【23幕】魔術は想いを運ぶ手紙

「勝負は、準備ができ次第、開始いたします。私達は、危害に巻き込まれ無いよう、こちらの席から見させていただきます」


 勝負は十分間。言葉では語りきれぬ想いも、あるだろう。拳で語らうも良し。短い時間ではあるが、それでも十分に、ノアの言葉を受け取ることができるだろう。ゼオンは、闘技場で身体を伸ばしながら、自分は何を伝えるべきか考えていた。


「なるほど〜。感動の再会は、闘いでしか語り合えない。ゼオン君らしいですね」


「ドロドロの、愛憎劇っすね。罪な人っす」


「女の敵ね。意外だったわ」


「ゼオンさんは、ダメな人ですからね」


 観客席だろうか。静かな会場だ。悪口は、嫌でも耳に入る。お茶なんぞ、飲みやがって。ゼオンは、腹立たしくて仕方なかった。ロイドに至っては、のん気にお菓子まで食べている。後で覚えていろ、ゼオンは小さく呟いた。


「ゼオン様? 準備はよろしいですか? 」


 ゼオンは頷き、手を上げる。開始の合図だ。ノアを見ると、既に魔術を放とうとしている。強大な魔力が溢れ出し、大気が小刻みに震えている。魔術だけで比べれば、ノアの技量はゼオンから見ても、差は無い。しいて言うならば、魔力の量はゼオンに分があり、威力については、ノアに分がある。


 ゼオンに比べれば、ノアは体力も筋力も劣る。なので、負ける要素はない。時間と場所を制約されたルールで、勝負を行うというのは、ややリスクがあるかもしれないが。


 しかしだ、あれは、勝負に込める魔力だろうか。ゼオンは、そこまで恨まれる言われは無いと、心底叫びたい気分であった。殺意のご祝儀だな。袋いっぱいに、詰め込んで贈ってくれるらしい。ありがたくて、受取拒否したいくらいだ。


紅蓮火炎弾クリムゾンフレイム!」

黒風雷光弾ブラッドサンダーストーム!」


 巨大な豪炎、暴風が雷をまとい、うねりながら向かって来る。巨大な龍の姿に見えるのは、錯覚であろうか。ゼオンは、その場から動かなかった。全て、真正面から対峙するつもりでいる。


「魔闘技四ノ型、金甌きんおう闘神!! 」


 ゼオンは魔力障壁を、周囲に幾重にもかさねて構築していく。魔力障壁の盾とでも言おうか、大抵の魔術は、障壁に接触することで、威力が削減されるか消失する。更に、魔力の出力を上げ魔力障壁を、身体に纏わせる。こちらは、言うならば鎧。この二つが、ゼオンの魔術に対する防御法である。


 ――ドゴッッッ! バァッッッン!


 魔力と魔力がぶつかり合い、激しい衝突音が響き渡る。盾で消失することはなく、ゼオンまでにも届く。鎧の方で、食い止める。


「なぜ、黙って出て行ったのですか! なぜ、私達の王であることを、辞めてしまったんですか! 私が、付いて行くと行ったら、連れて行ってくれましたか……? 」


 哀しみと、怒り、時折喜び。複雑に入り交じるノアの感情が、不規則な波の様に、大きくゼオンを包もうとすれば、小さく小突いてくる。


 黙って出て行ってはいないんだが……。正確には、誰も聞いていなかった。また、悪ふざけか冗談だろうと、聞いていなかった。ゼオンは、自分に非はないと

思っている。王位は、適切な手順で、正当性を持って、引き継いだじゃないか。それがダメと言われては、身もふたもない。


 世界樹ユグドラシルを目指すとした。仲間に、命の危険にさらすのは忍びない。もとより、誰にも頼らず、一人で、どこまでやれるのか試したかった。


 魔術の連撃は、止まることを知らない。ゼオンは、ありったけの魔力で、ノアの叫びを受け止める。ただ、ひたすらに。勝負は、あとわずか。封印が解け、時間のたたないノアには、不利なのかもしれない。既に、肩で息をしている。


「これで……最後です」


 ノアが全魔力で、魔術を構成しているのが分かる。大気の震えは止み、静寂が全てを包む。静かに澄んだ、綺麗で、全てを包み込む魔力。ノアの強さ、優しさが現れている。


水晶石の槍クリスタルランス! まとわせ、冥府の劫火ヘルフレイム! 吹きとばせ、暴風竜の瞬息ウラガーノブレス!」


 見上げると、魔術で創られた巨大な水晶石の槍が、空高くに浮いている。紅蓮の炎に包まれ、暴風に押され、物凄い速さで落下し始めた。


「合成魔術……、紅蓮の天降極石クリムゾンメテオ!!」


 ――くそっ!! 


 流石に、この魔術は防いだとしても、周りに被害が出てしまうぞ。何を考えているんだ、ノアのやつめ。

あんな隕石、避けようものなら、モルベガの半分は吹き飛ぶんじゃないか。


「魔闘技複合ノ型、終焉ノ魔神!! 」


 ゼオンは、空中に向かい飛び上がる。落下してくる水晶石を受け止めるためだ。


水火無情すいかむじょうなれど、以水滅火いすいめっかするも、同じものなり。渦巻く者よ! 水滴石穿すいてきせきせんの我が拳となれ! 召喚いでよ! リヴァイアサン! 」


 ――ゼオン、あの炎を消せばいいのか?


 ゼオンは、現れたリヴァイアサンの問いかけに、うなずいた。水をまとった海竜。ゼオンの中にいる仲間でもある。


 ――滅炎の水流


 お安いご用と、依頼をこなして消えていく。水が無い所が嫌いなこともあり、陸地では召喚することを嫌がる、一癖あるやつだ。ただ、炎は消えた。あとは、この水晶石の塊を止めるだけ。ゼオンは全力で、落下して来た水晶石を、空中で受け止める。


 落下速度もさることながら、物凄い質量。受け止めきるには、厳しいと感じる。ゼオンは、水晶石を殴り壊せないか試す。深い、静かな呼吸。ありったけの酸素を喰らい、深淵の世界へ。ゼオンは、連撃を止めない。怒涛の突き、そして蹴りの嵐。


 ――虹色の雨が、静かに、二人の周りに降り注いだ。


「気はすんだか? 」  


 倒れているノアの肩をとり、身体を起こす。ノアを見ると、笑顔でうなずいている。


「私の負けですね。相変わらず、ゼオン様はお強い……。約束は、冗談です。解呪は行いますが、私のことは、忘れ……」


 ゼオンは、言葉を遮り、ノアに命令する。優しく、諭す様に。この時代に、一人にさせてしまうのも可哀想である。


「俺に着いてこい」


 ノアの顔が輝いた。かつての不義理を、今、返そう。仲間を、見捨てることはしない。強さとは、全てを背負うことかもしれない。仲間の想いや、夢も。ゼオンは、ノアを抱え皆の元へ歩き出した。




 




 





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