4章 王立魔術研究府競技会篇

【28幕】優待券は希望をもたらす切札

「競技会に参加しないっすか? 」


 カリフからの突然の誘いであった。ゼオンは、断る理由もなく、むしろ面白そうだからと、参加を承諾する。今年は、二人一組が参加条件である。毎年、参加者は複数人で、人数は都度違う。各研究室からは、一組だけ参加できる。


 ゼオンは、生徒のいないカリフに対する、嫌がらせではないかと感じてしまう。今年は参加できるとあり、カリフは喜んでいるようだ。


「もう一人は、ロイドで決まりだな」


「ゼオンさん、勝手に決めないでください! 」


 鍛錬に突き合わせたことを、まだ怒っているようだ。身体の強靭さを増すと、崖を転げ落ちる鍛錬。ロイドは、嫌がったが。正気の沙汰ではないとか、良い子が真似したらどうすると、散々叱られた。その割には、無傷で着地するのだから、なかなかやるなと感心してしまう。


「いや、ロイド君っすよ」


 カリフの援護に、ゼオンは小さく拳を握りしめた。よく言ってくれたと叫びたいが、目の前で立ったまま、放心状態になっているロイドを見て、大人しく黙ることにした。競技会の内容を聞いていただけに、よほど嫌だったのだろう。


 競技会は、生徒同士の技量を競う闘い。魔術、体術、剣術など。もちろん、生命のやり取りまではしない。だが毎年、怪我人が続出するという話だ。ロイドの性格的に、対極にあるイベントであろう。嫌がるのも、無理はない。


ふぉんとぅぅですか本当ですか!! 」 


 優勝者には、学生食堂の無料券が進呈される。無料券とは言っても、永年である。王立魔術研究府 アカデミア獅子の鬣に在席中、食事が無料になると聞いて、ロイドは光を凌ぐ速さで、放心状態から意識を戻し反応していた。すさまじい、食への執念である。


「いや〜。それにですね、この研究室にも良いことがあるんですよ」

 

 カリフが思い切り頷いている。どうやら、優勝者が所属する研究室の、予算枠が増えるらしい。カリフへの借りを返すには、もってこいだ。


「優勝すれば、暴れ放題だな」


「ゼオンさん、それじゃ意味がないですよ」


 相変わらず冷たい指摘だなと、ゼオンは口を尖らし、聞き流す。カリフの顔が、一瞬、硬直していた様な気も、しなくはない。たしかに、収入が増えても、ゼオンが暴れたら支出が増えてしまう。当たり前だなと、ゼオンも納得する。


「ロイド? ゼオンの足を引っばったら、次は、私が稽古をつけるからね」


 ノアの死刑宣告、ではなく注意喚起に、ロイドがこちらに振り返り、助けを求める視線を投げてきた。ゼオンはなるべく関わらないように、視線をそらす。


 ノアは、あの後、ローレットに国王代理を任命した。ほぼ、無理矢理というのが正しい。そして、王立魔術研究府 アカデミア獅子の鬣へ根回しを行い、留学という形で、今、ゼオンの目の前にいる。


「ちょっと、いいっすか? 」


 カリフが提案があると、騒がしい部屋を凛と通る声で、静寂に変える。どんな提案だろうか。ゼオンは、カリフの方を黙って見る。


「キーワードは、『制約』っす! 」


 普通に闘えばゼオンが勝つことは、明白だとカリフは考えているようだ。それでは、つまらないし、成長に繋がらない。カリフの言い分は、もっともだ。ここまで、評価できているとは、カリフもなかなか見る目があるなと、ゼオンは褒められた様で嬉しかった。


「ハンデキャップ戦だな」


 普通に闘うのではなく、制約を設けて闘う。面白いではないかと、ゼオンは了承した。カリフが、提案したのは、魔術を使わない、攻撃はしない、左手だけで闘う、など意外と無茶苦茶な提案であった。制約については、競技会までに決めようと、カリフと約束した。


「話は変わるが、飯でもいかないか? 今日は、俺が奢ってやる」


 ゼオンは、競技会前の景気付けにでもと思い立ち、皆を、食事に誘った。王都の食堂で、面白い店を見つけた。最近、何かと利用する。価格も安く、量も多い。そして、何より美味い。ゼオンのお気に入りである。


「ゼオン君! 気は確かっすか!!」


「いや〜。幻聴でしょうか……」


「ゼオン君! 悪事に手を染めてはダメよ! お金は返してきなさい」


「今日、世界は破滅するのであった……」


「ゼオン! 食事会は、披露宴ってことかしら! 」


 旅に出よう。誰も、ゼオンのことを知らない街に。そう思わずにいられない、ツッコミの数々。正気も正気だ。何て、失礼な連中であろうか。ノアのツッコミだけには、しっかりと否定することにした。ノアは、沈黙は肯定だと、都合よく捉えかねないだろう。


 疑心暗鬼な皆を、納得させるために、ゼオンはポケットから、カードを数枚取り出した。


「見ろ! 食事優待券だ! 」


 食堂が開催している、大食いチャレンジで獲得した商品。一枚で好きな料理一品と、交換できる優待券。十枚も貰ったものだから、ゼオンは皆を誘うことにした。


「それなら、持ってるっす! 」


「ゼオンさん、僕もあります」


「いや〜。優待券は、お金ではないですからね。奢りとは、言わないんじゃないですか? 」


「やっぱり、そんなとこよね」


「ゼオンの気持ちが大事だから! 」


 研究室に笑い声が響く。何故だろうか。ゼオンは、急に恥ずかしい気持ちになっていた。名案だと思いついたことが、バカバカしく感じる。ノアの妙な優しさが、心に染みるほどだ。世知辛い世の中なのか、ゼオンが悪いのか。分からないものだなと、嘆いていた。内なる声は、ゼオンが悪いのではと、囁いている。


「まあ、何であれ、ありがたいっす。好意に甘えるとするっすか 」


 カリフの一言で、一瞬、笑い声は小さくなる。とりあえずは移動だ。皆を促して、ゼオンは研究室の扉を開けた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る