【16幕】攻撃は最大の防御

「え〜。まずは、ボールを取りに行かないといけませんね。」


 競技場には、三つの柱があり、ボールがぶら下げられている。これは、先の説明で聞いた。ゼオンが見渡すと、茂みや、岩場、池など、障害物の様に設置されている。一直線に、ボールにたどり着くことは、簡単にはいかない。初見の競技場である。事前に用意した作戦を、少し変更する必要もありそうだ。


 隠れるも良し、逃げ回るもよし、攻めるもよし。ただ、守りに入っていては、つまらない。攻め続けることが、ゼオンにとっての、防御である。これについては、ダリアも賛同してくれた。


 ダリアにも、倒したい相手がいるのであろう。コソコソ、逃げ回る作戦で勝利しても、喜びは無い。大勢の観客が見ている中、正々堂々と闘い、勝利を掴みたい。そう思うのが、ダリアなのかもしれない。もちろん、ゼオンもであるが。

 

 トラジェが立てた作戦を思い出す。途中で、ボールを持たないチームに遭遇した場合はどうするか。


 ――魔術、又は簡易的なトラップで足止めをする。選手への直接攻撃は、禁止されている。だが、魔術の使用は、選手に危害のない魔術であれば、認められている。他のチームも、そう考えているであろう。


 そして、基本的にはゼオンが陽動を、ダリアとトラジェは、捕球とサポートを行う。あくまで、だが。


 とりあえずは、ボールのある柱に向かう。ゼオン達は、風を切りながら、走り出した。アレイオーンには、馬具が一切、装着されていない。互いの魔力が繋がり、騎乗を安定させる。意識も、共有できる。馬具が必要がない理由だ。傍から見れば、裸馬を操る、高い技術力に映るのだろう。観客席が湧いている。


 移動していると、しばらくして、前方に潜む気配をアレイオーンが察知し、ゼオンに伝えてきた。ゼオンは、二人にも合図を出し、進軍を止める。ゼオンがトラジェを確認すると、指をさしている。移動しろということか。


「そうですね〜。ダリアさんは、左翼から。僕は右翼から。ゼオン君は、中央突破の勢いで進んでください! 」


 虎穴に入らずんば虎子を得ず。まずは、ゼオンが先陣をきる。ゼオンは、アレイオーンを自分の脚の様に動かす。岩場を華麗に飛び越え、木々は最小限の動きでかわす。あっと言う間に、気配の近くにたどり着く。


「メトロマイアと、トラダリオンが遭遇したぞ! さあ、どうなるんだ! 」


 司会の実況が、各チームの動きを伝えているのがゼオンにも聞こえる。ある程度は、他のチームがどう動いているか、把握できそうだ。ゼオンは、前方を見る。


眠りの風シェラーフビィント! 」


 左翼から回り込んだダリアが、魔術を放つ。大会では、武具の使用を禁じられている。いつもの、魔銃ゲヴェーアがない分、威力は弱い。


防御の風アミナビィント!」


 魔術がぶつかり合い、相殺される。ゼオンが見た限りでは、防御側の魔力に軍配があがった感じがした。


「いきなり不意打ちとは、酷い挨拶じゃない? ダリアさん。」


「あら、お久しぶり。ちょうど良い挨拶じゃないかしら? エミーラさん」


 視線は火花を散らし、二人の高笑いが響き渡る。意地と意地が、つばぜり合いをしているかのようだ。ゼオンが見た限りでは、拮抗している。


 二人はどうやら、知り合いらしい。ゼオンにとっては、重要ではない話だ。ボールを持っていないか、そちらの方が重要ではないか。他の二人を見るが、所持している様子はない。とりあえずは、足止めでもするか。ゼオンは、周囲を確認する。


拘束せよ闇の足音ブロカーデシェイド!」


 一瞬、油断したスキに後衛の一人が、馬の足元に魔術を放つ。ダリアとトラジェが、上下にゆれている。影を固定され、馬が動けない。その場ではねているためだ。


 ゼオンは、アレイオーンに様子見のため、しばらく動くなと指示する。この程度の魔術では、アレイオーンを足止めすることなど無理である。一芝居うてるか、アレイオーンに確認する。


