【13幕】贖罪は敗北を糧とした成長

「というわけでだな。俺と、トラジェと一緒に『女王クイーン騎士ナイト』に出てくれないか」


 ゼオンは、王立魔術研究府 アカデミアの研究室に一度戻っていた。研究室に戻るやいなや、ダリアに、事の顛末てんまつを説明した。


 ゼオンは当初、トラジェとロイドと三人で、出場するつもりであった。ただロイドが、乗馬を不得手としていることを忘れていた。そのため急遽、ゼオンはダリアに頼むことにした。


「ちょっと! 勝手に人を巻き込むのは止めてよ」


 ダリアが断ることを想定し、トラジェが事前に、作戦を提案してくれた。ゼオンは、乗り気ではないが、トラジェの作戦に付き合うことにした。


女王クイーンといえば、ダリアしかいないだろ。それに、この中で乗馬の技術が一番上手いのは、ダリアだろ。馬上の天使! いや、女神! 会場をその笑顔と、技術で魅了してくれ」

 

 ゼオンは、使い慣れない褒め言葉のせいか、背中に戦慄が走るのを感じた。言いしれぬ恐怖とは、この様な感じなのかと、考えてしまう。


 ダリアの乗馬技術は、この研究室の中で傑出している。ゼオンから見ても、ひいき目なしに、王立魔術研究府 アカデミアで、十指に入る実力だ。


 優勝賞金のためだ。ゼオンは、苦しみに耐えながらダリアを、持ち上げ続けた。


「ダリアさんが一緒なら、優勝できますよ。僕も、華麗な乗馬技術を見たいです! きっと、王都の人気者になりますよ」


 ロイドを見ると、緊張のせいか尋常ではない量の汗をかいている。それにしても、棒読みな台詞である。


「優勝したら、モデルの仕事なんか、依頼も来るかもしれないですよね〜。それに、州知事のお父様も、喜ばれるんじゃないですか」


 ゼオンをかわきりに、ロイドとトラジェが、賛辞を重ねる。褒め言葉に加え、ダリアに対しての、利益も明確にする。ゼオンの必死さもあってか、ダリアが渋々だが承諾した。


「わかったわ。今回だけ、特別よ」


 ゼオンは、まんざらでもない表情で、鼻歌まじりに部屋から出て行く、ダリアの背中を見ていた。ゼオンは、2人と肩を組み、喜びを分かち合った。


 トラジェが発案、作成した台本に従い、3人はそれぞれの役目を終えた。かくして作成は成功し、ゼオンは一安心していた。ただ、この作戦名だけは何なのか、理解できぬままである。台本の表紙には、こう記されている。


女王クイーンは誰だ! 女王クイーンはダリア! ダリアにこにこ大作戦!』


 大会までは、あと二日。短い時間の中で、作戦を練っていく。その辺りは、ロイドとトラジェが適任であろう。ゼオンは、二人に任せることにした。慣れないことはするものではない。


 作戦がある程度まとまり、ゼオンは説明に呼ばれた。ダリアも来ている。かなり、上機嫌だ。トラジェの分析通り、褒めると機嫌が良くなる傾向が強い。


 作戦は、女王クイーンにゼオン、騎士ナイトには、ダリアとトラジェがつく。ゼオンは、ボールをぶつけられても、頑丈だから大丈夫というのが理由と聞かされた。褒められたのか、けなされたのか分からない、微妙な理由だ。


 ゼオンに当たり、弾かれたボールを、乗馬技術の卓越したダリアが捕球する。トラジェは、その補佐と戦況分析を行う。


「トラジェ! 凄い絶妙なバランスだな。これなら、優勝は間違いない」


 ゼオンは、トラジェの采配に舌を巻いた。短い付き合いではあるが、良く観察していると感心した。


「あとは、大会ルールの確認をしますか〜。普通のルールとは、違うみたいですよ」

 

