【17幕】拳は誰かを守る盾
「幼馴染みだったの」
次のターゲットを探している間、ダリアから話を聞いていた。深くは聞かなかったが、一緒の時期に同じ道を目指した者同士。互いに意識してきたのであろう。ダリアにとっては、一つの道が閉ざされたわけだが、それが全てではない。ゼオンは、ダリアが何かふっきれたようにみえた。
「いや〜、なかなか見つからないものですね」
しばらく移動をつづけていたが、他のチームと、まだ遭遇していない。他の場所で戦っているのだろうか。ゼオンは、空を見上げた。爆発音が聞こえた方向だ。
ゼオン達は、音のした方向へ進んでいった。進んでいる際に、嫌な魔力の匂いを感じた。アレイオーンも、同じ様に感じたらしく、ゼオンに伝える。
「ゼオン殿。この匂いは、何か嫌な感じがしますな」
危険な魔力。それも強い力。離れていても、分かる。ゼオンには、問題がなくても、トラジェとダリアに危険が伴いそうだ。様子を見るなら、ゼオン一人の方が安心ではある。
ただ、仲間を守るために闘う。仲間のために闘う。ここ最近、ゼオンの闘い方に、付け加えられた考え方だ。それに、これは闘いではなく、競技である。要らぬ心配であるなと、ゼオンは感じた。
何やら実況が騒いでいる。
先程の音の発生場所と思われるあたりについた。周りを探していると、倒れている馬が見つかった。ゼオンは、辺りを警戒しながら近づく。
「きゃぁぁぁっっ!! 」
近くにいたダリアが悲鳴をあげている。視線の先を、ゼオンも確認する。倒れているのは、馬であった。ただし、息絶えている。近づき、確認すると鼓動も、魔力も感じとれない。
「いったい何があったんだ! 選手、馬への危害となる魔術は禁じられているぞ! 」
ゼオン達を映している
トラジェとダリアに、注意しろと言った矢先であった。目の前のダリアが、視界から急に消えた。吹き飛ばされ、地面に叩きつけられていた。乗っていた馬は、勢いよく走り出し、いなくなってしまった。その時、木蔭から男が現れた。
――チップ、だったな。
「貴様!! 何をする! 」
ゼオンは、ものすごい剣幕で怒鳴っていた。身体中から、荒々しい魔力を溢れさせながら、チップを威嚇する。
「おや。また、貴方達でしたか。奇遇ですね。クックックッ」
うす気味悪い笑い声に、焦点が定まっていない眼。虚ろに、淀んだ眼だ。魔力も禍々しい。
「ゼオン殿。奴からは、我らが故郷を破壊したモノと、同じ魔力を感じます。お気をつけてください」
アレイオーンの忠告に、ゼオンは静かにうなずいた。アレイオーン達の故郷を破壊したモノ。何度か、話は聞いていた。生きるモノの負の感情を喰らい、成長する闇なるモノ。
「あれから、大変だったんですよ。それもこれも貴方達のせいではありませんか。でも……私……は、力を……手に入れて……ここに……来たのです! 」
喋り方が、途中からおかしくなっている。口が動いていない。だが、言葉が発せられている。違和感だけが、ゼオンに伝わる。
「ケヒッ……。君たちの、馬も……私を……狙う、愚かな……モノも。クヒッ……我が魔力とさせて……いただきました。キヒヒヒ」
ゼオンは何を言っているのか、理解できなかった。だがそれは、時間の問題であった。チップの後ろに転がる様に倒れている選手……であろう。倒れたまま、身動き一つしていない。
「おや……。その……女。キヒヒヒ……。我が牙で……既に、呪いが……クヒックヒッ! 」
ゼオンは、トラジェにダリアを連れて逃げるように指示した。二人がいては、闘いにくいと感じたからだ。ゼオンは、後でダリアを、何とかする方法を考えればよいと判断した。今は、目の前の外道を叩き潰す。それだけに集中しよう。
「俺の仲間を、傷つけるやつは……許さん!! 」
ゼオンは、ここで暴れると被害が出かねないと考えた。アレイオーンに、移動を頼む。正確には移動ではなく、転移。認識している指定範囲の空間同士を、入れ替える。先程の、白雨もまさに、空間の入れ替えである。
「御意! 行きますぞ、ゼオン殿! 」
空間が歪む。魔力がたゆたい、ゼオンを包む。視界が、ぼやける。ぼやける中、アレイオーンの声が耳に入る。
――魔導転移
視界が元に戻ったとき、ゼオンは郊外の平原にいた。ここであれば、気兼ねなく闘うことができる。ゼオンは、闘いに備えて、アレイオーンの召喚を解いた。チップが、呆けている間にきめる。
「魔闘技壱ノ型、紅蓮闘神!! 」
ゼオンは、その場からチップに向かって駆け出した。一瞬で、距離は縮まる。片手でチップの足首をわし掴み、勢い良く引き寄せる。
――ドゴッッ!
馬から引きずり降ろすと同時に、ゼオンの横蹴りが炸裂していた。そして集中を切らさず、鈍い音を響き渡らせながら吹き飛んだチップを、静かににらむ。腕と首が、本来の可動領域ではない、ありえない方向を向いている。あっけなかったなと、ゼオンはため息をついた。
「いきなりとは。これだから……平民風情が!! 」
これで立ち上がるとは。ゼオンは、驚きはしなかったが、疑っていた。もはや、人ではない。口調も戻ってはいるが、重なる様に響いて聞こえてくる。
「お前は、人か? いや、闇と蛇か?」
ゼオンは、アレイオーン達から聞いたことがある言葉を、確認する意味も込めて口にしていた。
「闇と蛇? ああ、貴方達の表現でしょうか。冥土の土産に、教えてさしあげましょう。正確には、
聞いたことがない、言葉である。ただ、人外に堕ちたのは確かであろう。チップを見ていた時、変化が起きた。身体が、異形の形に変わっていく。
「クククッ! 私が手にした力! ご覧あれ! 」
肩周りから、手が生える。頭には、顔が浮かびあがる。ゼオンが、未だかつて見たことのない生物であった。
目の前にいるモノが、神であれ、闇であれ、ゼオンの信条を足蹴にするのであれば、拳を向けるだけである。
ゼオンの拳は、強さを求めるためのものではなく。仲間を、守るためのものでもある。
ゼオンは、ゆっくりと、拳を握りしめた。
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