日常の間に

【幕間】演者は世界の道標

「静かにしてればいいんだろ」


 王立図書館の前で、信用できない台詞を残し先に進むゼオンをみながら、ロイドはため息をついていた。大人しく本なんて、読んだ試しは無いじゃないですかと、聞こえるか聞こえないか、ギリギリの声量で呟いていた。


 モルベガから戻り、時間が出来たこともあり、ロイドは、王立図書館に来ていた。本来であれば、まだ使用できる立場ではないが、カリフの用事と合わせて入館することができた。普段の様子からは忘れてしまうが、王立魔術研究府 アカデミア獅子の鬣の教授というだけのことはある。ロイドは密かに、カリフを尊敬していた。


 ロイドの目的は古地図。モルベガを創ったノアの存在から、ゼオンの治めた国があるのではないかと考え、調べてみたいと行動を起こした。ゼオンが、面白そうだから連れて行けと頼むので、ロイドは断りきれず、一緒に来ている。


 これだけの蔵書数ならば、何かしら手がかりになる本がありそうだ。ロイドは、高まる歴史への探究心を抑えきれずにいた。


「ロイド。この辺りか? 」


 古地図を格納した書棚のエリアに着き、目的に合う本を探す。カドレニア王国の、地図が大半を締めている。なかなか、大陸の地図となると、見当たらない。


「ロイド! これは違うか? 」


「さっきから、声が大き過ぎます! 」


 他に人がいないのは幸いであったが、それにしても、迷惑になりかねない。ロイドも流石に注意せずにはいられなかった。


「これは、現在の大陸地図ですよ。本がボロボロなだけですね」


 ゼオンに指摘すると、ガクリと肩を落としていた。飽きたのか、持ち出した大陸地図を眺めている。ロイドは、ゼオンを無視して、捜索を続けることにした。


「あ!! 」 


 うるさいですと、ゼオンの頭をはたく。だから一緒に来たくなかったと、嘆くが、今に始まったことではないとも気がつく。そんなことを考えていると、ゼオンが、大陸地図を指さしている。


「この湖、見たことがあるぞ! 」


 指さされた湖は、獣人族のリマ王国にある、オントリア湖。湖の形が特徴的で、他国にも知れ渡る湖である。真円の湖。年に数回、雲一つ無い満月の夜に、湖面全体が、月の光に満たされる。地上の月と呼ばれ、一度は見てみたい風景と、言われている。


 ゼオンが知る湖と同じであれば、以前、拠点としていた城が近くにあるらしい。とはいえ、国交が無いに等しい国に行くことは難しい。


 大きな収穫はなかったなと、ロイドは残念な気分ではあったが、王立図書館を利用できた喜びが勝っていた。また、来れるといいなと思いながら、王立図書館を後にする。



◇◇◇◇◇◇


 

 封印が解け、しばらくたった。特に、身体に問題は無い。ノアは、自分の創った魔術に満足していた。何よりの喜びは、再会。また、生きて会えるとは思ってもいなかった。


 モルベガの国政には興味が無かった。というより、苦手である。なので、しばらくは国王代理のローレットに任せることにした。ノアは、ゼオンに着いていくと、周囲に半ば強引に説得し承諾させた。もちろん、ゼオン本人にもだ。


 モルベガの権力を駆使して、王立魔術研究府 アカデミア獅子の鬣に、留学生として滞在することが許可された。ここでの、収穫は、ゼオンと呼べる喜び。と呼ぶのは、不自然だからやめるようにと言われた。呼び捨てできるなんて……、恥ずかしくもあり、嬉しくもある。


 そして、ゼオンと一緒にいることで、力になれることがあるはずだ。まずは、あの幻獣達をどうにかしなくてはと、ノアは考える。ゼオンの魔力を使わず、かつ、力を還元できる仕組み。実現可能なら、さらにゼオンは強くなる。手伝ったら、褒めてもらえるだろうか。試す価値は、あるかもしれない。


 何であれ、またこうして、自由に動けるというのは幸せなことだ。いろいろ楽しもうと、ノアは心に誓った。


 

◇◇◇◇◇◇◇


 

「いや〜。そろそろ、競技会の時期ですね」


 トラジェから、競技会の言葉を聞き、はっとなる。研究室対抗の競技会。そもそも毎年、複数人での出場が条件であるのだから、カリフには関係がないイベントであった。ここ最近、研究室にはトラジェしか、生徒がいない。一名では、参加条件に合わないからだ。


「今年は、参加できるっすね」


 迷惑をかけるが、どこか憎めない。そんな生徒が、この研究室に加わった。仲間が増え、毎日がお祭りみたいな騒がしさ。トラブルが舞い込み、借金が増えていく。それでも、今までより楽しいと感じるのだから、不思議なものだと、カリフは感じていた。


「トラジェ君は、競技会に出たいっすか? 」


「いや〜。僕は、苦手なんで。あの二人がいいんじゃないですか? 」


 今は、屋外の訓練場で魔術の訓練中である。カリフは、トラジェとベンチに腰をかけ、休憩しているところだ。トラジェが指さした方向に、二人がいる。ゼオンとロイドであれば、競技会で、まず負けることはないだろう。


 成長という意味で、何らかの制約を付けて、参加させても面白いかもしれない。きっかけを与え、気づきを誘い、高みに導く。教授冥利に尽きる競技会にしたいものだと、カリフは笑って、二人の姿を見ていた。


 ――ドカン!!