 ゼオンは、トラジェが渡してきたレジメに目を通した。細かい仕事が得意なのだろう。ゼオンは頼もしいと感じていた。


 大会特別ルールは、通常ルールに少しだけ、追加事項があるようだ。


・三人一組、十組同時に競技するバトルロワイヤル方式

・使用するボールは、三つ

・魔術は選手に危害がなければ、何を使用しても良い



「まあ、祭りだ! 粋でいなせな奴らが集まるんだ。楽しくないわけがないだろ。」


 なかなか難しい試合になりそうだと、ゼオンは感じたが、楽しいことには変わりない。ルールを理解したところで、試合はやってみなければ、何が起こるか分からない。


「あと、チーム名を決める必要がありますね〜。僕に任せてください」


 ゼオンは、トラジェに任せていいものかと考えたが、思いつきそうもないので、トラジェに任せることにした。


「頼んだ。強そうなチーム名にしてくれ」


「私は、華麗なチーム名がいいわ」


 すでに、相反する様な注文だなと、ゼオンは感じたが、トラジェは気にする様子もなかった。


「わかりました〜。しばらく時間をください」


 軽く返事をすると、トラジェはメモを取り始め、チーム名の作成作業を開始した。試合当日には、間に合うだろう。



「そうそう! 王都星祭りで、他にも面白そうなイベントがありそうよ。ゼオン君とロイド君は、こういうイベント見るのも、好きかなと思って」


 ゼオンは、ダリアが渡してきた用紙をみる。確かに、これもまた、面白そうなイベントだと感じた。大食い大会。ゼオンも大食の部類だが、同じ料理を延々と食べるのは、苦手であった。


「どうせ、暇だ。面白そうだし、見に行くか」


 ゼオンは、ロイドを連れ出し、大食い大会の会場に向かった。ただ、何も言わずに着いて来たロイドが、少しだけ気になった。


 大会は、王都の商業区画にある広場で行われる。広場に着くと、すでに数百人の人だかりができていた。


 広場の中央には噴水があり、壺をかついだ女神像から、きれいな弧を描きながら水が溢れ出している。噴水の前には、テーブルが並べられている。ここで食べるのかと、ゼオンは眺めていた。


 今回の大会食材は、ステーキだ。牛肉を一定の厚みにきり揃え、焼いた料理。それだけなのだが、否、それだからこそ、素材そのものの真価が問われる。


「出場者は、こちらにお並びください」


 係員が声をかけている。飛び込みの参加者もいるようだ。ゼオンが参加者の列を見ると、ロイドが並んでいた。


「ロイド、お前も出るのか」


 ゼオンは、厳しい表情で並んでいるロイドの肩を叩き、確認をした。


、ここは戦場です。僕は、一人でも闘います。いや、闘わなければならないんです。伝説のチャンピオン『オルルド・ヴァリリア』が、この大会で残した記録。その記録に挑まずして、かえれません」


 ゼオンは、唖然とした。ロイドの目つき、気迫、闘志。まさに、闘う漢の姿である。ただ、伝説のチャンピオンというのは、良く知らないが。


「そうか! 頑張ってこいよ。俺は、同じ料理を食べるのは、性に合わん。それに面倒だから、出ないけどな」


「ふっ。臆しましたね、? 逃げるなんて、漢じゃないですね 」


 ロイドの一言に、ゼオンは、カチンときた。漢じゃない。今、ロイドはそう言った。聞き捨てならない台詞だ。ゼオンは踵を返し、列の最後尾にむかった。


「あれ、2人とも参加するの? 頑張ってね」


 ダリアが、ニヤリと笑っていた。さては、ダリアの企みではないか。ゼオンは疑ったが、もはや関係ない。とりあえず、ロイドをねじ伏せ、黙らせよう。それだけで、頭がいっぱいになっていた。


「さあ、王都星祭り恒例の大食い大会! 今年もやって参りました! 司会進行を務めます、ロッシーニでございます」


 会場は、拍手と歓声で一気に沸き立つ。


「オルルド・ヴァリリアが、かつて樹立した記録。50皿! この記録は、十数年間破られていません! 今回こそ、この記録を打ち破る、猛者が表れることを願っています。それでは勝負、はじめっっっ!! 」


 合図と共に、机にステーキが、運ばれる。60分で何枚食べきれるか。単純明快な勝負である。ゼオンは、ロイドの隣に陣取っていた。目の前で、完膚なきまでに叩き潰す意気込みだ。


 ゼオンは、運ばれたステーキをフォークで刺し、口に運ぶ。香ばしい焼け目、肉質も良く脂ものっている。口に含むと、溶けて消える錯覚におちいる。これはまるで、雪解けだ!口の中で、脂という雪が、溶けて溢れ出してくる。


 ゼオンは、ふと我に返る。いかんいかん。味わうのも必要だが、これは勝負。枚数を食わねばならない。再び、ゼオンはステーキにかぶりつく。1枚目を平らげるとおかわりのため、ゼオンは挙手した。


 隣をみると、ロイドはステーキを、きれいにカットしている。闘う気があるのかと、ゼオンは疑問に感じた。今は放って置こうと考え、目の前の肉に集中する。ステーキに喰らいつき、たいらげ、またステーキに喰らいつく。


 勝負が始まって、半分の時間が経過したあたりから、ゼオンは違和感を感じていた。ステーキが、腹に入っていかない。苦しみに耐えながら、ステーキを口に含み、水で流し込む。 


