【31幕】本番は練習の成果を知る舞台

 ゼオンは、スタートの合図と同時に走りだした。ロイドも、必死についてくる。最初の障害物は何かと、目の前にある一脚の机を見る。モノではなく、イベントであった。机の上には、バケツが置かれている。バケツの中身は……アイスクリームであった。


「選手が一斉にスタートしたっす! 横一線っすね」


「最初の障害物イベントは、アイスクリームの早食いよ!」


 会場に状況説明を行う、担当教授の解説が響く。この二人は、ふざけているのではないか。内容が全く理解できない。ゼオンが机に座ろうとすると、ロイドが手で制してきた。いけるのかと、ロイドを見る。静かに、頷いた。


「遺跡や、戦地。多くの危険が伴う場所では、落ち着いて食事なんて論外っす! 」


「そうよ! いかに早く食べるか。食べられるときに食べておく。皆! ここ大事よ!」


 訳のわからん持論を、自信満々に展開されても困る。ゼオンは、反応しないように、目の前に集中していた。ロイドは、アイスクリームをひたすら口にはこんで……いない!


 ロイドは、極めて小さな威力に調整した、火炎矢フレイムアローをバケツに放り込んでいた。緻密な魔術操作で、放たれた小さな火の矢は、程よい具合にアイスクリームを溶かす。バケツを持ち上げ、ロイドは一気に飲み干していた。


「食闘技! 食変換コンバージョン! 食すのではなく、飲む。、これが技です」


 敵には回したくない奴だ。味方で良かったと思うが、今は、そんな悠長なことを言っている場合ではない。ロイドを引っ張り、次に向かう。


 次は、障害物であった。垂直な壁。要所要所に、指や足をかける小さな凹凸おうとつがある。これを二人で、登って、反対側に降りろということか。ゼオンは壁を見上げる。壁の高さ、20m位であろう。大したことはないが、ロイドは苦手そうだなと考えた。ゼオンは、ロイドを片手で担ぐ。担いだまま、登ることにした。

 

 これ位の高さ、ある程度の凹凸おうとつがあれば、ゼオンにとって登ることは容易であった。魔術を使わず、指の力とつま先で壁を蹴る力を巧みに使い、身体を上へ上へと運んでいく。まるで、飛んでいるかの様に、あっという間に先端に到達する。壁の頂にある足場に立つと、ゼオンは、ロイドを壁から突き落とす。


「ロイド! 鍛錬の成果を見せる時が来たぞ! 」


 悲鳴をあげながら、ロイドが落ちていく。ゼオンは、普通に、飛び降りる。二人共、無事に着地していた。会場も、二人の異様な行動に沸き立っていた。


「ゼオンさん! 意外と平気でした! 」


 文句を言って来るかと思ったが、この間の崖に比べれば可愛いものだったのだろう。ロイドは、笑っていた。足を踏まれているのは、何故だろうか。ゼオンは、やはり、いきなり突き落としたことは、まずかったかと思った。


「さあ、次だ! 」


 ゼオンは、次に向かう様に、ロイドを促す。ここは、誤魔化しておこう。後ろでロイドが、何か呟いているが、聞こえないフリをした。


 次に待っていたのは、火炎。ただただ、純粋にコースが燃えている。普通の感覚の持ち主であれば、怯んでしまい、前に進めないだろう。距離にして、およそ50m位。 


「これだけの範囲が燃えていると、水系統の魔術でも、自分のところだけ消すのは厳しいですね」


 確かに消したとしても、隣の火が移るだろう。駆け抜けるしかないか。しかし、ロイドには厳しいかもしれない。ゼオンは、これはどうだと、閃いた考えをロイドに伝える。


「向こう側まで投げ飛ばす。どうだ? 」


 炙られながら進むか、投げ飛ばされるか。究極の二択。行くも地獄、引くも地獄。大げさかもしれないが、ロイドには嫌な選択だろう。


「ゼオンさん……。飛びます!! 」


 いい決断だ。ゼオンは、ロイドに魔力で身体を守れば、問題ないと伝えた。ロイドを寝そべらせ、足首を掴む。ゼオンは、その場で回転を始め、ロイドを振り回し、遠心力を利用して投げ飛ばす。ロイドはキレイな放物線となり、火炎の海を超えていく。それを見て、ゼオンは走り出す。


 火炎をくぐり抜け、ゼオンは火の粉を払う。距離も短く、ゼオンにとって、そこまできつくはなかった。以前、火山地帯で似たような状況で鍛錬したことを思い出す。次は、ロイドも連れて行こう。


 半分以上、進んだであろう。目の前に、鉄の塊が置かれていた。その先には、扉。コースに似つかわしく無いものが置かれているな。ゼオンは、何をすれば良いか、分からなかった。


「いよいよ、ゴールも近いっす! 早い選手は、今、鉄の塊に対峙してるっす! 」


「そうね! 鉄の塊の中に、鍵があるからね! 鍵を手に入れ、扉を開ける。簡単でしょ! 」

  

 なるほど。この鉄の塊の中から、鍵を取り出せばよいのか。ゼオンは理解した。魔術を使わないで取り出す。ゼオンは、物理的に破壊するしかないなと、拳を握る。


「ゼオンさん! 大丈夫ですか? 」


 問題ないと答え、鉄の塊の前に、ゼオンは仁王立ちになる。鉄の塊を触り、傷やひびなどないか確認する。小さな傷を見つけた。ゼオンは狙いを定め、足を肩幅に開き腰を落とす。握った拳は、引き寄せていた脇から、狙った箇所に何度も放つ。掘削するように、拳が鉄を削っていく。ゼオンの連打が止むまで、数十秒。拳が鉄を叩く音が消えたとき、ゼオンは鍵を手にしていた。


「これで、扉をあければいいんですね」

 

 ゼオンは、鍵穴に見つけた鍵を差し込む。ドアをあければ、当然、コースが続いていると思ったが。開けたさきは、違う場所であった。転移装置。ドアを開けると起動する、魔道具の一種であろうか。


「いよいよ、何組か、最後の障害にたどり着いたみたいね。最後は、サプライズ! 」


「目の前の、召喚獣をどうにかするっす! 」


 どうにかってのは、流石に適当すぎないか。カリフの適当さが、よくわかる。目の前にいるのは、火の大蜥蜴サラマンダー。これをどうにかすれば良いのか。ゼオンは、火の大蜥蜴サラマンダーに歩み寄る。


「伏せ! 回れ!」


「ゼオンさん? 犬じゃないんだから……。えっ? 」

 

 ロイドが驚くのも無理はない。精霊である火の大蜥蜴サラマンダーを、ゼオンが操っているのだから。ゼオンは、モルベガの魔宮で、精霊達を調伏していた。その中には、火の大蜥蜴サラマンダーも入っている。


「家に帰れ! 俺の命令だ! 」


「そんなんで、帰るわけ……帰った! 」


 ゼオンの命令に従い、火の大蜥蜴サラマンダーが消えていく。ロイドは、目を丸くしたまま、固まっている。 


 火の大蜥蜴サラマンダーが消えると、元のコースに戻っていた。目の前には、ゴールライン。ゼオンは、ゴールラインを静かに踏んだ。


「上位八組が、でそろったっす! 」


 ゴールラインを踏んでから、しばらくすると、カリフとカレンが、予選会終了の合図を出していた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る