【26幕】敵は昨日までの自分

 扉の先にある階段を降り、最下層にたどり着く。ゼオンは、フロア中央にある台座を見る。拳ほどの大きさの魔晶石が置いてある。罠など、仕掛けがないことは、ノアに確認済みだ。ゼオンは、ノアが台座に近寄り、魔晶石の封印を解くのを、静かに見守ることにした。


 しばらくすると、魔晶石が光を放った。ノアの封印が解けた時と同じである。光の中からは、一頭の白馬が現れた。額には一本の角。間違いなくユニコーンだと、アレイオーンが語りかけてくる。


 ――何者だ?   


 ユニコーンの問に、ゼオンが答える。ゼオン中にいる、仲間についても話すと、喜び、跳ね回っていた。ただ、感動の再開は後にしなくては。ゼオンは、事の成り行きを伝え、王宮へと転移した。


 ダリアの解呪は、あっけないほど簡単に終わった。転移したあと、ユニコーンが直ぐに、解呪を行ってくれた。不完全な、呪術であることも幸いしたらしい。

ダリアの回復に、ゼオンは安堵した。あとは、ユニコーンと、話をつけるだけだ。


◇◇◇◇◇◇◇



 ――なるほど。そんなことも、あるものなのか。


 世界樹ユグドラシルからの出会い、今に至る経緯に納得したのか、ユニコーンはゼオンに着いていくと、言ってきた。全員、揃ったがどうするか。ゼオンは、語りかけてみた。案の定、答えは、直ぐに返ってきた。

 

 ――誰、一人、否定するものはおりません。


 アレイオーンが言うには、願いは叶ったが、このままが良いらしい。ゼオンの進む道を、共に、歩みたいと、伝えられた。


 ただ、彼等は、全にして個。ようやく、完全な個としての姿にもなれるという。以前の、出逢った頃のように、手合わせしたいと、ゼオンはせがまれた。


「面白い! 是非、やろうではないか! 」


 ゼオンは、嬉々として答えていた。闘技場の使用をノアに頼む。ついでに、魔術障壁を思い切り張るようにと、伝えた。ノア以外の顔が、固まるのを見たが、気にしないでおこう。



◇◇◇◇◇◇◇

 


 ゼオンは、準備のため、召喚を始めた。目の前にいるユニコーン以外、リヴァイアサン、アレイオーン、を呼び出し、そして、続ける。


三界火宅さんがいのかたくを救う、羽ばたくものよ! 星火燎原せいかりょうげんの勢いにて、赴湯蹈火ふとうとうかの我が翼となれ! 召喚いでよ! フェニックス! 」


迅雷風烈じんらいふうれつの空の覇者よ! 雷霆万鈞らいていばんきんの我が拳を、雷轟電転らいごうでんてんが如く知らしめせ! 召喚いでよ! サンダーバード! 」


威風凛然いふうりんぜんと、咆哮を上げるものよ! 雲竜風虎うんりゅうふうこの我が見る、千里同風せんりどうふうの夢! 運ぶ風となれ! 召喚いでよ! フェンリル! 」


一片氷心いっぺんのひょうしんたる、氷の姫よ! 虎尾春氷こびしゅんぴょうの我が道を、履霜堅氷りそうけんぴょうを戒めて導け! 召喚いでよ! アンドルディース! 」


開天闢地かいてんへきちより、大地を揺らすものよ! 阿轆轆地あろくろくじの我が覇道を助く、心堅石穿しんけんせきせんの我が拳となれ! 召喚いでよ! ベヒーモス! 」


 目の前に現れた者たち。傍から見たら、恐ろしい絵図なのかもしれない。焔をまとう鳥、雷をまとう鳥、大きな体躯で鋭い牙をもつ白狼、鋭い角をもつ巨牛。アンドルディースは、唯一、人型の女性。巨人ほどではないが、やや大きく、威圧感がある。


 悪いやつは、一人もいないが、見た目が恐ろしかったりも、しなくはないなと、ゼオンは感じていた。ただ、全員が一堂に会すると、荘厳である。


『では、まいりますぞ! 』


 呼び出した幻獣達が、一つになる。完全なる者。幻獣族を統べる者の姿、漆黒の竜王バハムート。一族と言っても、漆黒の竜王バハムートが創り出した八人だけで、他の幻獣族と渡り合っていたというのだから、一騎当千と言えるのだろう。


 基本的には、八人それぞれの意志・意識があるが、一人の個として、漆黒の竜王バハムートとなる。

漆黒の竜王バハムートには、彼の、意志・意識があるが、八人と共有している。個にして全、全にして個。幻獣の世界でも、希有な存在であったと、きかされている。


 八人と闘う、と言っても過言ではない。全員の力が集約された、漆黒の竜王バハムートである。以前は、不完全体。さて、今回はどうであろうか。ゼオンの力が増したか、確認するには調度良い。


「参る!! 」


 漆黒の竜王バハムートが咆哮を上げる。大地が受け止めきれずに、揺れ出す。空に漂う雲は、消え去る。ゼオンの肌もピリピリと、魔力の刺激を受けている。最初から、全力か。面白い!


