【32幕】過去は誰もが歩んだ轍

「カリフ! あの予選会は何だったんだ? 」


 予選会の翌日、ゼオンは研究室に着くと、カリフに説明を求めた。一緒に着いたロイドも、興味津々な顔で聞いている。


「あれはっすね……。発注ミスっす! 」


 朝食代わりに、カリフはアイスクリームを食べている。氷結魔術の魔導具であろうか。魔晶石が埋め込まれた箱から、アイスクリームを取り出し渡してきた。ゼオンは、遠慮なく食べることにした。


 どうやら、このアイスクリームはカリフが発注したようだ。だがしかし、発注単位を間違えてしまい、多量に納品されてしまった。そのため、急遽、予選会で使用する方法を考え、あのスタイルになったという。


「名案じゃないっすか? 」


 カリフが、自身満々の笑みで、誇らしげに話しているが、ただの隠蔽ではないだろうか。


「まさか、あの壁もか? 」


「ゼオンさん、流石にそんな間抜けな人はいないですよ」


 カリフを見ると、小さくかぼそい声で、謝ってきた。ゼオンは、笑うしかなかった。ボルタリングというスポーツがあり、トレーニングに組み込もうとしたらしい。これも、発注単位を間違えたと言うのだから、カリフの管理能力を疑ってしまう。この研究室の赤字は、カリフにも原因があるのではないかと、疑ってしまう。火炎ゾーンに至っては、何となくというのだから、どこまでも適当な奴だなと感じてしまう。


「あの扉は、何なんですか? 」


 ロイドが、疑問の答えを求めカリフに質問している。転移魔術だとは思うが、ゼオンもよく分からなかった。カリフの口から出る、答えに興味があった。


「あれは、カレンさんの研究っす! 」


 カレン研究室。魔導工学という分野で、魔導具の研究開発をしているという。あの扉は、二個一対のもので、離れた場所に転移できる魔導具らしい。扉を現在地と、行きたい場所に設置する必要がある。使い勝手が悪いと、酷評されているという。


「それはともかく、おめでとうっす! 次は、本戦っすね」


 来週に控えた本戦に向けて、トーナメント表を作成するらしい。今日は、その抽選を行う。それまでは、のんびりするか。ゼオンは、アイスクリームのお代わりを、カリフに頼んでいた。


「あと、コーヒーも頼む」


「ゼオンさん。ここは、カフェじゃないですよ……」



◇◇◇◇◇◇◇



 日差しが強まり、少し汗ばむ午後。ゼオンは昼食を終えて、抽選会場に向かっていた。ロイドも一緒である。会場には、すでに本戦進出者が揃っていた。


「よし! 全員揃ったな。簡単な説明をするぞ! 」


 本戦の担当教授は、マルスの様だ。本戦のルールと、試合形式を説明している。一戦目は、魔術使用禁止の体術戦。武具は、木製の練習用なら、使用可能となる。準決勝は、体術使用禁止の魔術戦。決勝は、何でもありの、総力戦。武器も、実践用が使用できる。


 ゼオンは、ふと疑問に思った。既に、試合に制約がかかっているが、カリフはどうするつもりだろうか。楽しみにしておこう。


「では、クジを引いてもらおうか」


 用意された箱から、折りたたまれた紙を取り出す。窓側の席に座っている者から、順次引いていく。最後に到着したゼオンは、八番目に引くことになる。ゼオンが引くまで、紙を開かないように指示が出た。


 全員がクジを引き終わる。黒板に、トーナメント表が記入され、番号が割り振られている。左のブロックから、1から順に数字が並んでいた。ゼオンは、マルスの指示に従い紙を開く。


「3だな……」


 トーナメント表を確認すると、第二試合。対戦相手が誰であれ、ゼオンは問題ないと考えている。なので、トーナメント表の位置は、どこでも良かった。


 マルスの手によって、トーナメント表に、名前が記入されていった。カリフの研究室をバカにした連中はいないか、顔を確認するが、見当たらない。これに懲りて、すれ違っても大人しくするだろう。


 『第一試合』は、カレン研究室のマーキーとスービー、ガーラ研究室のセレスとロビン。


 『第ニ試合』は、ゼオンとロイド、マルス研究室のナノとニロ。


 『第三試合』は、レイニア研究室のラインとラックス、ハマー研究室のヘキサとベータ。


 『第四試合』は、オルト研究室のメータとパーラ、ザックーシャ研究室のナーザンとノージュ。


 ゼオンが知らない研究室も多い。何をやっているのか、気にはなるが。あとでカリフに聞けば良いと考え、今は、対戦相手の確認に集中していた。背丈は同じくらい。容姿は、似ているを通り越し、ほぼ同じだ。いくら見ても、見分けがつかない。家名を省略して、トーナメント表に名を書いているので確証はないが、おそらく双子であろう。目があったからか、向こうから歩いてくる。


「俺たち、アルーザ兄弟や。よろしくな! 楽しもうや。」


 やはり、双子の兄弟であった。話しているが、一向に覚えられない。ナノが言うには、右の眉尻に小さな傷があるのがニロらしい。思わず、説明されてもわからんと叫んでいた。


「まあ、良い試合しようや! 」

 

 握手を交わし、アルーザ兄弟が去っていった。ゼオンも、会場を出ようとしたとき、マルスが声をかけてきた。


「ゼオンとロイドだったかな。カリフは、どうだ?」


 いい加減というか、適当というか、あれで良く教授になれたものだと、ゼオンはマルスにボヤいていた。マルスは、笑っていた。


「だらしが無いのは、昔からだ」


 マルスとカリフは、同じ研究室の先輩、後輩の関係らしい。カリフが、マルスに頭が上がらない理由が分かった気がした。二人が所属していたのは、格技研究室。マルスは研究室を引き継いで今に至り、カリフは趣味であった考古学の道へ進んだという。


「あいつは、頭に血がのぼると、見境がつかなくなることがあってだな……」


 ついた二つ名が、『暴れ獅子』。競技会では、暴れに暴れ、対戦相手を尽く、医務室に送り届けたらしい。そのため、カリフが出場すると聞くと、ガクっと参加者が減ったという。あの、カリフがか……。見かけによらない、というレベルでは無いなとゼオンは思った。


 いつか、カリフとも手合わせしたいものだ。カリフは、嫌がるだろうが。知りたかった情報を手に入れ、ゼオンは、喉のつかえが取れた気分であった。人には過去がある。話したく無い過去も、あるだろう。他人から聞いた話は、あくまで噂や推察の範囲を超えない。本人の口から聞かねば、真実と言い切れないと、ゼオンは考えていた。


 競技会本戦まで一週間。ゼオンは、待つ時間も楽しむかと、ゆっくりと歩き出した。

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