【44幕】酒は百薬の長
リマ王国の第二都市マーロ。オントリア湖の近くに位置しており、カドレニア王国とモルベガ王国に挟まれている。同盟国ではないこともあり、戦後、和平は結ばれたが国交は皆無に等しい。
マーロの都市部で人間に会うとすれば、今回の失踪事件の調査団として来た冒険者達であろう。基本的には獣人族の姿しか見ることは無かった。
ゼオンは、マーロの冒険者ギルドに来ていた。依頼を受けたラインと一緒である。今回は、ノアとロイドが同行している。ロイドはかなり渋っていたが、ゼオンがノアと共に首根っこを押さえて、連れてきた感じだ。
ゼオンの横でラインはカドレニア王国の冒険者ギルドで渡された依頼受託書を提出していた。受託書を確認した受付担当から応接室に向かう様に指示を受ける。扉の向こうは広く絵画や美術品が整然と並んでいる。中央には木製の歴史を感じるテーブルと、黒革のソファーがあり一人の男が座っていた。
「おう! 遠路はるばるありがとうよ! 俺はここでギルドマスターを務めている、アイオニック・ヴェガだ。よろしく頼む!」
アイオニックと名乗ったのは、熊の獣人。ゼオンよりも背が高く、体躯も大きく見える。眼光は鋭く、穏やかな口調ながらもこちらを品定めしているようにみえる。ゼオン達も自己紹介を済ませ、今回の事件について話を聞くことにした。
「一ヶ月前位から、オントリア湖で冒険者が行方不明になっているんだ。魔獣討伐や資源採取位でしかあの場所には行かないんだがな。そんなに危険度も高くないから、死んだってことはないはずだ。それに遺体もあがっていない。さらに行った者全員が行方不明になるわけではない。普通に帰還した連中もいる。皆気味悪がって依頼を受けないんだ」
帰還した冒険者に異常はなく普通だったようだ。遺跡があるわけでもなく、そこまで危険な魔獣もいない。冒険者が消える理由があまり見当たらない。
「他に手がかりは無いのか? 消えた連中の特徴とか何か無いのか?」
あまりの情報の少なさに、ゼオンは答えを求めるかの様に質問を投げかけていた。
「さっぱりだ! がはははは!」
アイオニックの豪快な笑い声に、嘘が混ざっている気配をゼオンは感じなかった。恐らく本当であろう。とりあえず、現場に行けば分かるのであろか。
「これじゃ、八方塞がりだね」
「そうですね。オントリア湖に行ったところで、何か分かるのか疑問です……」
ゼオンの隣で、ロイドとラインがため息をついている。訳のわからぬ依頼を受けたと、顔に出ている。しかしそもそもはロイド、お前が運んで来た依頼だ。ゼオンは目で訴える。視線に気がついたのか、ロイドはゼオンから目を背けていた。
「まあ、今日は移動で疲れただろう! このギルドは、宿泊施設も併設しているんだ。明日に備えて、休んでくれ!」
アイオニックの進言に従うことにした。ゼオン意外は、披露が見えている。それに日もくれ始めている。まずは身体を休めよう。ゼオンは部屋に向かった。
◇◇◇◇◇◇◇
「何でこの部屋割りなんだ!」
「何よ? 私と同じ部屋になって何か不満なの? 未来の妻でしょ!」
「いや、違うと思うが……」
二部屋しか空きがなくゼオンとノア、ラインとロイドの組み合わせになった。ゼオンはかつての仲間と野営をしたときの事を思い出していた。遺跡探索の時だったか。ノアともう一人女性が同行していた。テントを覗くなと牽制しテント周りには魔術トラップを張り巡らせ、ゼオンを始めとする男達には覗くと爆発する魔術がかけられた。止せばいいものを、悪ふざけで覗いた仲間は見事吹き飛び、全治一ヶ月の負傷を負っていた。
安心して眠れないじゃないか。ゼオンはロイドの部屋に寝させろと目で訴えるが、首を振られた。買収ではなく、恐怖による支配。ラインは目を閉じてこちらを見ようとしない。とりあえず、寝るときに考えよう。ゼオンは現実逃避をするかのように、食堂へ足を運んでいた。
◇◇◇◇◇◇◇
食堂では冒険者が大勢いたが、ゼオン達意外は獣人族であった。食堂に入るやいなや、珍しいモノを見る様に多くの視線が八方から集まる。
「こりゃ、珍しいな! 人間族にエルフ族までいるぞ! 観光旅行か? ぐはははは!」
冒険者同士の喧嘩はご法度。からかわれても、絡まれても手を出してはならない。国境を超えても存在するとは、面倒なルールだとゼオンは感じてしまう。ゼオンはとりあえず揶揄を無視して席に座る。マーロではマーロエールとモッツァレラ・イン・マーロが有名だ。モッツァレラ・イン・マーロは、モッツァレッラチーズとアンチョビをパンに挟んで揚げた食べ物である。ゼオンは、これを噂で聞いており楽しみにしていた。
「おいおい! 一丁前にエールかよ? ガキはミルクが相場だろ?」
ゼオンは弱い者から喧嘩を売られても買うことはしない。ただ、こう五月蝿いと旨い料理が台無しになる。こういう連中を黙らせるにはあれしかないな。ゼオンは席を立ち、からかうことを止めない獣人の席の前に移動した。
「おい。静かに飯を食わせてくれ」
ゼオンはテーブルに肘を付き、開いた手で相手を挑発する。人差し指で手招きし、ゼオンはかかってこいと合図していた。古今東西、酔っぱらいは腕相撲が好き。殴り合いではなく、握り合う拳。繋がる筋肉での会話。黙らせるにはちょうど良い。
「俺たち獣人族の筋力は、お前らよりすげぇんだけどな! 舐められたもんだぜ」
案の定、挑発にのってきた。ゼオンは目の前の獣人の手を握る。開始の合図がかかり、ゼオンの腕にちからがかかり始める。気がついた時にはテーブルまであと数cmになっていた。
「口ほどにもないな! ははは! もう終わるぜ?」
「どうかな?」
「ははは……は? う、動かねぇ……!」
「静かにしてろ!」
ゼオンは、おちょくるのを止めた。テーブルに料理が届くのを確認したからだ。一気に相手の腕を反対側に運ぶ。恥ずかしくなったのだろう。獣人は逃げる様に食堂から出ていった。ゼオンは胃袋を満たすべく、テーブルに向かった。
席に着いて料理を食べていると、遅れて来たロイドとラインが来た。ノアが見当たらないなと思ったが、ロイドの指差す先を見て、ゼオンは納得した。向こう側で始まっている、飲み比べ勝負。ノアは、酒豪だ。売られた喧嘩を買ったんだろう。
「エールなんて水じゃない! もっと強いお酒じゃないとつまらないでしょ!」
次々空になるグラス。倒れていく獣人達。ノアのペースで、強い酒を飲んだら駄目だな。あいつら、明日は動けないな。
酒は百薬の長。飲み過ぎれば、百毒の長。良くも悪くも、己次第。ゼオンは、矛先がこちらに来ないようにノアを見ないことにした。
「あ、ゼオン! ここのお酒、最高ね! 朝まで飲むわよ!」
部屋でノアと眠るより、まだマシなのか。仕方がない。ロイドも道連れだな。
ゼオンは、杯を乾かした。
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