「魔闘技複合ノ型、終焉ノ魔神!! 」


 ゼオンは、漆黒の竜王バハムートに向かい、全力の魔力を放つ。最初から、飛ばす。漆黒の竜王バハムートに付きあってみようか。ゼオンは、たぎる血潮に従った。


「終焉を呼ぶ、魔神の咆哮!! 」


「絶息に導く、竜王の咆哮!! 」


 ゼオンと、漆黒の竜王バハムートの間で、魔力がぶつかり合う。拮抗する、力と力。久々に拳を交える強者。ゼオンは、喜びを感じずにはいられない。漆黒の竜王バハムートからも、ようやく見つかった仲間との再会の喜びが、ゼオンには伝わってくる気がする。

 

「ゼオン殿、普段、


「ん? そんなことは、知っているぞ」


 何が、言いたいのか。ゼオンは、何かに気がつけと、言われている様な気もする。が、考えても分からない。考える前に、動く。ゼオンは、拳を握り、漆黒の竜王バハムートに向かう。


「崩壊を招く、魔神の鉄槌!! 」


 ゼオンは、連撃を繰り返す。突いた拳は大気を裂き、蹴上げた脚は大地を揺らす。それでも、漆黒の竜王バハムートに、決定的な一撃が決まらない。漆黒の竜王バハムートは、風をまとい、全ての攻撃をいなしている。


「ゼオン殿。外れましたぞ」


 枷……。ゼオンは、ようやく、漆黒の竜王バハムートが、言わんとしていることに気がついた。漆黒の竜王バハムートたちに、魔力を分ける。ゼオンは、知らず知らずのうち、闘いに制約をかけていたわけだ。今は、その枷が、全て外れている。なるほど、身体が軽いわけだ。


 ならば、より強く、より速く、より堅く。一段でも、二段でも、力を強くだせば良い。ゼオンは、漆黒の竜王バハムートに、分かった、と伝えるように、片手を上げた。


「魔闘技極意、黙示録の魔神王アポカリプスデモン!!」


 ゼオンは、放出していた魔力、大気に漂う魔素。全てを、身体に引き込む。身体は、漆黒に染まる。静寂に包まれた様な魔力。荒々しくはなく、深淵の様に、静かに周りを飲み込む覇気。ゼオンは、軽く跳躍した。


 漆黒の竜王バハムートが、ゼオンを見失い、周りを探す。ゼオンは、漆黒の竜王バハムートの背後にいた。のはずであった。ゼオンも、格段に、以前より力が増していることに驚いていた。まるで、神速。ならば、攻撃はどうであろう。


撃排冒没げきはいぼうぼつ! 魔神王の猛撃!! 」


 ゼオンは、一切の防御を捨て、攻撃に撤する。漆黒の竜王バハムートが繰り出す、魔力弾。焔に、轟雷、暴風。全てを拳で弾き、怒涛の攻撃を繰り返す。漆黒の竜王バハムートのまとう風をも、突き破り、連撃を止めない。ゼオンの拳が、脚が、漆黒の竜王バハムートの動きを弱める。


 ――ドゴッッッッッ!!!


 漆黒の竜王バハムートが、闘技場に叩きつけられる。久々の実戦。漆黒の竜王バハムートも、動けなくなったようだ。ゼオンは、歩み寄る。


「楽しいな、漆黒の竜王バハムートよ! 」


「流石ですな、ゼオン殿! 」


 漆黒の竜王バハムートと手を取り合い、ゼオンは高らかに笑っていた。幸せな一時を過ごせ、ゼオンは喜びにひたっていた。


「我々、再び、ゼオン殿の元にいさせてもらいたいが。よろしいですな? 」


 もちろんだと、静かに頷く。強さを求め、共に高みを目指そうと、ゼオンは拳で伝えたつもりだ。伝わったかは、別として。


 競う相手は、いなくてもかまわない。ゼオンの宿敵は、昨日までのゼオン。昨日よりも、少し、強くありたい。ゼオンは、少しだけ、探すものが変わった様な気がした。

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