「ゼオンさん! 何やってるんですか! 」


 爆音を聞いて、目を見開く。訓練場のわきにある、待機所が半壊していた。


「ゼオン君! これは、ヤバいっすよ! 」


 今日も、カリフの研究室費が、羽ばたいて行く。



◇◇◇◇◇◇◇



 州知事の娘。親の七光りと揶揄する者や、力を利用しようとする者。今まで、ダリア自身を認めてくれる者は、あまりいなかった。仲間と呼べる存在に、気持ちも、生命も救われた。ダリアは、皆に感謝していた。


 皆へ、感謝を伝えたい。どんな形にするのが良いだろう。考えている時間が、楽しくて好きだったりもする。悩みに悩んだが、気張らず、気取らず、簡単にいこうと決めた。


「この間は、本当にありがとう」


 紋様の一件で、モルベガまで出向いたりと迷惑をかけたことへの謝罪や、皆の行動のおかげで助かったことの感謝を、ダリアは伝えた。


「気にするな! 当然のことだ」


「え〜。気にすることはありません。仲間ですから」


「そうですよ! 迷惑とは、ゼオンさんみたいなことをした場合に言うものですよ」


 ロイドが喋り終わったとたん、ゼオンに追いかけられるが、広くはない研究室。直ぐに捕まり、頬をつままれ、泣いている。ダリアは、可笑しくて笑いが止まらない。


「これ、みんなで食べて! 」


 お礼にと、お菓子を作ってきた。ダリアが好きな、アップルパイである。


「いただくっす! ん! うまいっす!」


 みんなが、喜んでくれる。みんなが、仲間と認めてくれる。一番手に入れたかったものかもしれない。ダリアも、笑いながら、から取り出したアップルパイを食べていた。


「ゔぁ〜! 辛っ! 」


「酸っぱい! 酸っぱいぞ! 」

 

「辛いっす! 辛いっす! み、水はどこっすか! 」


「どうしたんですか? 普通じゃないですか」


 ダリアは、お腹を抱えて笑っていた。感謝をこめた、普通のアップルパイ。食べたからいいよねと、ダリアは、ニヤリと皆を見る。あとは、悪ふざけ。別にいいよねと、ダリアは走って逃げるため、急いで立ち上がった。


「待て!! 」

「待つっす! 」

「いや〜。流石に許せません! 」


 みんなの叫び声を、背中で受け止める。走っているからお腹が痛いのか、笑いすぎてお腹がいたいのか。分からない。ただ、楽しい。ダリアは、走った。



◇◇◇◇◇◇◇


 

「ゼオンさん。本気ですか! 」


 とある山岳地帯の頂上付近。トラジェは、ゼオンとロイドと訪れている。ゼオンが鍛錬を行うと、ロイドを連れていこうとしていた。助けを求めて見つめてくるロイドか可哀想になり、着いていくことにした。


「いや〜。随分深い谷ですね」


 切り立つ山々。谷は深く、そこが見えない。覗き込むと、吸い込まれそうで、足が震えてしまう。


「身体に魔力をまとってだな。こう、圧縮する感じで。準備ができたら、谷に飛び込む! 」


 普通に説明しているが、普通ではない。本気で言っているし、本当に実行しようとしている。不思議な人だ。トラジェは、一緒にいて、つくづく思う。見ていて、全く飽きない。


 まあ見ていろと、ゼオンが谷に消えていく。トラジェも、流石に大丈夫かと、心配になる。


「いや〜。大丈夫ですかね。」


「今のうちに、帰りませんか? 」


 ロイドの提案に乗ってあげたいが、そうもいかなそうだ。谷の方から、笑い声と、駆け上がってくる足音が響いてくる。ロイドを見ると、顔が引きつっている。


「いや〜。頑張ってください」


「トラジェさん! 助けてくださいっ!! 」


 崖を登って来たゼオン。襟を掴まれて、引きずられるロイド。可哀想でもあるが、見てみたいと、トラジェは思ってしまう。ロイドに秘められた力を。ゼオンなら、引き出せるだろうか。


「安心しろ! 」  


「いやだぁぁ!! ゔぉぢだぐぶぁぁぁい落ちたくない!! 」


 ゼオンがロイドを抱え、谷に消えた。獅子は我が子を千尋の谷に落とすとは言うが、一緒に落ちるとは。実に、不可思議。実に、面白い。一人では、見ることのできない景色。寂かった時間は、もう過去の話。


 谷から響く叫び声は、途切れず響き渡る。ただ、その音を、小さくしていきながら。


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