【14幕】扉は未来を手繰り寄せる入口
「いやぁっっっ! やめてぇっっ! 絶対にいやっ」
ダリアが顔を覆い、しゃがみ込んでいる。悲痛な叫び声を上げているが、ゼオンには理解できない。これのどこが、嫌なのだろうか。ゼオンは、目の前に置かれた台本を手に取った。
トラジェが考案した、チーム名。それと、チームの紹介文が書かれている。大会で、使用されるらしい。
「俺は、カッコイイと思うが。トラジェ、お前がこんな才能に溢れる奴とは……漢だな! 」
「いや〜。照れますね」
ゼオンは改めて台本に目を通しながら、トラジェに賛辞を贈った。台本には、こう記されている。
『(チーム名)トラダリオン』
『(チーム紹介)天が! 地が! 倒れた仲間が俺たちを呼ぶ! 愛と平和の守護闘士! トラダリオン! 』
お揃いのボディースーツに、マント。顔に充てがう仮面もある。ゼオンは、闘志が湧く衣装だと感じていた。
「そんな服着るなら、まだ水着で出場する方がましよ! そんなの着るなら、出場しないわよ! 」
ゼオンは、トラジェと渋々諦めることにした。ゼオンは、残念で仕方がなかった。ただ、意外とチーム名は、ダリアも気にいったらしい。紹介文は、ダリアがシレッと書き直した。
「奥の手もあるんですよ〜。楽しみにしていてください」
トラジェは、お楽しみは当日に分かると言うばかりで、教えてはくれなかった。ゼオンは、その言葉に従うことにした。いよいよ、大会は明日に迫っていた。
一夜明け、大会当日の朝は、蒼一色に染まった空が、果てしなく広がっていた。ゼオンは、暴れるには最高の一日になりそうだと、確信した。
ゼオン達は会場に着くと、受付で手続きを済ませ、
「ちょっと! どういうこと? 確かに昨日、預けたはずよ! 」
何やらダリアが、厩舎の係員に詰め寄っている。ものすごい剣幕である。ゼオンが確認すると、馬房にいたはずの馬がいないらしい。馬がいなければ、大会には出場できない。今から、
「いや〜。参りましたね。こんなこと、あるんでしょうか。何か、いい方法はないですかね…… 」
トラジェも、首をかしげている。係員の間違いないなのか、最早、確かめようもない。だからといって、ゼオンは諦めるつもりは無かった。
「無くもないな。馬があればいいんだろ」
馬を用意すれば良い。広い王都の中で探すことも、
「二人とも、こっちに来てくれ」
ゼオンは、トラジェとダリアを連れて、厩舎をあとにした。ゼオンは、いい場所がないかと、辺りを見渡す。厩舎の裏手にある牧場の端に、調度よい広さの、スペースを見つけた。
ゼオンは自身の精神世界へと、意識を向ける。精神世界には、
『いかがなされましたか。我が主よ』
――その呼び方はやめろと言ったはずだ。
『申し訳ありません。ゼオン殿』
――少しばかり、力を借りるぞ。アレイオーンよ。
『御意』
ゼオンは、再び意識を外に向け、魔術の構成を練り、詠唱を始めた。
「疾風迅雷の如く大地を駆けし、
ゼオン達の目の前に、凛としたただずまいの白馬があらわれた。その鬣は風になびき、陽を浴びて煌めいている。
「ゼオン殿! お久しぶりでございます。このアレイオーンをお呼び頂き、ありがたき幸せにございます」
ゼオンは、頭を下げ礼を言ってくるアレイオーンに近づき、バシバシと身体を叩いた。
「久々だが、大丈夫か? 鈍ってはいないだろうな」
「ご心配に及ばず。万物一馬。ゼオン殿の速さは、アレイオーンの速さにございます。ご心配とあらば、共に、一走り行きましょうぞ」
ゼオンは、笑って受け流した。アレイオーンの一走りに付き合うのは、いささか面倒である。付き合うというのは、騎乗するという意味ではない。一緒に走るという意味だ。全力疾走で数十km走るのは、さすがに勘弁してほしいと、ゼオンは強く思う。
「たまに、機転がきくわね。召喚術ね……。本当やることが、デタラメね」
「いや〜。召喚とは考えましたね。獣人族……ではないですよね。喋る馬ですか……」
ゼオンが二人を見ると、口をあんぐりと開け、驚いている。我ながら、名案だろと言いたい気分てあった。
「精霊の類でしょうか。え〜、噂でしか聞いたことがありませんが、異界の存在を召喚する魔術があるようですが」
ゼオンは、流石に、自分の中から呼び出したとは言わなかった。説明も面倒であるが、何より、信じられないだろうと考えた。古代遺跡を調査した際に、召喚に関する魔術書を見つけたとだけ説明した。うかつであったのは、トラジェの古代遺跡愛。ゼオンは、トラジェから執拗な質問攻めにあった。
「まあまあ、試合開始も近いし、移動しましょ」
ゼオンは、ダリアの一言に救われた。ダリアからは後光がさし、女神が慈悲の手を差し伸べているように見えた。
◇◇◇◇◇◇◇
大会会場は、半径1kmの円型の闘技場である。今回の大会のために、作られたようだ。選手の入場は、十箇所ある。等間隔に区切られ、ゲートが用意されている。試合の様子は、観客席に投影される。
「おや、あなた方も出場されるのですか? 」
ゼオン達は、ゲートに向かう途中で、見覚えのある男に声をかけられた。試験の時に絡んできたやつだなと、ゼオンは記憶をたどる。たしか、ポテトみたいな名前の……
「たしか……チップだったな。何かようか」
「奇遇ですね。私も出場するのですよ。試験では敗れはしましたが、次はそういきませんよ。あと、馬は見つかりましたか。クックックッ」
チップの嫌がらせであれば、馬が消えたのも合点がいく。笑いながら去っていくチップを、ゼオンは眺めていた。ただ、ゼオンの第六感が、嫌な予感を知らせてくる。チップからは、何か、嫌な匂いがした。
気のせいかもしれない。ゼオンは、とりあえずは、試合が優先だと、トラジェとダリアの後を追い、合流した。
――試合開始の花火が、空高く舞い上がる。宝石箱をひっくり返したかのように、陽を浴びても霞むことなく、舞つづけていた。
目の前には、扉。開けた先に、待つのは歓喜の声。手に入れるは、名声か、巨万の富か。未来への一歩を踏み出すには、いつであっても、扉を開けるしか道はない。
楽しい一時を、過ごそうじゃないか。自ずと高まる胸の鼓動と、歓声を味わいながら、ゼオンはゆっくりと歩みを進めた。
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