「くそっ! 負けてたまるか! 」


 ゼオンは、自分を鼓舞するために気合をいれた。


「くくくっ。甘い、甘すぎますよ、! 大食いは、技術が必要なんです! 」


 ゼオンは、ロイドを見て、はっ、となった。ロイドの食べるペースは一定。そして、カットしたステーキのサイズも一定。


「ロイド、計算していたのか……」


「もちろん。咀嚼そしゃくの負担を減らさなければ、後半がきつくなります。水で流し込むなんて、もってのほかです! 」


 確かに、単品としては最高の肉だ。ただ、何枚もかんでいれば、顎に負担がくる。小さくきりわけ、同じペースで食べることで、負担を減らす。何という技術だ。恐るべし、ロイド。ゼオンは、椅子から転げ落ちそうになるのを、寸前のところで耐えた。


 負けるわけにはいかない……。ゼオンは、再びステーキに食らいつく。たとえ顎が砕けようと、ロイドには負けられない。ゼオンの意地だ。


「さあ! 残り時間は、あと10分少々。各選手たちが、死闘を繰り広げています! 優勝争いは、40皿で横一線! この3人! 三つ巴の闘いだっ! 」

 

 司会者、ロッシーニのあおり文句で、会場が沸き立つ。大会も佳境に差しかかり、ゼオンも否応なしに、滾りだす。


「この小柄な少年の何処に、料理が消えていくんだ! 小さな食闘士リトルファイター! ロォーッイードォォ!」


「誰だ? こいつをテーブルに付かせたのは! 野蛮に、料理をむさぼり喰う漢! 野獣の食闘士ビーストファイター! ゼェーッゥオォォン!! 」

 

 最後に、残った3名を称え、盛り上げるかのように、二つ名を即興でつける。ゼオンは、聞いていて歯がゆかった。


「蝶の様に舞い、蜂の様に刺す! いいや、喰らう! 本職は、獅子の鬣が教授! 異才な魔術師! 知の食闘士インテリファイター! カァリィィフ・グラァァァンター!!  」


「ぶはっ! 」


「カリフ教授? 」


 ゼオンは咳込みながら、後ろを振り向く。よく見る顔が、そこにいた。今はそれどころではない。己と闘うのみだ。ゼオンは、死力を振り絞る。


「肉っす! 久々の肉っす!! 」  


 最近、節約しているとは思っていたが、ここまでとは。ゼオンは、カリフの呟きに憐れみを感じていた。


「さあ、僕も最後の追い込みと行きます! 食闘技! 味変化レボリューション! 」


 ゼオンは、ロイドの掛け声に反応し、チラりと横を見る。ロイドは、懐から小さな容器をいくつかだし、テーブルに並べている。


「まずは、オニオンソルト! 次は、ブラックペッパー! 喰らえ、ホースラディッシュ! まだだ、ライムペッパー! これが止めだ、マスタード! 」 


 ゼオンは、最終局面に来てのロイドの追い込みに、思わず二度見していた。やめろ、やめてくれ。ゼオンは、叫びそうになった。


 同じ料理を、繰り返し食べる大会。ゼオンは、たかをくくっていた。しかし、ロイドは違ったのだ。いかに美味しく、いかに美しく、食べるか。そこまで考えていたとは。ゼオンは、うなだれ、負けを認めていた。


 闘いとは、力だけが全てではない。楽しむだけでも、完成しない。技術の創意工夫、華麗さ、貫く信念。一つでも、欠いてはダメなのかもしれない。改めて、ゼオンは気が付かされた。


「優勝は、ロイド選手!! 記録は……おしくも49皿! 準優勝は、48皿、カリフ選手! 同率で、ゼオン選手! 最後まで闘った、3名を称えよう! 盛大な拍手を!! 」


 会場は、今日一番の完成で盛り上がっていた。


「カリフ。まさか、出場しているなんて。聞いてないぞ」


「言ってないっすから。いや、久々に出ると、楽しいっすね。」


 カリフが言うには、懐事情が寒くなると、この類の大会に出場し、食いつなぐらしい。あとは、賞金を目当に参加するようだ。


「カリフ教授。これを使ってください。この大会の優勝賞品、食事引き換え券一年分です! 」


「ありがとうっす! いや、良い生徒を持って幸せっす」


 ロイドとカリフが、熱い抱擁をかわしている。ゼオンは、これはこれで、贖罪になったのかと、首をかしげていた。


 負けを認め、成長につなげる。分野は違えど、考え方は、相通じるものがある。活かすも殺すも、己しだい。ゼオンにとって、『敗北』が罪であるならば、『敗北を糧とした成長』が贖罪であると考えていた。


 そろそろ、トラジェも良い案を出した頃だろう。ゼオンは、会場を後に、王立魔術研究府 アカデミアに戻ることにした。


 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る