【43幕】打合せは話がそれる未知の道
「だから、その呼び方はやめろ!」
ゼオンは何度も注意をしたが、一向に聞く気配が見えないラインに腹が立っていた。からかわれているのか、笑いながら言い回しを変えて執拗に繰り返してくる。気になるのは、からかいに乗っかり煽る他の聴衆。止める気配は全く無さそうだ、
「ご先祖様でよくないかな?」
ラインに家名の話をしたのが運の尽き。ゼオンの直系ではないにしろ、遠縁の関係。ラインからは、ご先祖様と笑われながら呼ばれてしまう始末。間違っていないだけに、悩ましい。
「え〜。それでは、おじいちゃんはどうですか?」
――トラジェ。この見た目でそう呼ばれていたら気味が悪いぞ。
「直系じゃないなら、叔父貴とかかしら?」
――ダリア。何となく、バイオレンスな香りが漂うのだが。
「親族もどき?」
――とりあえずゼオンはロイドの頭を軽く叩く。
「なかなか決まらないものだね! ご先祖様!」
「いいか! そもそも、俺の呼び方を決めるために集まったんじゃないぞ!」
リマ王国にある、オントリア湖。最近この場所で冒険者が消える事件が発生していると、ロイドが情報を持ってきた。リマ王国の冒険者ギルドからの要請で、調査団の派遣依頼が王都の冒険者ギルドに来ている。この依頼を受けるには、金衣級以上の冒険者でなければならないというので、白金衣級のラインを頼りに来たというわけだ。だが、話は大いにそれている。
「ゼオンでいいだろ! そこまで言うのならば、ご先祖様命令だ! 従え!!」
「はい! ご先祖様!」
部屋に笑い声がこだまする。ゼオンもいつの間にか笑っていたが、ふと冷静になる。ご先祖様とは数世代前の血縁者。ゼオンは生きている。死んでもいなければ、供養もされていない。祀られるいわれは皆無。ラインのからかい方には、黒い何かを感じてしまう。
ここで言い返すとまた面倒になるな。ゼオンは悔しさを噛み締め窓の外を眺めていた。空は素晴らしく青いのに、ゼオンの心は何故か黒一色に染まろうとしていた。笑顔の裏で流す心の泪。ゼオンは太陽の光で心を浄化しようと考えていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「面白そうだね! いいよ!」
ラインの快諾に、ゼオンは喜んでいた。これでリマ王国に行くことができる。時間を作れば、依頼とは別の目的。ゼオンのかつての拠点を調査できる。
トラジェの話では、リマ王国との戦争は五十年前に人間族との同盟を快く思わない、獣人族の強硬派が引き起こしたという。リマ王国で聖地とされているオントリア湖。同盟国とはいえ、他種族の者が足を踏み入れることが許せないという思想らしい。
強硬派との戦いであったが、都市部に人間族が攻め込んだことが引鉄となり、国家同士の戦争に拡大した。後に、人間族が攻め込んだというのは強硬派の捏造と判明し、戦争は収束に向かった。強硬派が罪に問われ、処罰を受けたと記録されている様だ。
「え〜。今回の事件ですが、強硬派の残党が絡んでいる可能性も否定できないですね」
トラジェの言う通り、強硬派の残党が存在し活動が再開されていることも、ゼオンは可能性としてあるなと感じた。
「えっ! そんな場所に行ったら危ないじゃないですか! 痛てっ……痛てて! お腹が痛くなってきました……僕は行けなそうです」
強硬派と聞いて、ロイドは怖くなったのだろうか。下手な芝居で、不調を訴えてくる。ゼオンはロイドの肩を叩き、静かに指を指す。視線をあちらに向けてみろと意味を込めて。ゼオンが指差す先には、仁王立ちでロイドを睨むノアの姿があった。声は出していないが、口が動いている。
――い・く・わ・よ・ねはっきりと分かる口の動き。有無を言わせない威圧感。ゼオンがロイドを見ると、顔が青ざめている。
「あれ? お腹の痛みはなくなりました! さあ、ゼオンさん! 行く支度をしましょう!」
引くも地獄、行くも地獄。ゼオンは、少しだけロイドに同情した。それにしても、強硬派より恐れられているようだが、ノアは一体どんな特訓をロイドにしているのだろうか。ゼオンはノアに聞こうかと思ったが、余計な詮索は身を滅ぼすと思い、忘れることにした。
リマ王国に向けての準備。時間は少ないが、できることをやっておこう。ゼオンは、拳を軽く握った。
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