【22幕】誰かの正解は誰かの不正解

 しかしながら、ここ最近のトラブル巻き込まれ率が、いささか高確率過ぎではないかと、ゼオンは感じていた。トラブルの元凶、もとい、巻き込まれ体質になってしまったのではないだろうか。もはや、目の前で光輝く女神像が、冥府の門が開くかの様に見えてならない。


 ノアをはじめとする、かつての仲間達と別れたのは数十年前。での話だ。ノアはさらに、建国してからの年月、ゼオンを待っていたのだろう。そう考えると、再開の瞬間が怖い。


 ――待たせるな。待て。


 ノアとの約束について、誰しもが口にすることだ。暗黙の了解として。ゼオンは、素性を隠して出かけることが多々あった。ノアに見つかった際、一緒に連れて行くという約束で、見逃してもらった。いざ、一緒に出かけるとなった日、約束の時間を寝過ごし、数時間待たせてしまった。


 待ち合わせ場所には、冷徹な悪魔がいた。着いた途端に魔術トラップが発動し、攻撃魔術が四方八方から放たれる。ゼオンは空高く舞いながら、皆が口にする暗黙の了解というやつを理解した。恐ろしくて、建国何年目であるかは、クロスやローレットに聞けてはいない。


「あれ? 何で封印が解けたの? 」


 輝く女神像から、現れた一人の華麗な女性。凛とした風をまとい、静かに歩みを進める。ローレットは玉座から離れ、クロスと共に跪いていた。ゼオンは、玉座に座ったノアに、軽く手を上げてみた。


「あなたは、誰……? えっ! あ……!」


「俺だ。 久しぶりだな、ノア! 」


 ゼオンは、理解できない現実に混乱するノアに、声をかけた。いきなり殴られたり、魔術を放たれることはないであろう。


「ゼファー様!! 」


 玉座から駆け寄って来るノアを見て、数十年ぶりの仲間との再会に、ゼオンも嬉しくなった。演劇にある、感動の再会場面だなと、笑いがこみ上げてくる。

だか、笑うことはできなかった。


 ゼオンは、謁見の間の天井を見ていた。見ていたと言っても、ほぼゼロ距離の位置でだ。駆け寄ってきたノアの突然放った突きが、ゼオンの顎に決まった。殴られたことに気がついた時には、今の位置まで飛ばされていた。ああ、やはり怒っている……。自由落下の時間、ゼオンはどう謝るか、必死に考えた。


 考えた結果、何も言葉が見つからず、膝からの着地。そして頭を下げる。華麗な土下座着地を決めてみた。謁見の間に、小さな拍手が巻き起こったのは気のせいであろうか。


「ゼファー様? いままで何処にいらしたのですか? なぜ、私達を残して……」

 

 封印から解かれたばかりで、意識が朦朧としているのであろう。ふらついて倒れそうなノアを抱え、玉座に座らせた。



◇◇◇◇◇◇◇



 小一時間ほど休むと、ノアの意識は、はっきりと戻った。改めてゼオンが、経緯を説明する。ゼオンが、何をしていたのか。ゼオンの中で、あの日から何年立ったのか。加えて、城を抜け出す時に使っていた名前で呼ぶように、ノアには説明した。ファー・グラシ、頭と最後を取った名前。今の名前は、であると。


「ゼオン様。にわかに信じられません」 

 

「しかしだな、事実なんだから仕方がない」


 信じられないと言うことも、納得はいく。ただ、説明する根拠や、証拠がない。今はまだ、探している段階だ。しかしなから、身もふたもない解答だと、ゼオンは感じている。それ意外の言葉が、見つからなかったのだから、仕方がないではないか。


 今は、状況というのか、歴史的な検証をしている場合ではない。ゼオンはダリアの紋様ついて、どうにか解呪できないか、ノアに聞いた。


「ゼオン様。その女性とは、どういうご関係で? 」


 王立魔術研究府 アカデミア獅子の鬣、という学院の研究室仲間だと伝えた。傍から見ると、浮気現場に現れた、妻と夫にでも見えるだろう。演劇で見たことのある場面だ。修羅場というやつだな、と笑いがこみ上げてくる。だか、笑うことはできなかった。


 謁見の間の空気を鎮める、威圧感がこもった魔力が足元に絡みついてくる。ロイドとトラジェは、膝をガタガタ震えさせている。カリフは、知らないふりをして、クロスと話し出す。何て、薄情な連中だろうか。救いだったのは、やり玉に挙がったダリアの一言。


「ないない。 対象外よ、安心して」


 何がなくて、何が対象外なのか。どう安心しろというのか、ゼオンには分からないが。よく見ると、ノアとダリアは手を取り合っている。にらんでくる目の数が増えた気がするが……。


「解呪できる方法はあります。ダリアさんを、助けること、お約束いたします」


 ゼオンは、ほっとした。モルベガに来て正解であった。他の皆も、安堵の表情だ。トラジェ何かは泣いて喜んでいる。


「ただし、交換条件が二つあります。ゼオン様、受け入れてくださいますね? 」


 仲間が助かるなら、なんでも良いぞと、ゼオンは豪語した。ノアが一瞬、ニヤっと笑った気がしたが、気のせいだろうか。


「ゼオン様、よろしいのですね? 」


「漢に、二言はない! 」

 

 執拗に確認して来るノアを黙らせるには、この一言が効果的であった。わかりましたと、笑顔で引いてくれた。さて、交換条件とは何であろうか。


「私と、勝負してください」


「いいだろう」


 そんなことなら、安いものだ。二つ返事で受け入れた。普通に勝負しても、つまらない。ゼオンは、一切攻撃を仕掛けないと約束した。ノアとは、手合わせなど過去にしているが、実力差は明白である。何より、女性に拳を向けないのが、ゼオンの基本的な矜持。悪意ある敵に対しては、別ではあるが。


 勝負は、10分間。ノアの攻撃に耐えるか、逃げ切るかすれば、ゼオンの勝利。縦・横ともに、50mの闘技場。闘技場からの落下や、気絶をした場合、ゼオンの敗北とした。


「私が勝った場合……ゼオン様の妻と認めてください。負けた場合は、ゼオン様に一生ついて行きます。これが、勝負する条件です! 」


「えっ??」


 その場にいる全員が、驚愕している。ゼオンは、ノアを見ていた。目つきが本気である。再会した時から、いや、自らを封印したときから考えていたのだろうか。ノアの罠を張り巡らす技量が、長けていたことを思い出す。ゼオンは、負けなければ、当面は問題ないと腹をくくった。


 答えは、一つとは限らない。誰かにとっては正解であっても、他の誰かには不正解かもしれない。従うのは、己の信念。信念にブレていなければ、正しいと言うしかない。仲間を助けることは、信念に従うべきである。


 ゼオンは思い出す。本当であれば、仲間の元に帰るつもりであった。紆余曲折を経て、仲間の元に帰ってきた。ならば、迷惑をかけた謝罪に、仲間のわがままには付き合うか。これもまた、ゼオンにとってはブレない、正解の一つである。


 

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