ロイド! お前もやってみろ!」

「嫌ですよ。恥ずかしくないんですか?」


 上半身裸で朝から水浴びをし、恍惚とした表情で地面に寝転がるゼオン。向けられる数多の視線。確かにここでやることではないのかもしれない。


「お〜い。ゼオン! 何してるんだい?」


 ゼオンが声の方を見ると、窓からラインがこちらを見ていた。色々あったが、『ゼオン』と呼ぶようにラインを説得した。


「ちょっとした二日酔いからの脱却デトックスだ」

「そうなんだ! で、向こうのお客さんは?」


 ゼオンが視線を移すと、そこには昨日の酒場で絡んできた獣人族の冒険者達がいた。鉄板中の鉄板。仕返しに来たのであろう。


「おい貴様! 昨日はよくもコケにしてくれたな!」


 ゼオンは聞いていて笑いそうになっていた。演劇でよく聞く台詞ではないか。劇団員に引けを取らない迫力だと感心していたが、よく見ると本当に怒っている。そこまで怒るものだろうかとゼオンは不思議に感じた。


「たかだか腕相撲だろ?」

「人間族ごときが生意気なんだっ!!」


 種族の誇りとでもいうのか、やっかいな奴に絡まれたなとゼオンはため息をつく。冒険者同士の喧嘩はご法度。これは変わらないのだから、喧嘩を売られても買うことはできない。


「悪いんだが、お前に付き合う時間はないぞ」


 ゼオンが軽くあしらおうとすると、獣人族の男が鞘に入った短剣を投げてきた。ゼオンの足元にストンと落ちる。


「おっとすまん! 手が滑っちまった。その短剣を返してくれないか?」

「これか?」


 ゼオンが短剣を拾って投げ返すと、獣人族の男はニヤリと笑った。何か悪だくみでもあるのだろう。ゼオンは様子を見るため大人しく待っていた。


「返したな?」

「お前のだろ?」

「がはははは! 馬鹿なやつだ!」

「自分の物を返してもらって、笑い出す人のほうが馬鹿だと思いますけど……」

「ロイド。可愛そうだから、それは言うな……」


 ゼオンは目の前で笑う獣人族の男を凝視していた。いつまで笑っているのかと思ったが、言葉を発するまでそれほど時間はかからなかった。


「皆! 見たよな?」

「おぉ!!」


 獣人族の男は煽るかの様に言葉を発し、周囲を見渡している。ゼオンを見ていた周りの獣人族も興奮しながら叫び返している。


「獣人族の習わしでな。投げた短剣を受け取り、投げ返す。この行為は、真剣試合の申込みと受諾を意味するんだ!」

「真剣試合?」

「喧嘩でもなく、模擬戦でもない! ギルド公認の実践形式の試合だ! まあ、死にはしないから安心しろ! がはははは!」

「面白い! やろうじゃないか!」


 ゼオンはニヤリと笑っていた。ロイドは泣き出しそうな顔で首を横に振っている。異国の地で楽しい時間を過ごせるなんて運が良いとゼオンは感じた。


「私はパス! 汗なんてかきたくないからね。ロイド! あんたが変わりに闘いなさい!」

「は、はいっっ!!」

 

 泣き出しそうな顔に加え、青白くなるロイドの顔面。ゼオンは隣で見ていて哀れみを感じていた。しかしロイドの特訓の成果を見るには最適かもしれないとゼオンは考えていた。


「がはははは! エルフ族の姉さんは疲れるから嫌だとよ! 流石に何百年と生きているとキツイよな。だからか? がはははは!」


 ゼオンは背中に戦慄が走るのを感じた。ロイドを見ると、小刻みに震えながら口をパクパクと震わせ何かを訴えてくる。言わんとすることは分からないでもないが、振り返ってノアを見る気にはならない。それほどまでに、禍々しい魔力と冷酷な殺意が溢れでていた。


「うふふふ! 面白そうだから私も闘うやるわ! うふふふっ!」


 ゼオンは、意を決し振り返る。ノアを見ると笑っていた。安心したのもつかの間。ノアの目を見ると笑ってはいない。奥底から伝わる憎悪に殺意。ありとあらゆる厄災がそこには封じられていた。


 ――口は災いのもと。万人に共通する真実かもしれないと、ゼオンはそう思わずにいられなかった。あの獣人族の男の墓ぐらいは建ててやろうと、ゼオンは軽く祈っていた。


 

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