「何だ、何だ? 馬が暴れて、大変だ! 」


 ゼオンは、その場でアレイオーンを跳ねさせた。動けない演技で、魔術を防げなかったことを強調した。ダリアとトラジェが、冷ややかな視線を浴びせてくるが気にしない。棒読みの台詞は、諦めろとにらみ返す。

 

「あははは! あっけなかったわね、ダリアさん。そちらの女王クイーンさんは、動けないみたいね」


 後方から、気配を感じ振り返ると、他のチームがそこにいた。クリッパークルーズ――。実況で、ゼオン達が挟まれた状態だと説明している。


「あー! ゼオン君! 気をつけてください! 」


 トラジェの注意を聞き、振り向くと、クリッパークルーズの女王クイーンが、投球の動作の最中であった。次の瞬間には、ボールが眼前にまで迫っていた。


 ゼオンは、上体を反らし、ボールを避ける。行き先を失ったボールは、メトロマイアの騎士ナイトに渡る。すぐさま女王クイーンに渡され、気がつけば、ゼオンの眼前に迫っていた。ゼオンは、再度、上体を反らす。


「あなた達、組んでるのね? 」


 メトロマイアが引き付け、クリッパークルーズが後方から挟み撃ちにする。急造のチームではないなと、ゼオンは考えた。


「その方たちは、王都聖歌隊OST11の親衛隊よ。私達と、ちょっとした約束をしていただいたの」


「その通り! 我々は、王都聖歌隊OST11親衛隊! 我々の為だけに、目の前で歌声を披露してくださる! さらに、食事会まで! 親衛隊冥利に尽きる! ならば、地の果てまで、従うまでよ! 」


 エミーラとクリッパークルーズの話で、納得がいった。崇拝する、王都聖歌隊OST11との食事会。優勝賞金を積んでも、叶わぬ夢。優勝賞金を捨て、己の信念を貫く心意気。あいつらも、漢ではないか。ゼオンは、楽しくなってきた。


 『ゲフィオン』で大金をつぎ込み、負けに負けた、あの日の苦い思い出。クリッパークルーズに、ぶつけようとしたが、逆恨みにも近いなと、ゼオンは反省していた。クリッパークルーズへの敬意を払い、相手をしなくては。


「クリッパークルーズよ! 我が名は、ゼオン! 貴様等の夢を、喰らう者なり」 


 ゼオンは口上に合わせ、アレイオーンの前脚を大きく上げさせた。大地が大きく揺れる。前脚が、地面を踏み込んだ衝撃だ。踏み込みと同時に、トラジェとダリアの拘束魔術も解く。そして、ゼオンは二人に離れるよう指示した。


「魔闘技弐ノ型、黒風闘神!! 」


 ゼオンは、多量の魔力を放出する。魔力の圧が風を起こし、周囲の木々を激しく揺らす。石は、砂ホコリともに舞い上がる。小さな風は、徐々に大きくなり、ゼオンを中心に、黒い渦となる。メトロマイア、そしてクリッパークルーズ。ゼオンは、選手たちをこの黒い渦にとどめていた。


「――白雨」


 仕上げだ。ゼオンは、アレイオーンに魔術を放たせる。黒い渦の中では、勢い良く雨が降り始める。光を飲み込む黒い渦の中、さらに雨によって視界が悪くなる。選手達の叫び声が、ゼオンの耳に入る。


 アレイオーンとともに、黒い渦の中を駆け回る。ゼオンの放つ魔力の圧、アレイオーンの脚の踏み込みで、地面が削れていく。


 ゼオンが止まると、黒い渦は消え、雨も止む。良くできたものだろ。ゼオンは、トラジェとダリアにめの前の光景を指差す。


 二つのチームがいる場所を中心に、地面は円状に削れている。その幅は、普通の馬では、飛び越えられる距離ではない。深さもかなりのものだ。


「ボールを渡せ」 


 ゼオンの呼びかけに応じ、ボールが渡された。すでに、メトロマイアとクリッパークルーズの馬は、アレイオーンが威嚇し、動けなくさせていた。


「トラダリオンが、メトロマイアとクリッパークルーズを撃破!! 」


 ゼオンがボールを当てたのち、実況がながれた。勝利を伝える内容だ。残り、7チーム。ボールもあることだ。順調に攻めていくか。


 ゼオンは、次の相手を探しに向かった。

 

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